「うつ」は「炎症」の一症状という 免疫精神医学の新しい考え方
今月の初め頃、何気なくニュースサイトをブラウズしていると、お笑いトリオのメンバーが「うつ病」にかかり、約2カ月間の休養に入る、という芸能ニュースが目に飛び込んできた。
「ああ、テレビではいつでも明るく振舞っているお笑い芸人でも、ストレスとかいろいろあるのだろうな」と思いながら記事を読むと、なんでも頚椎の椎間板ヘルニアの手術による「侵襲(しんしゅう)」で、うつ病を発症したのだという。
ここで「炎症」というキーワードがすぐに頭に浮かんだのは、『「うつ」は炎症で起きる』(草思社)という本を読んだばかりだったからだ。
一個人の病気に関することであり、ネットニュースだけでは詳しい病状や手術の内容や経過が不明なので、ここで軽々にあれこれ言うのは避けたい。しかし、英国ケンブリッジ大学精神医学科長を務めるエドワード・ブルモア医師が著した同書の中に、このケースとよく似た著者自身の経験が記されているのだ。
ブルモア医師は数年前のある日、奥歯の古い詰め物が腐り、細菌に感染した。歯医者にみせたところ、歯根の奥までドリルで穴を開ける治療を受けることになる。当日、治療中は元気だったという。ところが、すべて終わった途端、急激に気分が落ち込む。家に帰り一人になると、眠りにつくまで、延々と「死」について思いをめぐらせていたという。
翌朝、ほの暗い思いは消えており、「軽いうつ症状だった」と自己診断をする。加えて、歯医者にかかるようになり「自分ももう歳だ」と思い、死を連想するほど落ち込んだ、と、当初はうつの原因を推測した。
だがその後、ブルモア医師は別の因果関係に思い至る。治療前の彼の歯肉は炎症を起こしており、歯科医師がガリガリ削ることで、一時的に悪化。その時点で細菌が血流に広がるリスクが高まった。そして、そのことが、つまり歯肉の炎症が“直接”うつ症状の原因になったという推理だ。
ブルモア医師によると、この炎症と「うつ」との関係性は、近年、免疫精神医学と呼ばれる新しい医学領域で明らかにされてきた。20年以上にわたる疫学調査や実験の結果、ストレスなどの「心」へのダメージが、直接うつを発症させるのではなく、炎症という「体」の現象が「心の病」を引き起こす証拠(エビデンス)がいくつも見つかっているそうだ。
詳しいメカニズムは同書を参照していただきたいのだが、要は、うつは脳の炎症反応だということだ。ここで「どうもピンと来ない」という人がいるとすると、同書によれば、それは「心身二元論」にとらわれているからだ。心身二元論というのは、17世紀フランスの哲学者ルネ・デカルトが最初に提唱したもので、ざっくり言うと「心は心で、体は体」。人間には身体と精神という二つの領域があり、両者はつながっていない、とする考え方だ。
ところが近年は、デカルトの発想とは異なり、精神と身体は「つながっている」と考えた方が、科学的に納得がいくケースが増えている。
「炎症→ストレス→うつ」ではなく「ストレス→炎症→うつ」
『「うつ」は炎症で起きる』の内容に照らし合わせると、冒頭のお笑い芸人のうつ病は、手術のストレスが「心」を痛めつけた結果とは限らないことになる。手術の過程で体に炎症反応があり、それがうつの原因になった可能性もあるのだ。
