「あの人のシンボルだから」愛する男の局部を切断して持ち歩く女性の心理…阿部定の残忍な行為の裏にあった切実な女心

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昭和11年に発生した「阿部定事件」は、女性が愛する男性の局部を切り落とした猟奇的な事件として、今なお多くの人々の記憶に刻まれている。一般的には、嫉妬や怒りによる残忍な犯行と捉えられがちだが、その真実に潜むのは、過激な快楽の果てに起きた「過失致死」であった。なぜ阿部定は局部を切り落としたのか。

【画像】男性のシンボルを切除した「阿部定事件」の発端

 

医学博士の上野正彦氏の書籍『死体が伝える最後の想い』より一部を抜粋・再構成し、愛の本質を考察する。

男のシンボルに託した純愛

女性が男性のシンボルを切り落とす。

聞くだけで、身の毛がよだつような事件だが、みなさんは、そのときの女性の心理をどのように想像されるだろうか。

おそらくほとんどの人が、女性の嫉妬や怒りが究極の形になってあらわれた残忍な犯行という見方をされるだろう。

本当のところは、どうなのか。さすがに私の長い監察医の経験でも、実際にその手の事件を検死したのは一例しかない。

その検死結果は、後で触れることにして、まず、あまりに有名なシンボル事件について書くことからはじめたい。

例の「阿部定」事件である。

直接私が検死したわけではないが、今回、この本を書くにあたってあらためて調べていくと、人口に膾炙(かいしゃ)したこの事件について誤解をしていた部分がかなりあることがわかった。

阿部定という女性の名前は、男性のシンボルを切り落とした代名詞のようになっていて、たまにテレビでも取り上げられるからご存知かもしれないが、古くなりすぎて、最近は知らない人も増えてきたかもしれない。しかし、ひと昔前までは、「愛する男の大事な部分を切り落とした女性」としてあまりにも有名だった。

エスカレートしていった二人の欲求

当時32歳だった彼女は、お手伝いさんとしてある家で働いていた。ところが直に、その家の主人と、妻の目を盗んでは情愛をむさぼり合う愛人関係になってしまった。

あるとき阿部定は、主人とお忍びで料亭に入り、行為に及んでいた。

「ねえ。紐で首を絞めながらだと、もっと気持ちよくなるんですって」

突然、阿部定は行為をしながら首を絞めてくれと懇願しはじめた。

二人ともサディズム、マゾヒズムの傾向があったようだ。

男は了承し、お互いに首を紐で絞めたり絞められたりしながら事に及ぶようになる。SMの常で、どんどん欲求は強くなる。男の要求は、次第にエスカレートしていった。

「もっと紐を絞めなさい」

「絞めろ」

阿部定は言われるとおり、快楽を満たしてあげるために男の首を絞め続けた。そして、歓喜の中で彼女が、はっと我に返った瞬間、愛する男は、すでに帰らぬ人となっていたのだ。

これが昭和11年5月18日、東京都荒川区尾久で起きた「阿部定事件」の発端である。

切り落とした局部を手元に置いておいた阿部定

こういったプレー自体は、別に珍しいことではない。SM遊びから死にいたった変死事件をいくつか検死した。ただ一般に思われているようなSM専門店では、この手の事故は、私が知る限り起きたことはない。

SMプレーの果てに事件になるのは、みな一様に、素人ばかりである。プレーに本気になってしまった結果、歯止めが利かなくなってしまうのだろう。逆に言えば、SMプレーの店は、どんなに本気っぽくやっていても、しょせん商売なのだ。

男性の局部を切り落とした以外のことは、昔のことで、うろ覚えだったので、これをいい機会といろいろ調べてみた。

驚くべきは、男が亡くなった後の阿部定の行動である。

一般に、彼女は、「男性のシンボルを切り落とした性的異常な女」として知られている。私もそうだとばかり思ってきた。しかし、調べてみると、そうではない。もっと複雑に入り組んだ事件だったのだ。

なんと彼女は男の陰部、睾丸と陰茎をすべて刃物で切り取って、持ち帰っていたのである。すなわち、陰部を切り取っただけでなく、自分の手元に置いておいたのだ。

後に阿部定はそれを持ち歩いていたところを見つかり逮捕されることになる。彼女の懐から男の陰部が出てきたのだ。捕まえた警察官もさぞや驚いたことだろう。

当時、日本中がこの猟奇事件に騒然となった。どちらかと言えば、嫉妬で切り落とした残虐な女というイメージだったが、それもいささか趣が違う。

「これは誰にも渡したくなかったんです。私の大好きだったあの人のシンボルですから」

そう阿部定は思っていたという。

阿部定のその後

裁判となったが、阿部定は行為の最中、主人に「もっと絞めろ」と命令されたから絞めていたことがわかり、過失致死となり懲役7年の判決を受けた。あくまでも過失であって殺人罪で刑務所に入ったのではない事実に注目したい。

しかも獄中の態度がよかったため、彼女は5年ぐらいで出所したという。その後、彼女は名前を変えるなどして隠遁生活を送っていた。

しかし当時のマスコミも、彼女を格好のネタとして見逃さなかったようだ。度々雑誌などで取り上げられ、そのうち自分の劇団を作り、事件を劇にして自ら演じたり、料亭を開くなどして余生を送った。料亭はかなり流行ったと聞く。大島渚監督の『愛のコリーダ』という映画はこの事件を題材にしたものだ。

昭和の初めに、女性が男性を殺し、その男性のシンボルを切って持っていた残虐な事件。

この事件はその衝撃的な部分が関心を引くので、今の世でも猟奇事件のごとく伝えられているが、実際は、過失致死で死なせてしまった「愛する人を誰にも渡したくない」ための行動であったのだ。

前述したように、私の検死経験の中でも、一例だけ女性が男性のシンボルを切った事件を扱ったことがある。

なぜわざわざ男性のシンボルを切り取ったのか。

この場合も、その理由がはっきりわからず、行為そのものを見ると残忍な猟奇事件に思える。

ところが当事者である犯人は、阿部定と同様、「好きな人、大切な人のシンボルだから、ほかの女性には触らせたくない」という女心で切断しているのである。恨みから及んだ犯行ではないのである。

「私の好きなあの人のシンボルだから」

そんな純な恋心が発端の事件に比べれば、最近の事件はもっとドライというか、非人情になっている。

金のためなら、大切にすべき人の命さえ簡単に奪ってしまう。いくつかの事件を除き、最近の女性が関与している事件にはそんな共通点がある。

力の強い男性でも、眠らせて無抵抗の状態にすればどうにでもできる。そんな悪い手法が世間に広まり、強欲な女性たちが悪びれず実行に移す。保険金詐欺を働くケースが増えているのはそのためだ。

昔の事件の場合、もちろん許すことなどとうていできることではないが、一方で何となく加害者の犯行にいたった気持ちも伝わってくる。しかし最近の事件は純情どころか、保険金殺人のごとく、お金に困ったのでもなく、豪遊するための大金欲しさに簡単に自分の夫など身近な人の命を奪うケースが多い。

阿部定も死体の一部を切り落とした残忍で恐ろしい女のように伝えられているが、実際、重罪とならなかったのは、その犯行理由が一途な恋にあったからだ。

「私の好きなあの人のシンボルだから」

過失で死なせてしまった愛する男の体の一部を常に持ち歩いていた阿部定の女心。

この事件は私たちに、「愛とは何か」をあらためて問いかけているようにも思えるのである。

死体が伝える最後の想い

上野 正彦

2026/4/7

880円(税込)

248ページ

ISBN: 978-4022621276

布団の中で凍死してしまった老人の孤独、消せない指紋、殺された幼い子どもが最後に見た光景、サスペンスドラマのような結末、自分を盾にした母の愛――。

監察医として30年間、約2万体の死体を検死してきた著者が語る命の尊厳、生と死のドラマ。

『裏切られた死体』と『死体は切なく語る』から屈指のエピソードを選り抜いたベスト版。

【目次】
第1章 死体が残したメッセージ
第2章 切ない事件
第3章 人はここまで醜くもなる
第4章 フィクションとノンフィクション
第5章 やるせない真相
第6章 愛情の末に