(※写真はイメージです/PIXTA)

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高齢単身世帯は限られた収入でやりくりしている一方、医療・介護・住まいの維持など、固定的な支出が続きやすい構造があります。さらに判断力が揺らぎ始めると、詐欺や不適切な契約、現金管理のほころびが一気に表面化することもあります。

「お父さん、最近どう?」帰省した次女が感じた“違和感”

都内で働く麻美さん(仮名・50歳)は、実家に暮らす父・茂さん(仮名・87歳)を月に一度ほど訪ねていました。母は数年前に他界。父の年金は月8万円ほどで、生活費は貯蓄を取り崩していると聞いていました。

その日も、いつも通りの帰省でした。

「元気にしてる? ご飯ちゃんと食べてる?」

「食ってるよ。俺は大丈夫だ」

会話は短く、父は早々にテレビをつけます。麻美さんは洗面所に行こうとして、テーブルの上に置かれた通帳をふと目にしました。

“興味本位”でした。残高を見ようと思ったわけではありません。更新ができているか、なんとなく確認しただけ――そのつもりでした。

ところが、目に飛び込んできたのは、同じような記載の連続でした。

「現金 200,000」

「現金 300,000」

「現金 500,000」

数週間おきに繰り返され、合計すると800万円近い引き出しになっていました。

「……え、これ何? お父さん、こんなに現金、何に使ったの?」

麻美さんの声が震えました。

父は一瞬、目をそらしました。そして、絞り出すように言いました。

「……怒るなよ」

「怒らないから。何があったの?」

沈黙のあと、父はぽつりぽつりと話し始めます。

「役所の人から電話が来たんだ。医療費の還付があるって」「手続きが遅れていて、今日中に動かないと戻せないと言われた」

典型的な“還付金”を名乗る話でした。相手は父の名前も住所も知っていて、口調も丁寧だったといいます。

「ATMで操作するだけだって。『職員が案内する』って言うから……」

父は言われるままに金融機関で現金を引き出し、指定された場所で“受け取り担当”に手渡したのだといいます。一度だけではありませんでした。

「最初は30万くらいだった。次は『確認が必要』って」「気づいたら、何回も……」

麻美さんは背筋が冷たくなりました。

警察には言ったの?」

「言えるわけないだろ……“誰にも言うな”って。言ったら還付が止まるって」

父は“恥ずかしさ”と“恐怖”の間で固まっていたのです。麻美さんは頭が真っ白になりました。

被害は他人事ではない…高齢期の判断力低下と詐欺リスク

警察庁の公表によれば、特殊詐欺の被害は深刻で、令和7年の年間被害額は1,414億円にのぼっています。

また、内閣府『令和6年版 高齢社会白書』では、認知症高齢者数は443.2万人(令和4年推計)とされており、高齢期に判断力や記憶の揺らぎが生じること自体は珍しいものではありません。

麻美さんは、父の言葉の端々にその“揺らぎ”を感じていました。「何回渡したの?」と尋ねても、「たぶん」「確か」と曖昧な答えしか返ってこない。日付の前後関係も整理できていない様子でした。

「……お父さん、もう一人で対応しないで。お願いだから」

父は小さくうなずきました。

麻美さんは責めるより先に、被害の拡大を止める行動を優先しました。

●金融機関へ連絡(取引停止・出金状況の確認・出金制限の相談

警察相談(#9110等の窓口、被害届の検討)

●固定電話対策(迷惑電話防止機器、常時留守電、番号変更の検討)

●通帳・印鑑・カードの管理見直し(家族が関与できる保管体制へ)

途中、父がぽつりと言いました。

「俺が悪いんだろ。情けないよな」

麻美さんは首を振ります。

「悪いのは騙す側。だけど、同じことが起きない形に変えよう」

高齢期のお金のトラブルは、注意や善意だけでは防ぎきれません。大切なのは、本人の尊厳を保ちながら、事故が起きにくい環境に整えることです。

麻美さんは通帳を閉じながら思いました。

「興味本位で見ただけだったのに……見なかったら、もっと大きな被害になっていたかもしれない」

帰り際、父が小さく言いました。

「……助かった。言えなかったんだ」

麻美さんは静かに答えました。

「言えたのが今日でよかった。ここから立て直そう」

高齢の親の家計異変は、数字ではなく“沈黙”として現れることがあります。通帳は責めるためではなく、守るために共有されるべきもの――そう実感した出来事でした。