東京では鉄道会社の相互乗り入れが進み、移動が便利になった。日本女子大学の細川幸一教授は「利便性は向上したのに、東京の鉄道運賃は高い。鉄道事業者の料金体系はバラバラで、利用者は乗り換えるたびに新たな運賃を各社に支払わなければいけない」という――。
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■東京の鉄道運賃が高いと言える理由

首都圏の鉄道を利用していると急速にバリアフリーが進んでいることを実感する。エレベーターやエスカレーターの設置が進み、お年寄りや障害のある人の鉄道利用もだいぶ容易になった。

また、相互乗り入れも増え、乗り換えが不要になるケースも増えた。例えば、東京メトロ副都心線の開通で西武池袋線・東武東上線方面と東京メトロ、東急東横線、みなとみらい線(横浜高速鉄道)が一本でつながった。

一方で、日本の鉄道運賃で問題となるのは、運賃のバリアだ。

「失われた30年」で日本は物価の安い国という評価が定着してきた。円安もあって海外の旅行者が日本の物価安を口にすることが多い。しかし、それでも彼らの多くが口にするのは、日本の交通運賃の高さだ。

特に地域観光に必需の交通手段と言える鉄道運賃の高さを指摘する旅行者は多い。乗り換えるたびに新たな運賃を取られるという不満が中心だ。

まずはフランスのパリ、韓国のソウルの運賃を見てほしい。東京の運賃がいかに重い負担になっているかが分かる。

■フランス・パリは「ゾーン制」を採用

日本人が海外の都市を旅行するときに交通運賃の安さを実感することも多いだろう。パリの鉄道には区間運賃がなく、ゾーン別の共通運賃だ。

しかも、メトロ、路面電車(トラム)、バス、郊外へ行きの電車RER線、国鉄(SNCF)線すべての公共交通がこの共通運賃で利用可能となっている。

1回の移動ごとに購入する切符が1.9ユーロ(約260円)。この切符が10枚セットになったカルネを購入すると14.5ユーロで、1枚当たり1.45ユーロ(約200円)。日本の都市交通の初乗り運賃程度でパリ中心部(メトロ全線とゾーン1のパリ20区すべての交通機関を網羅)を移動できる。一定時間内であれば乗り継ぎもこの切符で可能だ(ただし、メトロ/バス、メトロ/トラム、RER/バス等には制約がある)。

またフリーパスも充実している。このパスを利用すればすべての交通機関が乗り降り自由だ。

パリとその郊外はゾーンで区間が区切られている。パリの中心部をゾーン1とし郊外に向けて放射線状にゾーン1、2、3、4、5というように広がっている。パリ市内はゾーン1、2のフリーパスで移動可能だ。

1日フリーパスは「ゾーン1ー2」が7.5ユーロ(約1050円)だ。1週間用、1カ月用のフリーパスもあり、さらに格安で定期券代わりになる。日本の定期券にあたる1カ月用のフリーパスはゾーン1〜5すべて利用できて、75.2ユーロ(約1万520円)だ。

■韓国・ソウルも共通運賃制でより安く

韓国・ソウルでは李明博元大統領がソウル市長だった頃、都市交通の大改革を行い、料金制度が一新された。

首都圏電鉄という広域電鉄の概念でソウル首都圏の鉄道事業者が網羅され、韓国鉄道公社・ソウル交通公社・仁川交通公社・空港鉄道等が運営する路線の運賃は、通しで計算される通算運賃制度を導入している。

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ソウル市内の鉄道、バスの運賃支払いが一元化され、ICカードである「T-money」を利用すると初乗り料金1250ウォン(約130円)で10キロメートルまで乗車でき、バスと地下鉄、あるいはバスとバスの乗り換え等の際にも10キロメートル以内なら追加料金はない。10キロメートルを超えると、5キロメートルごとに100ウォン(約11円)が加算される。

すなわち、鉄道だけでなく、バス等も含めてゾーン制あるいは通算運賃となっているのだ。

これらでは事業者ごとの自立採算制をとらずに運輸連合体を設立し、各社からの事業収入を運輸連合でいったんプールしたうえで一定の基準で参加事業者に再配分する共通運賃制度を導入する施策をとっている。

先述のパリの場合も、パリ運輸組合に地下鉄、バス、フランス国鉄など50社余りが加入しており、乗継割引制度という概念ではなく、ゾーン制の共通運賃だ。

■複数の会社路線を利用すれば運賃が跳ね上がる

日本の首都圏を例に取ると、鉄道網はかなり充実しており利便性も高い。一鉄道会社線だけを利用する場合は、北総鉄道、東葉高速鉄道などの一部の高額運賃路線を除けば、安く移動できる場合も多い。

一方で事業者数がかなり多く、それぞれが独立採算で経営しているため、目的地まで複数の事業者路線をまたがって利用すると、それぞれの鉄道会社の初乗り運賃を含む運賃が加算され割高となる。東京でも「フリーパス」の名のキップはあるが、利用範囲は限定的だし、定期券も同様だ。

都内に路線を持つ旅客鉄道会社はいくつあるのだろうか。列記してみよう。

JR東日本、JR東海(新幹線のみ)、東京地下鉄(東京メトロ)、東京都交通局(都営地下鉄等)、東武鉄道、西武鉄道、京成電鉄、京王電鉄、小田急電鉄、東急電鉄、京浜急行、東京モノレール、ゆりかもめ、東京臨海高速鉄道、多摩都市モノレール、首都圏新都市鉄道(つくばエクスプレス)、北総鉄道、埼玉高速鉄道(都内では短距離)。

以上18社もある。首都圏に広げればさらに鉄道会社数は増える。2社間の短い区間同士等では数十円程度の乗継割引運賃制度はあるが、基本、各社の初乗り運賃を含む運賃が単純加算されるから、複数会社線を利用しての移動は高額となる。

例えば、前述した西武鉄道の飯能駅からみなとみらい線の元町・中華街駅への交通運賃で考えてみたい。

電車を利用すると、西武線から東京メトロ副都心線、東急東横線の直通運転を経て、みなとみらい線に乗り入れる。このルートでは、西武、東京メトロ、東急、みなとみらいの4社線を乗り換えなしで利用できるが、運賃は480円+250円+280円+220円の計1230円となる。

東京にはパリやソウルのような異なる事業者の路線を乗り継いでも高額にならないような制度はない。直通運転でバリアフリーは格段に進んだが、運賃は各社に支払わなければならず、運賃のバリアはそのままだ。

■東京メトロと都営地下鉄はいまもバラバラ

乗継割引制度は一部の区間で適用されているが、割引率が高いのは東京メトロと都営地下鉄を利用した場合の70円割引(普通運賃の場合の「連絡特殊割引普通旅客運賃」)だ。

両社とも都内の地下鉄同士で、利用者から統合すべしという意見がことさら強い。そのため比較的大きな乗継割引額となっている。経営統合などを求める声は大きく、猪瀬直樹都知事時代、東京オリンピックを控えた頃、議論は盛んになった。

2017年6月29日、東京メトロの山村明義社長が就任会見で、「両社の乗り継ぎ時には70円の運賃割引をしているが、どちらかだけを利用した場合に比べて割高になる。将来は乗り継いでもどちらか1社だけの利用とみなし、初乗りの徴収を一度だけにするしくみを検討している」という趣旨の発言をしたが、現在まで割引額の拡大は行われていない。オリンピックが無観客開催となり、「喉元過ぎれば……」の状態ということだろうか。

そもそも日本ではJR、私鉄、地下鉄を当たり前のように区別する発想があるが、JRも民営化したし、地下鉄も多くが地下を走っているというだけで、この区分に意味があるのだろうか。

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しかも、小田急バス、西武バス、京急バスなど、鉄道運営会社のグループ会社が経営するバス会社も数多いが、これらのバスと鉄道を乗り継いでも運賃は別々だ(一部地方都市では割引制度がある)。鉄道の出発駅、到着駅でバス利用も必要だと交通運賃はさらに高額になるのが日本の実情だ。

■日本は鉄道会社ごとに運賃を支払うため割高に…

問題の根本は、国策として交通網の社会資本をどのように位置づけるかという点にある。

例えば、高速道路などの一部の有料道路を除き、道路網は全国的に整備され、誰でも無料で利用できる。郵便はハガキや封筒などは全国一律料金であり、遠隔地・僻地などコストがかかる郵送でも都市部の近場の郵送でも一律料金だ。

これはユニバーサルサービスと言われる。社会全体で均一に維持され、誰もが等しく受益できる公共的なサービスのことだ。

この考え自体も時代とともに揺らいではいるが、鉄道などの交通網についてはこうした考えが貧弱だ。

JR各社はもともと日本国有鉄道(国鉄)であったがゆえに運賃は全国一律、通し運賃となっている(幹線・地方交通線の運賃差はあり、運賃以外の特急料金、グリーン料金等については異なる)が、私鉄を含めた運賃体系は前述のように各社が独立採算で鉄道事業を行っているため、運賃水準はバラバラで、乗り換えごとに運賃が加算されてしまう。

■海外では運賃の共通化から、無料化へ

海外に目を転じれば、運賃の共通化のみならず、無料化まで実施されている。現在、世界の100以上の都市で公共交通が無料で利用できる。そのうちおよそ30がフランスの都市であるという。なぜそのようなことが可能なのだろうか。

フランスでは、都市内の公共交通は、国の方針に基づいて各都市が方針を定め、運営している。基本となる国の方針は各種法律によって定められているが、国内交通基本法(LOTI)、交通法典(Code des transports)が重要法だ。

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国内交通基本法は1982年に制定され、現在フランスの公共交通運営理念の基軸とも言うべき、交通権の保障を明文化している。交通権とは、「利用しやすい施設・設備で、一定以上のクオリティの交通を、利用しやすい料金で誰もが享受して移動できる権利」を指す。その後、国内交通基本法の内容の多くは、2010年制定の交通法典に移行されている(交通経済研究所・石島佳代氏の論文による)。

フランスにおける運営費用に関しては都市によって多少の割合の違いはあるものの、運賃収入のほかに国・地方行政による費用負担や、都市圏内の企業から徴収される交通負担金(Versement transport/VT)が充てられるのが特徴だ。フランスの都市内交通公共料金運営支出の割合は以下の通りだ(2013年全国平均)。

■フランスで重視される「交通権」

運賃収入による収支カバー率は全国平均(2013年)で全体の17.3%にすぎないが、フランスにおいてこの収支状況は不採算とは考えられていないという。そもそも運賃収入は全体の収入の10%〜40%ほどと考えた上で運賃水準が設定され、それを念頭に置いて交通負担金の税率や国・行政の費用負担額が決められている。

「公共交通料金の財政補助状況が教育などと並列して説明されることが多かったりする現状を考えると、フランスの公共交通の運賃は、日本における医療費の患者負担分や義務教育期間中の教育費のような位置づけとなっていることが窺われる」(石島氏)という。

日本では交通権という発想がそもそも乏しいし、鉄道運営費に関しては一般的な公的財政支援もない。また、フランスの交通負担金というような制度もない。

この制度は興味深い。交通負担金制度は、都市自治体が域内の事業所(企業および公的機関・学校や病院など)に対して、従業員の給与を課税ベースとして都市公共交通の財源を課税する地方税制度である。交通負担金は事実上の法定目的税であり、定められた条件の範囲内で、自治体が自らの裁量で徴税するか否か、および税率の決定を行うことができる(南聡一郎氏の論文による)。

SDGs、持続可能性が叫ばれ、高齢者の自動車運転事故が社会問題にもなっている。そうした中で環境負荷が少なく、比較的安全な鉄道網をどう維持し、バスも含めて公共交通手段の利便性を少子高齢化が進む今日、どのように図るかは大きな政治課題だろう。

大学生の貧困も近年話題になっているが、学生と話していると就活時の交通運賃の高さを指摘する声も多い。日頃は通学定期券で通学する学生も就活であちこちに移動するときは定期券が使えず、高額な運賃負担を強いられるからだ。

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■東京の運賃は時代遅れになっている

日本の鉄道を中心とした交通政策は、民間が行う収益事業であることを基本としている。

国交省が、企業の開業や運営方針を尊重した上で、総括原価方式により独立採算の中で適正利潤を確保できように運賃認可を行う。フランスのように公共性を重視して事業体制や運営方針を決める仕組みではない。

路線拡張などにあたっては新たな鉄道会社がタケノコのように設立され、役人の天下り先になっている側面もある。東京臨海高速鉄道の代表取締役社長は元東京都収用委員会事務局長、代表取締役専務は元東京都交通局建設工務部長、ゆりかもめの代表取締役社長は元東京都港湾局技監だ。これも東京の交通運賃が高い一因と言えるだろう。

本稿では、東京の都市交通と運賃について取り上げたが、地方の交通はその維持が重要な課題になっている。特に国鉄の分割民営化で誕生したJR北海道は経営難が指摘されている。だが、JR各社がそれぞれ独立して経営を行う今日、高収益を上げるJR東海などがJR北海道を直接財政支援することは困難だ。

交通運賃政策は、都市交通利用者の負担軽減に加え、地方の公共交通の維持についても、政府が中心になってデザインし直す必要があるのではないだろうか。

例えば、全国一律に1回乗車当たり10円程度のユニバーサル料金を運賃に加えて徴収し、全国の鉄道網維持の財源にするとか、上下分離方式(線路などの施設は公有とし、それを利用して鉄道会社が運行する)などもアイデアとしてはあるが、実質的議論や動きはない。不採算路線をどうするかという議論は必要であるが、このままでは日本の近代化のなかで国民の財産として築かれてきた全国的鉄道網がなし崩し的に崩壊する。

岸田総理は「異次元の少子化対策」を表明したが、公共交通運賃政策についても既存の枠組みにとらわれない異次元の政策表明を望みたい。

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細川 幸一(ほそかわ・こういち)
日本女子大学家政学部 教授
独立行政法人国民生活センター調査室長補佐、米国ワイオミング州立大学ロースクール客員研究員等を経て、現職。一橋大学法学博士。消費者委員会委員、埼玉県消費生活審議会会長代行、東京都消費生活対策審議会委員等を歴任。立教大学法学部講師、お茶の水女子大学生活科学部講師を兼務。専門:消費者政策・消費者法・消費者教育。著書に『新版 大学生が知っておきたい生活のなかの法律』『大学生が知っておきたい消費生活と法律』(いずれも慶應義塾大学出版会)などがある。
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(日本女子大学家政学部 教授 細川 幸一)