「日常を取り戻したい」大規模火災から初の年末年始 佐賀関・被災者たちの葛藤と復興への祈り 大分
大規模な火災に見舞われた大分市佐賀関では、被災した人たちが仮住まいなどで年末年始を迎え、様々な思いを抱えながら年末年始を迎えました。
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「避難所の市民センターに感謝を」
12月25日のクリスマス。避難所が閉鎖される前日。避難所に頭を下げる男性の姿が。今回の火災で自宅を失った森政徳さん(51)です。
(森政徳さん)「火に地区を追い出されてしまって。ここの市民センターが自分を含め、みなさんを温かく迎え入れてくれた。最後、きちんと感謝の意を込めてあいさつしようと思っていた」
森さんは発災直後から避難所で生活。次の住まいを探す中、佐賀関の空き家を見つけ新たな生活をスタートさせました。そして、迎えた大晦日。森さんの新居を訪ねました。
「日常を取り戻したい」
(森政徳さん)「きょうなんかは自分の焼けた家に行って、酒とジュースと備えてきて、もう撤去がはじまるんで、最後の正月やなと思って、お供えをしてきた」
12月25日には自宅のあった場所を案内してくれた森さん。悲しさや辛さは消えないとしつつも「日常を取り戻したい」と前を向いています。
(森政徳さん)「ここの人たちも本当に温かく迎えてくれている。面白い人たちが多いし、住んでいた田中地区と何ら変わらない。誰も知らないような、見知らぬところに出されているんだったら、帰りたいですってこたえますよ。だけどね、なんだかんだつながっている、このあたりも。自分はいいところに来られたなと思っているのが、いまの気持ちです。みんなが集まっての年末年始は久しぶりです」
「もう二度とこんな思いはしたくない」
他にも特別な思いで大晦日を過ごした人がいます。実家が全焼した幸サツキさん(79)です。
(幸サツキさん)「仏壇とか全部燃えて何一つ出していない。どうしようもない」
幸さんは火事の前から2人の子どもたちと生活。いま住む家も一時は規制線の中にあり、避難所や職場で10日ほど過ごしました。
(娘・鈴木美奈子さん)「みんなが支援物資とか持ってきてくれたりしてたから本当に助かった」
実家は空き家となっていましたが、定期的に親族で集まる大切な場所でした。
(幸サツキさん)「ちょうど道の真ん中に井戸があって、それで洗濯したりしてた。うちらが小さい時は。そんな思い出があり、あそこにいけば思い出す。もう二度とこんな思いはしたくないね」
(参拝客)「佐賀関にとっては大変な一年だったので、2026年は安全で安心な地域であってほしい」「なんとかみなさん、元気になってほしい」
「初日の出を見て、元気をもらった」
(地元の初日の出スポットを訪れた人たちは)「しっかりと初日の出を見て、元気をもらいました」「初日の出を見ることができて、良かったです。最高の一年になりそうです」「この一年はあまり災害とかがなくて、できるだけ安全な一年間になればいい」
佐賀関半島にある早吸日女神社では、氏子青年会が制作したたこびなが販売され、売り上げは全て義援金にあてられます。
(購入した人)「早吸日女さまに会いに行くついでに一緒に買わせてもらえればと」「少しでも力になれることがあればなと」「復興に向けて早く進んでもらえたらいい」
(タコびな制作者・橋本康聖さん)「こうやって応援してくれる方が買いに来ていただいてありがたいと思っています。前みたいに人が戻ってくるような場所になったらいい」
かつてない災害に見舞われた佐賀関。多くの支えに励まされ一歩一歩、前を向いて復興への歩みが始まります。
