「もうあかん、このまま家族で…」借金に追い詰められて絶望、それでも“人生は詰まない”再出発の仕組み
「鳴門の渦潮をぼんやりと見て…。その時はもうノイローゼみたいになってしまっていて、もうあかん、もうダメや。頭によぎったのが、この娘の手を引いて一緒にこの渦に飛び込んでしまおう。一緒に死んでしまおう。みんなでいなくなったほうが楽やと…。」
芸人の間寛平さんは30歳の頃、先輩の借金の保証人をしてしまい(※だまされていたという)、連日の取り立てに追われる中、家族旅行中のフェリーのデッキで思い詰めた経験を明かしてくれた。
借金は、人をそこまで追い込むのか──。
かつての取材で聞き役だった筆者は、言葉を失った。当時の間さんは、法的な手続きで借金を整理する「債務整理」という制度の存在を知らなかったという。
個人の借金といえば「どうせ遊びで作ったものだろう」「贅沢するからだ」と自業自得のように冷たく突き放されることがある。露骨に「金を借りているほうが悪い」という物言いも平然とまかり通る。
しかし、経済的な困窮は、個人の責任だけで片付けられるべきものではない。
死を選ぶ前に、まずは一歩踏み出し、専門家の知恵を借りながら生活再建の道を探る。そのことこそ、何より優先されるべき選択ではないだろうか。(ジャーナリスト・中村竜太郎)
●「死んで詫びる」必要はない 人生を立て直すための法的仕組み
「借金は恥ずかしい」という偏見や思い込みは根強く、債務整理にたどり着く人たちの実態は、なかなか社会から見えにくい。
だが、日本には、借金問題を解決し、人生をやり直すための法的な仕組みが用意されている。
失敗した人をさらに追い詰めるのではなく、経済的に更生する機会を与えるための制度だ。一定の条件や手続きはあるものの、国は「場合によっては借金を免除してもよい」と認めているのである。
それが債務整理だ。
借金の返済が苦しくなったときに、法律に基づいて支払金額を減らしたり、返済期間を延ばしたりして、生活を立て直すための制度である。主な方法は次の3つだ。いずれも、国が認めた“リスタートの制度”なので、決して後ろ向きなものではない。
(1)自己破産
裁判所から免責許可を受け、借金の支払い義務を免除してもらう方法
(2)個人再生
裁判所を通じて、借金を大幅に減額してもらう方法
(3)任意整理
貸金業者と交渉し、将来の利息のカットなどを求める方法
●誰にでも起こりうる「借金の転落」
債務整理によって救われた人たちを取り上げた過去2回の記事では、どこにでもいる“普通の人”が、いつしか借金の渦に沈んでいった実例を紹介した。
専業主婦の大塚かおりさん(60・仮名/第1回)は熟年離婚と両親の介護、コロナ禍による収入減が重なり、借金生活に追い込まれた。
飲食店店主の坂田大輔さん(47・仮名/第2回)は、開業資金の見積もり超過と資金不足で行き詰まった。
2人とも「甘かった」「自分が悪かった」と強い自責の念を抱えていた。しかし、実際に会った印象は、ごく穏やかで素朴な人柄だった。はたから見れば、そんな深刻な悩みを抱えていたとは到底わからない。
共通していたのは、借金によって心身ともに追い詰められ、“普通の暮らし”そのものが壊れていったことだった。
お金を工面できず、相談相手もいない。そうなれば、人は問題をすべて自分ひとりで抱え込み、精神的な限界へと追い込まれていく。
それを「他人事」と言い切れるだろうか。
日本社会には「失敗した人」に厳しい空気がある。恥の文化や責任論の呪縛の中で、「死んで詫びる」という発想が生まれてきた側面も否定できない。
だが、それは絶対に間違っている。命を断つ必要などない。そのことを繰り返し伝えたい。
●メリットだけでなく、デメリットも知るべき
債務整理には、メリットだけでなく、デメリットもある。
最も大きいメリットは、返済の督促が止まることだ。多くの利用者が「それだけで救われた」と口をそろえる。
さらに、利息のカットや元本の圧縮によって返済額が軽減され、毎月の返済に追われる生活から抜け出せる可能性が高まる。生活再建への道筋を立てやすくなるのだ。
一方で、いわゆる「ブラックリスト」に登録されるデメリットもある。信用情報機関に情報が記録されるため、5〜10年程度は新たなローン契約や、クレジットカードの作成が難しくなる。また、保証人がいる場合には、その保証人に影響が及ぶこともある。
ただし、債務整理をしたからといって、選挙権がなくなることも、戸籍や住民票に記載されることも、海外旅行に行けなくなるということもない。
家具やスマートフォンが取り上げられるわけでもなく、同居家族の財産や預貯金が没収されることもない。それを理由に会社が解雇することも、原則として認められていない。年金も受給できるし、親の債務整理が子どもの進学や就職に影響することも基本的にはない。
あくまで金融機関との取引に一定期間制限がかかるという話であり、「人生が詰んだ」と悲観して希望を失うことはないのである。
●問題を1人で抱え込まず、専門家を頼る
「借金の相談が恥ずかしい」
「そもそもどこに相談してよいのかわからない」
そう感じる人は少なくない。だからこそ、まずは専門家(本稿では弁護士とする)に頼ってほしい。
無料で利用できる日本司法支援センター(法テラス)や多重債務相談窓口(国民生活センターなど)もある。インターネットで法律事務所を探して問い合わせる方法もあるだろう。
多くの人は、必要に迫られるまで債務整理の知識など持っていない。金策に追われ、精神的に追い込まれると、普段は冷静な人でも正常な判断や思考ができなくなることがある。
そんな状況で、無理に一人で処理しようとするより、専門的知識と経験を持つ専門家に委ねたほうが、精神的負担は大きく軽減されるはずだ。
「取り立て」が止まることも、債務者にとっては極めて大きい。
弁護士が受任通知を債権者へ送付すると、貸金業法21条1項9号により、貸金業者は正当な理由なく本人に電話や訪問などで取り立てをすることができなくなる。
また、個人がカード会社や消費者金融に対して「利息をカットしてほしい」と交渉しても、ほとんど相手にされないが、弁護士であれば、業者との交渉から資料作成、裁判所対応まで任せることができる。
●専門家選びで大切なこと
先ほどの大塚さんと坂田さんは、いずれもインターネット経由で法律事務所にたどり着き、相談の結果、任意整理を進めることになった。
もっとも、同じ任意整理でも、借金総額や収入状況によって最適な方法は異なる。
だからこそ、専門家選びは重要だ。
弁護士であっても万能ではない。得意・不得意の分野があるし、依頼者との「相性」もある。さまざまな事情から、弁護士側が受任を見送るケースもある。
見極めるポイントはいくつもあるが、たとえば次のような点は参考になるだろう。
資格者本人が直接面談し、リスクも説明しているか費用総額を事前に書面(見積もり)で示してくれるか破産や個人再生を含め、複数の選択肢を検討してくれるか進捗報告や質問への回答が迅速か●借金で苦しむ人を食い物にする業者もいる
とはいえ、専門家に依頼すれば、すべて安心というわけでもない。
日弁連は、債務整理における不適切処理や“事務員任せ”の丸投げを防ぐために、原則として弁護士本人による直接面談を義務付けている。
背景には、一部の法律事務所が大量広告で依頼者を集め、実態として事務員中心で処理を進めるビジネスモデルが問題化した経緯がある。「非弁提携」による被害が相次いだ反省から生まれた、重いルールだ。
借金問題を解決したいと助けを求めた結果、逆に悪質業者に絡め取られてしまう──。そうした被害は決して軽視できない。
一方で、債務整理を必要とする人たちの現実を考えると、利便性においては、オンライン面談の必要性も無視できない。
●借金に追われた人は「相談に行く交通費さえ苦しい」
借金に追われる人にとって、法律事務所まで足を運ぶこと自体が大きな負担になる。
仕事や家事、育児の合間に相談時間を確保するだけでも大変だ。財布に小銭しかなく、交通費さえ捻出できない人もいる。遠方なら、なおさらだ。
筆者が取材した人たちの多くも「オンライン相談のほうが助かる」と話していた。
もともと「弁護士に相談するのは敷居が高い」と感じている人は多い。そこに対面面談の負担が重なれば、さらに相談から遠ざかってしまう可能性もある。
ちなみにアメリカでは、州ごとに違いはあるものの、弁護士に一律の対面面談義務はないとされる。米国法曹協会(ABA)の指針でも、対面義務は明示されていない。
ニューヨーク州の女性弁護士は、筆者の取材にこう語っていた。
「アメリカは国土が広く、遠方のクライアントと直接面談するのは現実的ではありません。コロナ禍以降、裁判手続きもオンライン化が進みました。私自身、クライアントに直接会うことはめったにありません。こちらでは面談の手段よりも“質”が重要視されます」
●時代に即した「相談の形」を考えるべきではないか
日本の司法も、今年5月21日からの民事訴訟法改正により、さまざまな裁判手続きのオンライン化が進む。
裁判資料のオンライン提出や、訴訟記録のオンライン閲覧もできるようになる。先行してウェブ会議による期日参加はすでに一般化した。
今後、日本の司法はデジタル化やAI支援を活用しながら、より迅速で効率的な方向へ進化していくだろう。それは多くの市民が期待していることでもある。
そうした流れがあるのなら、債務整理を必要とする人たちに対しても、オンライン面談をより柔軟に活用できる余地があってもいいのではないか。
もちろん、本人確認やセキュリティ確保など、慎重に検討すべき課題があることは理解している。
それでも、世の中には「リーガルマインド」や「法律知識」と無縁なまま生きている人が大勢いる。法律に詳しくなくても、人は普通に生活できるからだ。
法的トラブルに直面した人のうち、実際に弁護士などの専門家へ相談・依頼する人は2割程度にとどまる──。「2割司法」という言葉は、その現実を象徴している。
だからこそ、弁護士には、より市民に開かれた存在であってほしい。そして、市民側もまた「困ったときには頼れる制度がある」ということを知ってほしい。
借金で限界に追い詰められた人には、どうか怖がらずに、その扉を叩いてほしい。大げさに聞こえるかもしれない。だが、本当にそう思うのだ。
命さえあれば、人は何度でも立ち上がることができる。
