『あんぱん』妻夫木聡が別人のような笑顔で再登場 “アンパンマン”の精神を宿す八木と鉄子
“ガード下の女王“は、屋台のおでんでお腹を壊した嵩(北村匠海)たちを助けた女性だった。NHK連続テレビ小説『あんぱん』第76話では、のぶ(今田美桜)と嵩が“ガード下の女王”こと、高知県出身の代議士・薪鉄子(戸田恵子)の活動に密着。そんな中、のぶは鉄子から思わぬ誘いを受ける。
参考:『あんぱん』第77話、編集部にのぶ(今田美桜)の運命を変える電話がかかってくる
のぶと嵩は東京最終日にして、ガード下の元締めたちと子どもたちの居場所を賭けて麻雀対決中の鉄子を発見。はじめは白を切ろうとしていた鉄子だが、秘書の世良(木原勝利)がうっかり「薪先生」と口を滑らしたことで観念し、のぶたちの取材に応じる。そこで大いに役立つのが、のぶの速記だ。
太平洋戦争末期にアメリカ軍によって行われた大規模な無差別爆撃によって焼け野原となった東京。のぶたちは「そこそこ復興した」と聞かされていたが、実際はまだまだ復興とはほど遠い状況にあった。街はお腹を空かせた戦災孤児たちで溢れかえり、戦争に夫を取られた女性たちが貧困に喘いでいる。他の政治家たちが新憲法や進駐軍との交渉に精を出す中、鉄子はそうした現実に目を向け、地域に根ざした活動を行なっていた。
「戦後の日本はすごいスピードで変化しゆうがや。あてら政治家はそれより速う進まんといかん」という信念の下、少しでも多くの困っている人の声を拾い上げるべく、街を駆け回る鉄子は喋るのも早い。圧倒され気味の嵩に対し、のぶは鉄子の言葉を一つも漏らさないように速記でメモを取る。
それだけではない。鉄子に同行した雑居部屋で、女性がガラの悪い男たちに借金のカタとして連れていかれそうになる場面に遭遇したのぶと嵩。のぶは咄嗟に持っていたカメラを男たちに向け、「新聞に載せますきね」と警告する。一触即発のムードの中、警察が駆けつけ、騒ぎは収まり、事情聴取で一連のやりとりをメモしていたのぶの速記が役立った。
次郎(中島歩)が残したメッセージを読み解くために始めた速記が東海林(津田健次郎)たちとの出会いを招き、記者となったのぶ。取材の聞き取りはもちろん、まさかこんな形で誰かを救うことになろうとは。次郎からもらった速記やカメラが、のぶの単なる仕事道具ではなく生きる力となっていることに胸を打たれる。
一方で、のぶは今の仕事にやりがいを感じてはいるものの、本当にやりたいことについては依然として見つからないままだった。子どもたちに体操を教えたくて教師になったが、間違った正義に流されて戦争へと駆り立ててしまった過去があるからこそ、慎重になっているのだろう。今は記者としていろんな人の声を聞きながら、自分と向き合っている最中だ。そんな身の上話を聞き、のぶに興味を持った鉄子は「あてあてのところで働かんかえ?」と勧誘する。答えが見つかっていないのであれば、一緒に探してみないかと。
たしかに傍から見ても、のぶと鉄子にはソウルメイトのような相性の良さを感じる。目の前に困っている人がいたら助けずにはいられない正義感の強さ、ガラの悪い男を前にしても怯まない度胸、それでいて声なき人の声に耳を傾ける優しさを持ち合わせているところが似ているのだ。鉄子ものぶを他人とは思えなかったからこそ、声をかけたのではないだろうか。しかし、のぶはまだ記者としても半人前で、新しいことに挑戦する余裕などなかった。
ひとまず、「うちのことらあより、記事にしてほしい人らあがここにはこじゃんとおるがで」という鉄子の言葉を受け、高知に戻るギリギリまで嵩と取材を続けることにしたのぶ。そんな中、嵩は思わぬ形で戦友だった八木上等兵(妻夫木聡)と再会を果たす。第60話で玉音放送を神妙な面持ちで聞く姿が映し出されて以降、物語に姿を現していなかった八木。何らかの理由で東京に流れ着いた彼はガード下で戦災孤児たちの面倒を見ていた。戦時中は常に険しい顔つきをしていた八木が今では憑き物が落ちたように、朗らかな笑顔を子どもたちに向けている。その変わりように一瞬驚いたが、軍隊にいた頃もさりげなく嵩に助け舟を出していたことを思い出すと、こちらが本来の顔なのだろう。
子どもたちにマクシム・ゴーリキーの戯曲『どん底』を読み聞かせながら一緒にコッペパンを食べる八木の姿に、「目の前に困っちゅう人がおったら助けたいがや。どん底からみんなで這い上がって、いつかみんなで笑いたいがよ」という鉄子の言葉が重なった。どん底にいる人たちに食べ物や知恵など生きる力を分け与え、共に這い上がっていこうとする“アンパンマン”の精神が、鉄子や八木の中にある。
(文=苫とり子)
