阿部慎之助

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 プロ野球ファンでなくとも、このニュースに衝撃を受けた人は多いのではないでしょうか。巨人軍の阿部慎之助前監督(47)の逮捕、辞任――。暴力は決して許されるものではありません。しかし、伝統ある巨人軍監督という“重責”からくるプレッシャーもあったのではないか……東海ラジオで35年間、プロ野球実況を担当した村上和宏さんが、プロ野球監督の抱える様々な苦労を教えてくれます。

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プロ野球監督は「孤独」

 5月25日の夜、衝撃的なニュースが流れました。

「巨人阿部監督、長女への暴行容疑で現行犯逮捕」

 たまたまその時間に起きていて、速報に接した私ですが、詳細はその段階では不明で、頭の中はまさに「???」。何が何やら訳が分かりませんでした。

阿部慎之助

 すでに就寝されていて、26日の朝起きて知った方も多かったと思います。

 さらに第1報から約12時間後の26日正午前、阿部監督自身が球団事務所で記者会見を行い、本人の口から監督辞任が発表されました。まさに怒涛の展開でした。

 警察の発表によると、25日夜に阿部氏の長女と次女が姉妹喧嘩し、その仲裁に入った阿部氏が長女の態度にカッとなり、襟元をつかんで押し倒した、その後長女はChat GPTに相談し児童相談所に相談、児童相談所から通報を受けた警察が自宅に向かい、暴行容疑で現行犯逮捕。警視庁渋谷署に連行され、取り調べののち釈放された、これが今回のあらましです。

 阿部氏は逮捕された責任を取って自ら監督職を辞し、捜査は引き続き行われるとのことですので、この一件についての論評は控えますが、今回は「監督業」について考察したいと思います。

 プロ野球の監督は日本にわずか12人しかいない、名実ともに選ばれた人しかなることができない稀有な存在です。

 しかし、その重責は実際にやった人にしかわからない大変な仕事です。

 元来、「監督」とはある意味孤独なものです。同じ采配をしても成績が伴わなければ、すべて監督の責任と言われます。

 一人で使う「監督室」が用意されますが、ただ一人、個室に……誤解を恐れずに言うと「隔離」され、自分自身がプレーするわけではなくとも、自分が使った選手の結果すべての責任を一人で背負わなければならないのです。

9人のドラゴンズ監督

 結果がすべてのプロの世界、契約期間が残っていようが成績が悪ければシーズン途中でも容赦なく「休養」という名の解雇が待っています。選手との最大の違いは、シーズン中でも事実上の解雇があり得るということです。

 私が長年取材してきた中日ドラゴンズでは、第1次・星野仙一政権、第1次・高木守道政権、第2次・星野政権、山田久志(77)政権、落合博満(72)政権、第2次・高木政権、谷繁元信(55)政権、森繁和(71)政権、与田剛(60)政権、立浪和義(56)政権、そして今の井上一樹(54)政権と、9人の監督を見てきました。

 このうち第1次高木政権と山田政権、谷繁政権ではシーズン途中に監督が休養させられ、監督代行が指揮を執りました。成績が悪ければすべての責任を負わなければならないプレッシャーと闘っています。それだけでなく、監督の仕事も、時代の変化には抗えません。

 第1次政権時代の星野監督はまさに「鉄拳制裁」。この時期、正捕手として鍛えられた中村武志氏(59)は、星野監督から練習中に前の試合でのリードについて責められ、本塁付近から往復ビンタが始まり、止まらないビンタに少しずつ後ずさりしていき気が付けばバックスクリーン前のフェンスに達していたと、本当か嘘かわからないエピソードを話してくれたことがあります。試合中にミスをするとベンチ裏で殴られた経験を語るOBの話は枚挙にいとまがありません。

 ナゴヤ球場で失点、あるいはミスが出ると、ベンチの湯飲み茶わんを投げて怒りを表すのですが、陶器の湯飲み茶わんがどんどん割れてしまうため、お茶一式を用意するパートの女性スタッフがプラスチック製の湯飲みに変えました。すると茶碗を投げた際「パリン」という、陶器が割れる音ではなく「カランカラン」と湯飲みが転がる乾いた音がベンチ内に響き「プラスチックに変えた奴は誰だ!」と怒鳴り散らしたという、今となっては笑い話も残っていますが、当時は「熱血監督」ともてはやされ、否定的な意見はほとんど聞かれませんでした。

 ただ、これは星野さんに限ったことではないようです。私が解説者としてお世話になり、監督としてカープの黄金時代を築いた古葉竹識さんも「ミスした選手はベンチの裏で殴っていた」とはっきり私におっしゃっていたので、まさに「昭和の時代」ならではのある意味、当たり前の指導だったのでしょう。

 年号が「平成」に変わると、少しずつ時代も変わります。

「失われた10年」が始まった平成3年ごろからでしょうか、企業の経営陣による判断ミスで経営危機や経営破綻が相次ぐにつれ、プロ野球界でも「手を出す」指導は影を潜めていきました。

 そうした時代の変化の中で、星野さんが選手への接し方をどう変えたかというと、よく「責任は誰が取るんや!!」と怒鳴り散らしていました。

指導そのものが変わった

 そして時代は「令和」へ。

 監督に限った話ではありませんが、今の指導者は選手にきつい言葉を掛けることができないそうです。去年までドラゴンズで打撃コーチを務めた森野将彦氏(47)に聞いた話です。

「今の若い選手には、ああしろ、こうしろと言ってはダメ。腫れ物に触るように、こうしたほうがいいと思う、といった言い方しかできない」

 バリバリの昭和人である私からすると、それで指導ができるのかと疑問を持ちました。以前、私と一緒に番組をやっていた女性タレントが大学の就職講座に面接対策で招かれた際、自己紹介でやたら語尾を伸ばす学生に「バカっぽく聞こえるからやめましょう」とアドバイスした瞬間、教室の空気が凍り付いたそうです。講師として呼んでくれた教授から「学生を否定する発言は絶対にやめて」と終了後に言われたと聞いて、「そんな時代になったか」と思い知らされました。

 このような状況で、今のプロ野球の監督とはどのような苦悩を抱えているのでしょうか。たまたまDAZNで実況した5月26日の中日―楽天戦で、楽天で監督を務めた今江敏晃氏(42)に解説を務めていただいたのですが、「監督というのはカメラに抜かれることが多いので表情一つとっても難しいです。特にチーム状況が悪いと無表情でいるつもりでも、難しい顔をしているとか、渋い表情をしていると言われてしまう」と話してくれました。

 とりわけ気の毒に感じるのは、うかつに選手とコミュニケーションが取れないということです。私は、個人的に食事や飲み会の席を持つことで相手との関係が深まるという文化で育ってきましたが、今の選手と個別にそうした席を持つと「贔屓している」とか「好き嫌いで動いている」と言われるので、“選手との接触はグラウンド限定”という暗黙のルールが今は存在します。

 プロの世界は、繰り返しになりますが結果がすべての世界です。全員を同列で括れるわけがありません。個々人が持つ能力、特性を伸ばすのが指導者の仕事であるはずです。にもかかわらず選手側にそれを受け入れる素地がなければ伸びるものも伸びないのではないかと私は思ってしまいます。

 さらに、個別にコーチと一席設けることも同じ理由で難しいと聞きます。

 もちろん昭和時代の星野さんがやっていたような指導が今の時代では否定されることは言うまでもないことですが、監督室で孤独に過ごす今の「監督」とは以前にも増してその「孤独感」が強くなっているのではないでしょうか。

 裏方さんの伴侶にも誕生日の花を贈るなど、人心掌握にたけていた星野さん。今、星野さんが存命なら「令和」時代の監督にどんな思いを抱くでしょうか。

村上和宏(むらかみ・かずひろ)
フリーアナウンサー。1967年、広島県出身。専修大学法学部卒業後、91年に東海ラジオ放送入社。制作局アナウンサーとして、主にスポーツ実況を担当。2025年の退社まで、プロ野球をメインに多くの番組制作に携わった。

デイリー新潮編集部