村上宗隆メジャーでの好スタートを後押しする“知日派監督”の正体 方針の根底にロッテとのただならぬ縁
ホワイトソックス・村上宗隆(26)が日本時間30日のエンゼルス戦に「3番・一塁」で出場。2打数無安打3四球だった。相手先発の菊池雄星(34)と第1打席で対戦し、左飛に倒れた。
28日の同カードでは、ヤンキース・ジャッジ、アストロズ・アルバレス、レッズ・デラクルーズらのメジャーを代表する強打者を抑えて、最速の12号本塁打に到達。29日時点で、ジャッジとともにメジャートップ。打点も量産しており、ここまで23打点はアルバレス(26)、レイズ・アランダ(25)に次いでア・リーグ3位タイにつけている。
気の早い米メディアからはアの新人王候補に挙げられているが、メジャー1年目から好スタートを切れた裏に、知日派監督のサポートがあった。
卒論のテーマは「日米野球文化比較」
ホ軍のウィル・ベナブル監督(43)はジャイアンツなど4球団を渡り歩いた元メジャーリーガーのマックスを父に持つ。マックスは1992〜93年にNPBのロッテでも背番号「8」でプレー、ベナブル監督も2年間、日本に住んでいた。当時、10〜11歳だったベナブル少年には日本での生活が、その後の人生に少なからぬ影響を与えたそうだ。米東部の名門として知られるプリンストン大学では文化人類学を専攻、卒論のテーマは「日米野球文化比較」だった。父親に連れられて行った日本の球場で見聞きした当時の記憶も含めて卒論をまとめたそうで、日本人の練習熱心さ、勤勉さなどが記されているという。
MLBとNPBの練習や調整法の違いも理解しており、ベナブル監督は渡米した直後の村上にいきなりメジャー流を押し付けることはしなかった。指揮官は常々、「ムネ(村上)が日本でやってきたことを、米国でも再現できるように」と話している通り、今春キャンプでは本人の希望を聞き入れて、特例で全体練習終了後の居残り練習を認めた。
村上の日本での経験を評価し、オープン戦から開幕当初にかけては、状況やカウントに応じた判断は任せ、ほぼノーサイン。自由に打つことが許される「グリーンライト」を認めた。
村上にとって、心強い存在に違いない。
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メジャー1年目と言えば、アストロズ今井達也の機能不全に古巣西武が心を痛めている──かといえば、実はそうでもなさそうだ。そもそも、今井の放出には「厄介払い」の側面があったという。いったいどういうことか。球団周辺から「若手に悪影響を与えかねない」という声まで聞こえてくるほどの素行問題とは。●関連記事 【もっと読む】今井達也の放出は「厄介払い」の側面も では、それらについて詳しく報じている。
