食べた後も楽しい峠の釜めしの容器

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旅行先で食べるだけでなく、デパートの催事でも人気の「駅弁」。日本の旅の情緒を支えてきた駅弁が大きな転換期を迎えています。2023年、広島駅弁当株式会社が呼びかけ人となり、駅弁を国の「登録無形文化財」に登録しようとする動きが本格化。その後、一般社団法人 日本鉄道構内営業中央会やJR各社、全国の駅弁業者が結集、駅弁を「守るべき伝統文化」として再定義する動きが加速しているそうです。

【写真】釜めしの「頭だけ」って?

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老舗の駅弁屋が挑む「脱・駅弁」の生存戦略

富山駅の「ますのすし」、神奈川県・横浜駅の「シウマイ弁当」、北海道・森駅の「いかめし」、宮城県・仙台駅の「網焼き牛たん弁当」、奈良駅の「柿の葉寿司」…みなさんの好きな駅弁はどれでしょうか?

デパートの催事でも人気のイベントの1つである「駅弁」。東京駅の駅弁屋「祭」では、全国170種類以上の駅弁を買うことができ、連日駅弁を求める人でにぎわっています。

駅弁文化が国の登録無形文化財になる可能性が話題になると、必ず名前が挙がるのが「峠の釜めし」で知られる 荻野屋 です。同社は単なる弁当店ではなく、鉄道文化・旅文化とともに進化してきた企業でもあります。

1885年に群馬県の横川駅で創業し、140周年を迎える老舗の駅弁屋・荻野屋は、伝統を「保存」するだけでなく、自ら「変革」することで生き残る道を選んでいます。


 

「駅」に依存しない柔軟性

2025年には、大阪・関西万博ではまねき食品(姫路)や崎陽軒(横浜)などライバル他社とタッグを組んで「共創」を推進。また、東京都内へも進出するなど「攻めの継承」をして続けています。

鬼滅の刃」や「エヴァンゲリオン」「頭文字D」など、アニメ作品とのIPコラボも多い峠の釜めし。釜容器の色も変更し、若年層へのアプローチも図り、現代のライフスタイルへの適応にも成功しました。


駅のホームで峠の釜めしを販売する様子

かつて信越本線・横川駅では、急勾配(碓氷峠)を越えるための機関車連結時に生まれる数分間の停車時間がありました。その時間を利用し、4代目社長・高見澤みねじの「お客様に温かい弁当を届けたい」という強い想いから誕生したのが「峠の釜めし」です。

しかし、1997年に長野新幹線が開通。横川〜軽井沢間の運行が廃止により、横川駅は特急も止まらない終着駅となってしまいます。この危機に対し、荻野屋はいち早く国道沿いのドライブインや高速道路SAへ展開することで、モータリゼーションの波に乗りました。「駅」に依存しない柔軟性こそが、同社の生存戦略の核となったのです。

1967年には405あった駅弁業者は、81まで激減しています。荻野屋は「守るべき伝統文化」としてだけでなく、「脱・駅弁」としてビジネスとして自立することで、文化をさせる道を歩んでいます。