写真撮影/中川生馬

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2020年4月、筆者が運営するシェアハウス「田舎バックパッカーハウス」併設の“住める駐車場”「バンライフ・ステーション」にひと組のバンライファー夫妻が訪れた。神奈川県横浜市出身、50歳を目前に早期退職し、自宅を売却して今年1月末からバンライフをスタート。その理由や、新型コロナウイルス感染症の騒動下での状況について伺った。連載名:バンライフの日々
荷台スペースが広い車“バン”を家やオフィスのようにし、旅をしながら暮らす新たなライフスタイル「バンライフ」。石川県 奥能登の限界集落・穴水町川尻に、シェアハウス「田舎バックパッカーハウス」と住める駐車場「バンライフ・ステーション」をオープンした旅人・中川生馬が「バンライフ」と出会ったバンライファーたちとのエピソードを紹介します。

自宅を売却して“車”を拠点にした生活に

お二人がバンライフの拠点にしているのは、「ISUZU Be-cam」をベースにした日本特種ボディー社製キャンピングカー「SAKURA」(写真撮影/中川生馬)

今回「バンライフ・ステーション」に3カ月滞在していたバンライファー夫妻の夫・秋葉博之さんと妻・洋子さん。

バンライフという暮らし方を決めた大きなきっかけは「宝くじ」だった。「宝くじ」に当たったわけではないが、そのときにふと交わしたシンプルな会話が二人の人生観を変えたのだ。

2018年春、洋子さんが「宝くじで、億円単位が当たったらなにをしたい? 私だったら、全国へ旅したい!」と言った。当たったわけでもないのに、博之さんはすぐに「いいね!やるなら今でしょ!」と賛同。二人は「とにかく、何もしないで旅をしよう!」と話し合った。「お金に対する不安ばかりを考えてもなにも始まらない」「とりあえず生きられればいい」……

キャンピングカー内にはテレビ兼PCモニターも設置されている(写真撮影/中川生馬)

博之さんは、バンライフをスタートさせるために購入したキャンピングカーの納車に合わせて、2019年10月中旬、約15年勤務した建設機械のレンタル会社を退社。それから生命保険の解約、自宅にあったモノの売却・譲渡・処分など、秋葉さん夫妻にとって今後の人生で“不要”と思ったモノの断捨離……いわゆる資産整理を始め、そして2020年1月30日に横浜の自宅を売却。バンライフを始めるにあたっての投資額は約1000万円以上。不安よりもワクワクのほうが何十倍も大きい。人生1度限りの無期限な旅へ期待に胸を膨らませながら、バンライフへの旅立ちの日を迎えた。

だが、ぶち当たったのは新型コロナウイルス感染症の影響だった。

キャンピングカー内の寝床(写真撮影/中川生馬)

90リッターの備え付けの冷蔵庫と、14リッターのエンゲル社製の冷蔵庫も積んでいるため、“食”生活も問題ない(写真撮影/中川生馬)

旅立ち直後、コロナ禍で行き場を失った

バンライフをスタートさせた1月末は順調だったが、3月になると世の中は新型コロナ禍の影響が色濃くなっていった。
政府が4月7日に「緊急事態宣言」を発出し、各県でも順次、独自の対応を発表した。密閉空間・密集場所・密接場面など、3つの「密」になりうる温泉、道の駅、車中泊スポットなどの施設も閉鎖。運転の休憩をするための“仮眠”向けの車中泊スポットとなる道の駅やサービスエリア、電源が使えるRVパークなどは、いずれもバンライファーにとって大事な生活拠点だ。これらが使えないのは、家を売却してしまった夫妻にとっては死活問題。行き場を失ってしまった。

さらに、「車両ナンバーは、コロナが蔓延している神奈川県『横浜』。あちこち移動することで、周囲の人に不快感を与えたくなかった」と秋葉さん夫妻。彼らと同じように考える県外ナンバーのバンライファーは多く、筆者の知り合いのバンライファーたちも、実家や友人宅に滞在するなどして、バンライフを自粛していた。

「バンライフ」はクルマで旅や仕事をしながら快適に生活でき、好きな場所で寝起きできるなど、旅好きやさまざまな場所で暮らしてみたい人たちにとっては、理想的なライフスタイルではある。

しかし、今回のコロナ禍は、秋葉さん夫妻のように家を売却してしまっている、あるいは家を持たないバンライファーたちにとって、長期滞在することができる「不動産の拠点」の必要性を痛感した出来事でもあったかと思う。

まだまだバンライファーたちが長期滞在できるスポットの選択肢は多くない。「バンライフ・ステーション」へ秋葉さん夫妻が訪れたのは、こうした経緯からだった。

シェアハウス「田舎バックパッカーハウス」の住める駐車場「バンライフ・ステーション」には、トイレ・シャワー・料理場・ダイニング・居間・ワークスペースなど基本的な生活インフラを完備(写真撮影/中川生馬)

秋葉さん夫妻の家犬ならぬ“バン”犬・ぶーすけ(写真撮影/中川生馬)

行き場を失ってたどり着いた

秋葉さん夫妻から筆者に問い合わせがきたのは、緊急事態宣言から数日後の4月11日。内容は以下のようなものだった。「現在、和歌山県にいます。今は毎日、点々として暮らしている状態です。先が見えない状況であり緊急事態宣言の出た横浜ナンバーでウロウロするのも気が引けて……。このような私たちでも受け入れが可能であれば利用させていただききたいと思っております。よろしくお願いいたします。(旅していた場所は)田舎ですし、3密になることもありませんが、道の駅や入浴施設等は利用しています。今のところ体調不良はありません」――。とても紳士的で、「きっといろいろと考えて問い合わせしてくれたんだろうなぁ」と思った。

秋葉さん夫妻滞在中に、1トントラックに自作の木造の家を荷台に積み1年間全国を旅したというバンライファーも訪問!(写真撮影/中川生馬)

当時、ちょうど「田舎バックパッカーハウスも、なにかコロナ対策に利活用できないものか」「災害時、ここが社会的にもっと役立つ施設になれればなぁ」と考えていた時期で、同じ“旅人”だということと、筆者がもともと暮らしていた鎌倉と、秋葉さん夫妻が暮らしていた横浜というゆかりのある土地の近さで親近感を抱いたことなども背景にあり、受け入れさせていただいた。また、思い切ってキャンピングカーに“人生の楽しみ”を詰め込むような人に「悪い人はいない!」という筆者の勝手な思い込みと直感もあった。

本来の田舎暮らしは近所付き合いが大切で、そこに面白みがあるのだが、今回はそうも言っていられない。1. (一定期間)近所の人たちとの距離を置く、2. マスクをすることなどを前提に「バンライフ・ステーション」に来ていただいた。

実際、夫妻に会ってみると、まさに思っていた通りの人たちだった。

「いい歳して、会社を辞めて、家を売って、将来のことはどうするの?」と思う人もいるかもしれない。しかし、秋葉さん夫妻は、「“自分たちの将来”のことについて本気で考えて、大切に想っている」からこそ旅に出たのである。大切な決断だと思う。

いろんな場所で短期滞在するのがバンライフの暮らし方。コロナ禍は災難だったが、期せずして長期滞在になったことで、能登をよく知ってもらう機会になったのではないかと思う。残念ながら前半はコロナの影響もあり、筆者の家族以外の近所付き合いがなかったが、滞在中に平和な田舎暮らしを味わってもらえたようだ。その様子は博之さんのブログに綴られている。

秋葉さん夫妻と筆者親子で「田舎バックパッカーハウス」周辺をお散歩(写真撮影/中川生馬)

「田舎バックパッカーハウス」周辺 田んぼなど、緑が広がっている。近くには海も(写真撮影/中川生馬)

緊急事態宣言の解除後、「北」へ旅立った

6月18日、緊急事態宣言が全面的に解除され、19日以降、県境移動の自粛も解除された。

秋葉さん夫妻の動きは慎重だった。最終的に、7月9日に北海道に向けて旅立った。能登での3カ月間の“ちょい”田舎暮らしが終了した。

能登出発最終日に秋葉さん夫妻と記念撮影(写真撮影/中川生馬)

本州の暑くなる夏を避けるために、北海道へと向かったのだ。当初の旅の目的である「自分たちが今後なにをしたいのか探しながら全国を旅する」ことを果たすために。

「田舎バックパッカーハウス」運営者である筆者は、このコロナ禍という未曾有の状況下でつながった秋葉さん夫妻にますます親近感を持ってしまい、お別れの9日にはぼろ泣きしてしまった。

北へと向かった秋葉さん夫妻(写真撮影/中川生馬)

コロナ禍で見直されるバンライフ

このコロナ禍で、今後のライフスタイルについて改めて考え始めた人も多いだろう。秋葉さん夫妻のように、年齢やタイミングに関係なく、実現したいライフスタイルを自由に選択できる時代だ。

一方で、秋葉さん夫妻の話から筆者が感じたのは、今後増えていくだろうバンライファーに対応したインフラ施設の進化が必要だということ。バンライフは災害時にも有用な暮らし方だと言われているが、今回の件でさらなる課題が見えたように思う。

暮らし方だけでなく、生活基盤の選択肢も充実し、より豊かな生き方を選び取ることができるようになることを願いたい。

住める駐車場「バンライフ・ステーション」に続き、多くのバンライファーが集うことができる駐車場“村”「バンライフ・ビレッジ(仮)」を整備中で、オープン予定の赤井成彰さん(写真撮影/中川生馬)

「田舎バックパッカーハウス」のワークスペース、ダイニング、キッチンエリア。7月中旬から、旅行グッズレンタルサービス「flarii(フラリー)」とタッグを組み、バンライファーやサテライトオフィス含め長期滞在者向けの仕事環境のために、パソコンやPCモニターがレンタルできる「リモートワークプラン」を開始した(写真撮影/中川生馬)

バンライファーが集う「田舎バックパッカーハウス」がある石川県では、地元・金沢工業大学とCarstay社が「バンライフ」で地域を盛り上げるプロジェクトが始まった。全国的に「バンライフ」の旅と暮らしのスタイルが広がりつつある(写真撮影/中川生馬)

●取材協力
秋葉さん夫妻
・田舎バックパッカー
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(中川生馬)