4月25日の銃撃事件直後、記者会見をしたトランプ大統領(AFP=時事)

写真拡大

 米ワシントンでホワイトハウス記者会が主催した夕食会会場に武装した男1人が侵入し、発砲した事件。トランプ大統領やメラニア夫人、ヴァンス副大統領ら政府要人が出席していたが、いずれも無事だった。国際政治学者の舛添要一氏がニュースの背景にある国家の「歴史」「文化」「宗教」をもとに「世界の深層」を読み解くシリーズ第2回は、度重なるトランプ暗殺未遂事件の背景にある、アメリカ建国の理念である「個人の自由」と「万人の平等」の変質について舛添氏が解説する。

【写真3枚】夕食会場に銃声が響き騒然とする人びと、襲撃者とされる男の拘束場面ほか

 * * *
 4月25日、記者会主催の夕食会で、銃撃事件が起こった。トランプ大統領大統領はじめ要人には被害がなかった。このような事件が起こっても銃の保有、所持は憲法で保障された米国民の権利である。アメリカで、「キリスト教と銃」が建国と大きく関連していることは、前回説明した通りである。

 今回は、アメリカの個人主義と平等主義について論じてみたい。若い頃、アメリカに行って、日本の「ムラ社会」から解放されて、自由を満喫できて嬉しかったことを記憶している。それ以来、大きな決定をする前には、しがらみのないアメリカに行くことにしたのである。

 アメリカは、自らの信仰を守るために旧大陸から移民した人々が築き上げた「新しい国」であり、「キリスト教」が社会を律している。日本やヨーロッパのような伝統社会とは異なって、共同体や社会の慣習に縛られることもなく、個々人が神とのみ直結する社会である。個人の自由や万人の平等が、社会に確立している。

ソローが体現した「新世界」アメリカの個人主義

 アメリカは、旧大陸から見ると「新世界」である。その新世界には、旧大陸の「堕落」とは異なる新鮮な世界がある。

『トムソーヤーの冒険』(1876年)や『大草原の小さな家』(1932年)と並ぶ私の愛読書がH.D.ソローの『森の生活:ウォールデン』(1854年)である。

 ハーバード大学で学んだソローは、同大学の先輩であるR.W. エマソンに傾倒し、その仕事を手伝う。彼らは、ハーバードで学んだが故に、知識人の集う都市を嫌い、自然と田園を愛し、都市化するアメリカが民主主義を堕落させることを危惧する。

 自然の中でこそ、神の恵みを感じることができ、宗教心を涵養することができる。こう考える彼らは、自然こそが称えられるべきだと確信する。

 そこには、先週の本コラムで解説したような「反知性主義」の要素を見いだすことができる。

「文明は家屋を改良してきたが、そこに住む人間まで同じ程度に改良したわけではない」(邦訳、岩波文庫、上 64p)。「貧しい分だけ、諸君は軽薄な人間にならなくてすむわけだ。物質的に低い暮らしをするひとも、精神的に高い暮らしをすることによって失うものはないにもない」(同、下 285p)

 このように主張するソローはまた、国家は、国民が平和に暮らすための道具にすぎず、もし国家が個人の自由や良心を抑圧するようなことがあれば、個人は抗議する権利を持つと、「市民の反抗」を訴えた。

 アメリカのようにキリスト教が人々の生活の中に根付いている「新世界」は、信教の自由をはじめとする個人の自由が最大限に尊重される民主主義社会である。

アメリカの平等主義を担保した「信仰リバイバル運動

 トランプ大統領は、自分に批判的なメディアを差別扱いするなど、憲法で保障された言論の自由を十分には尊重していない。

 アメリカは、「機会の平等」に重きを置く社会である。それを象徴するのが、「丸太小屋からホワイトハウスへ(From log cabin to White House)」という言葉であり、第16代大統領エイブラハム・リンカーンの出世物語である。ベンジャミン・フランクリンの成功物語もまた、「ぼろ着からの立身出世(Rags-to-Riches)」と言われた。

 西部のフロンティアを目指す入植者には、土地が無償で与えられ、富を得て社会的にも上の階層に移動することが可能であった。1730年代〜1740年代には、「大覚醒(The Great Awakening)」と呼ばれる信仰復興運動が起こる。そして、その後、独立革命後に西部開拓が進むと、「第二次覚醒」運動が起こる。

 危険と隣り合わせで荒野を開拓していく人々にとって、キリスト教こそが「心の栄養」であった。そして、信仰リバイバル運動は、「神は皆を平等に造った」という信仰を強固なものにし、それがまたアメリカの平等主義を担保したのである。

格差拡大による「アメリカンドリーム」の無効化と「世俗化」の進行

「機会の平等」がアメリカ建国の理念であり、努力をすれば誰でも成功できるというアメリカンドリームをアメリカ人は信じてきたのである。しかし、1970年代からは、それが事実ではなくなっていく。経済のグローバル化によって、安価な外国商品が流入し、アメリカの製造業が衰退していったからである。

 2016年の大統領選挙でトランプを支持した白人労働者の住むラストベルト(錆び付いた工業地帯)は、アメリカンドリームとは無縁の世界であった。貧富の格差は拡大し、家族や地域社会が崩壊し、薬物中毒が蔓延していた。

 キリスト教会は、そのような状況を改善しようと努力したが、「しかし、製造業の衰退や失業、薬物依存、家庭崩壊にさいなまれているこの国の一部の地域では、礼拝に参加する人の数は激減している」と書いたのは、今や副大統領となったJ.D.ヴァンスである。この文章は、ベストセラーになった彼の『ヒルビリー・エレジー』(2016年、邦訳2017年)から引用したものである(155p)。

 私は、「キリスト教のアメリカ」という側面を強調してきたが、同時に、見落としてはならない側面にも言及しておきたい。

 それは、格差の拡大とともに、「機会の平等」をうたうアメリカ建国の理念は揺るぎ、それを支えてきたキリスト教も凋落の兆しが見えている点である。人々の信仰心は衰え、ヨーロッパやカナダのように世俗化が進んでいるのである。

 私は若い頃にフランスに留学していたが、このカトリックの国でも、毎日曜日に教会に通う人の数は減っている。

「平等」の名の下に行われる「エリートの思想狩り」

 アメリカの平等主義は、知性と権力が結合すること、つまり知的エリートが権力を独占することに反感を抱かせる。それが反知性主義となり、平等の名の下にエリートの思想狩りをすることに繋がるわけである。ハーバード、イェール、プリンストン大学などがその典型であるが、トランプは連邦補助金の削減など、これらの大学に圧力をかけ、反トランプ的なリベラルな姿勢を改めさせている。

 トランプの愚行を見ればよく分かるが、極端な平等主義の前には自由は生き残れないのである。

 大学院時代のアメリカ人学友から「カキストクラシー(kakistocracy)」という新語を教わった。ギリシャ語のkakosは「悪い」という意味で、「最悪の者による政府」という意味である。無知な人々を支配する「ならず者」ということで、もちろん、トランプ政権のことである。

 二度もトランプを大統領に選んだアメリカであるが、その背景は、格差の拡大がある。Robert D. Putnamの "Our Kids : The American Dream in Crisis"(2015年、邦訳『われらの子ども』2017年)は、それを理解するための最高の参考書である。

 トランプを最高権力者にしたアメリカ、それは1990年代に源がある。"The Naughty Nineties : The Triumph of the American Libido"(『猥褻な90年代』、2017年、邦訳なし)という本を書いたDavid Friendによれば、トランプの下品な物言い、政治をショーに仕立てる行動、大衆紙による醜聞探しなどは1990年代に出現したという。政治ではギングリッチの反エリート主義が有名である。それは、civility→hostility、respect→chauvinism、tolerance→bigotryというような変化である。このような世界では、ポピュリズムの克服は容易ではない。

アメリカ史上最大の被害を生んだ南北戦争の歴史を繙く

 1860年11月にエイブラハム・リンカーンが大統領に当選し、12月にはサウスカロライナ州が連邦を脱退した。続いて、1861年2月に南部諸州が連邦を脱退し、4月には南軍がサムター要塞を砲撃し、南北戦争が勃発した。

 1863年1月にリンカーンが奴隷解放宣言を行い、7月にゲティスバーグの戦いがあり、11月19日にリンカーンが、「人民の、人民による、人民のための政治(that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth)」という言葉で有名なゲティスバーグ演説を行った。そして、1864年9月にはアトランタが陥落した。11月にリンカーンが大統領に再選され、1865年4月に南軍が降伏し、リンカーンは暗殺された。12月には憲法修正第13条(奴隷制禁止)を発効した。

 1865年12月に、白人至上主義を唱えるKKK(クー・クラックス・クラン)が結成された。今のアメリカでも、極右の間に同じような思想を持つ人々がいて、トランプの反移民政策を支持している。

 1867年3月には第一次再建法が成立し、アメリカは再統合への道を歩み始める。

 リンカーンは、1858年6月17日、「分かれたる家は立つこと能わず(A house divided against itself cannot stand)」という演説をし、分断を避けるべきことを強調した。しかし、トランプが行っているのは、アメリカという家を分裂させることばかりである。

 今回の事件も含めて、度重なるトランプ暗殺未遂事件は、このアメリカの分断を象徴している。

 南北戦争は、図式的に言えば、北部が共和党、保護貿易、奴隷制廃止で、南部が民主党、自由貿易、奴隷制維持で対立して起こったものである。

 小説の世界では、北部の立場を示すのが、ハリエット・ビーチャー・ストウの『アンクルトムの小屋』(原著1852年)であり、南部を代表するのが、マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』(1936年6月30日出版、翌年ピューリッツアー賞受賞)である。

 戦死者の数では、アメリカ史上最大なのがこの南北戦争で、60万人に上る。一方、第一次世界大戦は11万人、第二次世界大戦は32万人、ベトナム戦争は5万8千人である。この戦死者の数を見ても、南北戦争がアメリカにいかに大きな被害を生んだかがよく理解できよう。

 トランプをはじめ、アメリカ社会の憎悪と分断を煽る人々は、自らの国の南北戦争の歴史を繙くべきである。

【プロフィール】
舛添要一(ますぞえ・よういち)/1948年、福岡県北九州市生まれ。1971 年東京大学法学部政治学科卒業。パリ(フランス)、ジュネーブ(スイス)、ミュンヘン(ドイツ)でヨーロッパ外交史を研究。東京大学教養学部政治学助教授などを経て、政界へ。 2001年参議院議員(自民党)に初当選後、厚生労働大臣(安倍内閣、福田内閣、麻生内閣)、東京都知事を歴任。『都知事失格』、『ヒトラーの正体』、『ムッソリーニの正体』、『スターリンの正体』(いずれも小学館刊)など著書多数。