相続税を少しでも減らすにはどうすればいいか。かつてビートたけしが孫を養子にしたとき、メディアは「節税対策では」との憶測を書き連ねた。なぜ孫を養子にすると節税になるのか。税理士の井口麻里子氏が解説する--。
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国立科学博物館で行われた「特別展ミイラ 『永遠の命』を求めて」の内覧会に出席した、スペシャルサポーターを務めるビートたけしさん(2019年11月1日、東京都) - 写真=時事通信フォト

■なぜ「孫を養子」にすると節税対策になるのか

2006年、ビートたけしさんが孫を養子にした、というニュースが世間を賑わせました。

ビートたけしさんには、実の子が3人いるといわれています。一人は歌手・女優として活躍した北野井子さんですね。

その北野井子さんが若くして産んだ子がいるのですが、その子を養子にしたというのです。北野井子さんは、2004年に結婚し、2005年に女の子を出産。その後、親権を井子さんが持つ形で離婚しています。当時23歳と若かった井子さんの心理的負担を軽くしてあげるため、たけしさんがお孫さんを養子にしたものと推測できます。

が、一方で、相続対策という観点から、「孫を養子にして節税を図ったのでは?」という見方もあったのです。

孫を養子にすることで相続税の節税になる? どういうことでしょう?

ちなみに、たけしさんの財産は100億円とも言われています(『女性セブン』2019年6月27日号より)。これくらいの額になると、養子を一人増やしたところで、さして節税につながりませんので、私はたけしさんが相続対策でお孫さんを養子にしたとは思いませんが、一般的には次のような節税効果が得られるのです。

■子供が増えると相続税が減る仕組み

養子をとる、つまりお子さんが一人増えるということは、「法定相続人」が一人増えるということです。法定相続人が増えると、基礎控除額が大きくなり、税率は下がる、という節税効果が働きます。

相続税の計算の仕組みをご説明しましょう。

Aさんの財産が、仮に20億円だったとします。

相続税は、財産20億円から「基礎控除」を引いた後の残額にかかります。

基礎控除の計算式は、「3000万円+600万円×法定相続人の数」で表されます。Aさんが亡くなったとき、お子さんがたけしさんと同じく3人の場合(話を単純にするため奥様はいないものとします)、法定相続人の数は3人となりますから、基礎控除額は4800万円。ということは、20億円−4800万円=19億5200万円に相続税がかかってくることになります。

ここで、Aさんが孫を一人養子にしていた場合はどうでしょう? 法定相続人の数は4人となり、基礎控除額は5400万円となります。ということは、20億円−5400万円=19億4600万円に相続税がかかってくることになります。

「え、それだけ? たかが600万円のために、お金持ちは養子縁組するの?」と思われた方も多いのではないでしょうか? 実は、法定相続人の数が増えると税率が下がるため、結果的に多額の節税が可能となるのです。

お子さんが3人の場合、19億5200万円を3人で割り、一人当たり約6億5000万円。一人当たりの財産額が6億円を超えると最も高い55%の税率がかかってきます。この時の相続税額は総額で8億5650万円となります。

一方、お子さんが4人の場合、19億4600万円を4人で割り、一人当たり4億8650万円。これに対応する税率は50%となり、相続税の総額は8億500万円となります。

養子を一人取り、法定相続人の数を増やすことにより、国に納めなければならない税金が5150万円も少なくなるのです。

■「一代飛ばし」でさらなる節税効果

「一代飛ばしの節税効果」も見過ごせません。

通常、孫がおじいちゃんおばあちゃんの財産を手にするのは、祖父母からその子へ、それからその子から孫へ、と2回の相続を経てからです。

孫養子の場合、それを1回飛ばして孫が受け取れるため、相続税を1回省くことができるのです。ただし、その孫が払う相続税が2割増しになるという特例がありますので、ご留意ください。

2割増しにはなっても相続税を1回省くほうが、多くの場合有利ですので、試算してみるとよいでしょう。

■養子縁組をするメリットデメリット

そんなに節税効果が出るならば、と養子縁組を検討する際の落とし穴があります。それは、お金のことよりも人間関係の問題です。

孫が複数いるのに一人の孫だけを養子にすると、特別扱いのようで、親族間で軋轢(あつれき)が生まれることを考慮しなければなりません。節税のためだけに養子をとるということはなるべく避け、残される親族の関係性を配慮してあげることが大切です。

一方、孫を養子にして孫を中心に相続財産を渡すことが良いケースもあります。

先ほど試算の例としたAさんが、実子3人が全員女性で、孫に男の子が1人いるとします。Aさんが地主さんであったり、事業を行っていたりした場合、後継ぎとして、嫁に行った娘たちではなく男の子の孫を考えているケースがあると思います。こんな場合は孫を養子にとって、そして相続の際には、その孫へ中心的に土地や事業を承継する、という方法が節税の面からもスムーズな承継という面からもお勧めです。

■養子の数は制限あり! 実子はもちろん無制限

民法上、養子は何人とっても構いませんが、相続税の計算をするための「法定相続人の数」を数える上では、実子がいる場合は、養子は1人までしか数に入れられません。

Aさんのように実子が3人いる場合は、仮に養子が3人いたとしても「法定相続人の数」は、実子3人プラス1人で4人となります。

実子がいない場合は、2人までです。Aさんに実子がいなくて養子が3人いたとしたら、「法定相続人の数」は2人となります。

養子の数を無制限にすると、相続対策のために養子を100人とる人が出てこないとも限らないからです。

反対に、当たり前のことですが、実子の数に制限はありません。一人ひとり、お腹を痛めて産む子ですから、無制限にしても100人ということはあるはずがない、というわけです。

しかし、2014年、光通信の御曹司が複数のタイ人女性を代理母として、19人の赤ちゃんを産ませたという衝撃的なニュースが世間を騒がせました。

彼の場合は、認知さえすればあくまで「実子」が19人ですから、相続開始時点までこのままの状態が続けば、法定相続人の数は19人、基礎控除額は3000万円+600万円×19人=1億4400万円となります。彼は「子供100人計画」を立てていたとも当時報じられました。そうなれば基礎控除額は6億3000万円です。

このときも「相続対策で子供をたくさん作っているのでは?」という声が多く上がりました。法定相続人の数え方に、代理母を使って実子を増やすケースまでは想定していないため、時代や医学の進歩に合わせた法律の見直しも必要になってくるのかもしれません。

■財産分与で100億円もらったら税金はどうなる?

話をたけしさんに戻しましょう。

財産100億円と言われたたけしさんですが、2019年6月、40年連れ添った奥様と協議離婚が成立。このとき、妻の意向を全面的に受け入れ、自宅以外は全て財産分与した、と報道されました。たけしさんも「スッキリしちゃった」と清々しいコメントをしていました。

この「財産分与」ですが、財産をもらった妻は、なんの税金も払わずに済むのでしょうか? もし100億円ももらったら、それなりに税金を払うことになるのでしょうか?

離婚によって相手方から財産をもらった場合、一般的には税金(贈与税)がかかることはありません。離婚に際して財産をもらうという行為は、贈与を受けたのではなく、夫婦であった期間の財産の清算や、離婚後の生活保障のためだからです。したがって、通常はもらった側が贈与税を払うことはありません。

では、今回のように夫婦であった期間に築いた財産のほとんど、それも100億円という巨額の財産をもらった場合はどうなのでしょうか? ちょっとシミュレーションしてみましょう。

実は、離婚で財産をもらった場合でも贈与税がかかる例外があるのです。

一つは、もらった財産の額が婚姻期間中の貢献その他の諸事情を考慮しても、多過ぎる場合。もう一つは、相続税や贈与税を免れるために離婚をしたと見られる場合です。

■「オイラあげるよ」でも多すぎれば贈与税がかかる

たけしさんがもし「いいよ。オイラ、あげるよ」と言っていても、社会通念上「多すぎる」と判断されれば、その多すぎる部分に贈与税がかかってくることになります。

仮に妥当な金額が半分の50億円だとすると、多過ぎる部分は50億円。贈与税の最高税率は55%ですから、約27億円が税金でもっていかれてしまいます。

もし、たけしさんと奥さんが「それもばかばかしいよね」と考えたならば、贈与税を払わないで済む程度のそれなりに妥当な金額を支払っておしまいにしたかもしれませんね。

二つ目の「相続税や贈与税を免れるために離婚をしたと見られる場合」。これはさすがにたけしさんには似合いませんね。

ただ、この離婚で、自宅以外の財産全てを分与してすってんてんになった、ということであれば、全く税金をかけずに財産の大半を他の人へ移すことに成功した、という事実は残ります(現金だけでなく、不動産などのモノを分与した場合には、たけしさんのほうに譲渡所得税がかかる場合があります)。

離婚による財産分与ですってんてんになったのなら、冒頭の「孫養子で相続対策」なんて全く必要ないのでは? とお考えの方もいらっしゃると思います。

ですが、日本が誇る世界のキタノ、さすがの年収15億8000万円だそうです(『週刊現代』2014年10月11日号 有名人高額所得者ランキングより)。数年もすれば、財産額は50億円を超えるのではないでしょうか?

やはり、今後も相続対策が必要、ということになりそうです。

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井口 麻里子(いぐち・まりこ)
税理士
辻・本郷税理士法人所属。メガバンクのプライベートバンキング部門への出向経験を持ち、富裕層から一般層までさまざまな相続のケースを手掛ける。現在は同社の相続部にて相続のスペシャリストとして活動。井口麻里子のブログ
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(税理士 井口 麻里子)