優雅なFIRE生活から一転、ママチャリで街を駆る佐々木さん。「資産を失ったのは痛い。けど生活の充実感は今のほうがあります」との言葉が救いだ

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 米国から上陸した「FIRE」ムーブは、コロナ禍の’20〜’21年に爆発的な熱を帯びた。ビットコインや米国株の急騰で資産が数千万円規模に膨らむ人が続出し、「年間生活費の25倍の資産を作れば、働かずに運用益だけで生活できる」という夢が、急に手の届きそうなものに変わった。
 だが、“ボーナスステージ”も束の間。’22年以降、相場の急落、歴史的円安、止まらない物価高というトリプルパンチによって、SNS上では「FIRE卒業」という言葉が広まり始めた。楽になるはずだった者たちが今、静かに脱落しつつあるのだ。

◆テスラ株が吹いて「資産8000万円」になるも…

 佐々木健一さん(仮名・39歳)も、FIRE生活から一転、地獄を見た一人だ。IT企業でエンジニアとして年収600万円で働きながら、コツコツ貯め続けた1000万円を元手に投資を始め、一時は億り人に迫った。

「’20年、コロナショックを機に本格的に投資を始め、これが大当たり。テスラ株が8倍に急騰して、資産が8000万円を超えた時点で利確しました。それをオルカン中心のインデックスファンドと国内の高配当株に分散。月25万円は自動で入ってくる仕組みができたので、’22年春に退職届を出しました」

 念願のFIREを達成した佐々木さん。だが、その“自由”は想像とまるで違っていた。

「昼まで寝て、気になってた動画を全部観て、子供の頃好きだった漫画も読み直して。珈琲に凝ったり、カレー作りにも挑戦しました。けど、2か月目に入った頃にはすることもなくなるんですね。筋トレ、サウナ、読書。思いつく限りのことは試したけど、全部すぐ飽きました。気づけば夜の街に出かけるようになって、酒量と比例するように出費が増えていって……。たまにいくガールズバーでは『投資家として成功してFIREしてる人』としてチヤホヤされるから、見栄も張らなくてはいけなかった」

相場の悪化も、佐々木さんの財布を締め付けた。’24年に日本株が急落し、オルカンも高配当株も軒並み値を下げた。資産は5000万円台まで縮み、分配金も月20万円を割り込んだ。そこへ、さらなる打撃が重なった。

「ガールズバーで知り合った女の子から不同意性交で訴えられて。いきなり弁護士から通達が来ました。ホテルでの写真まで見せられて、慌てて僕も弁護士に相談したけど、示談金を支払わなければ懲役と……初めから仕込まれた美人局でした」

 弁護士費用と示談金の支払いで600万円近くを費やした佐々木さんのメンタルはズタボロに。かつてテスラ株で当てたように個別株での勝負に手を出すもうまくいかず、多額の資産を取り崩すことになり、あっけなくFIRE卒業を余儀なくされた。

「貯金はついに1000万を割りました。昨年から再就職を試みていますが、3年近いブランクを理由に20社以上で不採用が続いています。今はウーバーイーツの配達で月12〜18万円稼いで凌いでいます」

◆「日本人が日本人を食う」タイの縮図

「月8万円も出せば、プール・ジム付き30〜40平米のコンドミニアムに住めました。立地は超都心です。東京で同じことをやろうとしたら4倍はかかる。日本に住み続ける理由はないと思いました」

 そう話すのは、岡田誠一さん(仮名・43歳)。岡田さんがFIREし、タイへ渡ったのは’24年のことだ。

「長年積み立ててきた高配当株への投資と、相続で手に入れた不動産を売却して、総資産1億円を達成。タイ移住を決め、バンコク中心部のスクンビットのコンドミニアムに拠点を移しました。屋台飯1食300円、マッサージ1時間1200円と物価は安いし余裕だと思った。バンコクは別名『天使の都』。女の子も可愛いですしね」

 だが、バンコクの日本人コミュニティは思いのほか狭かった。「資産がある」という話は瞬く間に広まり、知らない日本人からも声がかかるようになったという。