平均単価1500円、時には2000円を超えることもある一杯の薬膳スープ料理「麻辣湯」。タイパ(時間対効果)やコスパを何より重視すると言われるZ世代が、なぜこの高単価な一皿を求めて行列を作るのか。そこには、「日本人は選ぶのが苦手だからセットを作れ」という外食業界の定石をあえて踏みにじった、石神秀幸さんの計算がありました。効率化を求める時代に、あえて客に「選択」という負荷を強いる。その「不親切」こそが、現代人の飢えを満たす最強の体験価値になった理由に迫ります。

【写真】いかにも辛そう~この一杯に大行列が!噂の麻辣湯 ほか(全13枚)

1500円は高いか?Z世代が熱狂する「体験」

── 石神さんが展開する麻辣湯専門店「七宝麻辣湯」を訪れる客の8割は女性。しかも中心は10代後半から20代のZ世代だそうですね。1杯の値段は決して安くない金額だと思われますが、なぜ高額な一品に若者は熱狂しているのでしょうか。

石神さん:麻辣湯は春雨をベースに、たくさんの野菜がとれて薬膳の効果もあるスープ料理。女性にはうってつけとは思っていましたが、Z世代にここまで支持されるとは思っていませんでした。うちは平均単価が1500円以上で、注文によっては2000円超えも珍しくありません。洋服や遊びにお金もかかる世代なので、正直、私も不思議でした。

「七宝麻辣湯」東京・赤坂店の店内。若い女性が8割を占めている

── 高いお金を払っても味わいたいと思わせる魅力を、麻辣湯が秘めているのは間違いないと思います。

石神さん:麻辣湯の一番の魅力は何か?私は「無限のカスタマイズ」にあると考えています。薬膳スープに入れる「具材を自由に選べる」のが麻辣湯のスタイルであり、楽しいところ。うちでは鶏や豚を丹念に煮込んだスープに、30種類以上の薬膳スパイスを合わせています。そこにトッピングする具材は春雨、野菜、肉、魚介、練り物など常時50種類以上。スープの辛さは0番~5番があり、以降の辛さは無制限に選べます。味のアレンジも可能で、にんにくなど風味や食感を変化させるアイテムや、定番の麺である春雨を中華麺に替えることもできる。バリエーションは無限大です。

自分の定番を見つけて食べ続ける人もいるいっぽう、体調や気分で今日の一杯を探す人も。そうしてお客さん自身がレシピ開発を行って、日々、味を進化させる。その楽しさが、Z世代にウケたのかもしれません。実際、お客さんが自分の定番がみつかればそれを食べ続けても構いませんし、体調や気分で今日の一杯を探してもらってもいい。じつは私自身でレシピ開発を行っていて、日々、味をブラッシュアップしています。

「セットメニューを作れ」の助言はブランドの「終焉」を意味した

── 麻辣湯ブームにより、ライバル店が増え、競争はますます激しくなりそうです。

石神さん:私が渋谷に1号店をオープンしたのは2007年。鳴かず飛ばずの苦しい状況を経て、2012年に開いた赤坂の2号店から軌道に乗っていきました。以降、麻辣湯を売り物とするライバルの出店を数多く目にしますが、すぐに撤退するお店も見ます。短命で終わるお店の大半は、私自身が「これやったら絶対失敗する」と考える行動をとっていました。

── それはどんな行動ですか?

石神さん:「セットメニューを作ること」です。私がお店を開くときも、外食の経営者からアドバイスを受けました。「日本人は選ぶのが苦手。トッピングや辛さ、味など複数あっても選べないから、セットメニューを作ったほうがいい」と。

たしかに、日本人の国民性も考えると「おまかせ」は楽です。でもセットメニューを5つ作ったら、お客さんは5回の来店でひと通り食べ終わってしまい、麻辣湯の一番の魅力である「無限のカスタマイズ」にたどり着けない。「選べない国民性」だからと「選ぶ楽しみ」を奪ってしまったら、ライバル店と同じく最悪の末路を迎えるはめになってしまいます。

「食のインフラ」麻辣湯は嗜好品を超えて

生薬の一種である党参(トウジン)は麻辣湯などの薬膳料理で中国では古くから親しまれている食材

── しかも薬膳により美容や健康効果もある。女性にとってうれしいですよね。

石神さん:外食は「カレーが食べたい」「今日は唐揚げ」など、たいていは嗜好性で選びますよね。でも、麻辣湯は「食物繊維を摂りたい」「鉄分を補いたい」という機能性も加えられる。外食でこの二つのニーズを満たすのは珍しく、稀有な料理だと思っています。

私は麻辣湯は単なる流行のグルメではなく、「食のインフラ」になり得ると思うんです。自分の体を自分でメンテナンスするために、1500円を投じる。効率化やタイパが叫ばれる時代だからこそ、あえて自分のために時間をかけて一杯を組み立てる「非効率な儀式」が必要とされている気がします。麻辣湯に対する探求心は尽きません。

石神さんが「選べない国民性」にあえて不親切な選択を強いたのは、効率の先にある「自分だけの一杯」という体験こそが、飽きられない本物の価値だと信じたからでした。 タイパ(時間対効果)が叫ばれ、何でもお膳立てされる今の時代。あなたは、あえて時間をかけて「迷うこと」や「選ぶこと」に、贅沢を感じる瞬間はありますか?

取材・文:百瀬康司 写真:石神秀幸