「“生まれつき勝ち組”だなんて胡座をかいていられるのは、今だけよ」

そう言って不敵な笑みを浮かべるのは、誰もが認める努力の女・佐藤直子(27歳)。

直子は地方の下流家庭出身で、猛勉強の末に東大合格。卒業後は外資系証券会社に入社し、独力でアッパー層に仲間入りした「外銀女子」である。

しかし直子の前に、“生まれながらの勝ち組”・あゆみが現れる。

東京で最後に笑うのは恵まれた女?...それとも、努力の女?




『フレンチキッチン』の階段を早足で駆け上がりながら、直子は今までに交わしたDavidとのやり取りを振り返る。

Davidが直子のクライアントであるPファンドに転職してきたのはつい最近だ。以前、彼にIR取材を仲介したことはあったが、これまであまり個人的な話をする機会は無かった。

歳は直子より3、4つ上くらいだろうか。

挨拶もなく用件だけを短く投げてくる電話やメールでのやりとりからして、外資系のファンドマネージャーによく居る“自信過剰タイプ”と直子は判断した。

―ああいう人って、”業界の重鎮”レベルじゃないとなかなか話聞いてくれないのよね…

直子のようなアナリストの成績評価には、担当銘柄の業績予想・売り買い推奨の正確さも重要だが、クライアントからのVote(人気投票のようなもの)も大きく影響する。

重要なクライアントからのVoteが多いほど、アナリストとしての社内評価、ひいては報酬も高くなるのだ。

Pファンドは取引額の大きな重要顧客だ。当然DavidからのVoteは喉から手が出るほど欲しい。

だからこそ、今日は何としてでも好印象を残し、次のミーティングにつなげる必要があった。

―大丈夫、彼の関心のあるエリアは事前調査済みよ…!

そう自分を鼓舞しつつ、直子はエントランスをくぐった。


準備万端、自信満々。しかし想定外の不意打ちが?


約束の12時ちょうど。

直子が『フレンチキッチン』のテーブルに着くと、Davidとあゆみは既に着席していた。

「Hi David! Thank you very much for…」

「ねぇナオコ聞いて、Davidは大学時代からの友達なのよ!まさか東京で再会できるなんて思わなかった!」

Davidに挨拶しようとするのを遮りあゆみがご機嫌で発した一言に、直子は思わず彼女を振り返る。

「まさか、大学が同じとか…?」

あゆみはロンドンの大学に留学しているから、そこで出会ったのだろうか。

しかし続くあゆみの言葉に、直子は自分が如何に“生まれつきの金持ち”を甘く見ていたかを思い知ることになる。

「ううん。私が大学生の頃、父がお世話になってるプライベートバンクの担当が他のクライアントの娘・息子を集めてモナコに招待してくれて。Davidとはそこで出会ったの。それから毎年みんなでクルージングに行くようになったのよね!」

あゆみはそう言って、Davidと親しげに笑みを交わす。

重要クライアントとあゆみが旧知の仲だったこと自体も驚きだが、それ以上に、彼女と自らの学生時代があまりに違うことに直子は愕然とするほか無かった。

自分が学費と家賃にあくせくし、バイトと学業の両立に必死になっていた頃、あゆみはモナコに招待されたりクルージングを楽しんだりしていた。

しかも、そうしている間に世界中の“将来有望な若者たち”とネットワークを築いていたのだ。




“恵まれた女”との、圧倒的な格差


“金持ちの娘・息子”というだけで、こんなにも与えられるチャンスが違うなんて。

悔しさで頭に血が上り、一瞬目の前が赤くぼやける。

そんな直子をヨソに、Davidとあゆみは大学時代の思い出話で盛り上がっていた。

せっかくDavidが興味を持ちそうな直近のレポートを用意してきたのに、その話を切り出すタイミングすらつかめない。

直子は胸の中にどす黒い感情が広がっていくのを感じる。

―これじゃあちっとも仕事の話にならないじゃないのよ…!

このまま引き下がって堪るか、と強引に口を開こうとしたとき、あゆみがふいに直子を振り返った。

「あらっ直子ごめんね、内輪ネタで盛り上がっちゃって。

ねぇDavid。今度私たちくらいの若手アナリストと、個別にDiscussionする時間もらえないかしら?特に直子がこの前出したレポートは切り口が面白いと社内でも話題になってるのよ」

思いがけず飛び出した、あゆみからの“援護射撃”。

不意に投げられた好意のパスに驚きながらも、すかさず持ってきたレポートを取り出す。

「こちら、宜しければ1部お持ちください。 2年前から 同じテーマで定期的にアップデートしているシリーズです。よろしければ2年間の変化も踏まえて今度ぜひ詳しくお話させてください」

懇願するような思いで、自分を売り込む。しかしその間にも、直子の胸には言いようのない敗北感が広がっていた。

自分のような“持たざるもの”は、必死で書いたレポートを見てもらう機会さえ、あゆみのような“恵まれた女”のサポートなしには得られないのか。

苦々しい思いでちらりとあゆみを伺い見ると、しかし彼女はいつも通り能天気にニコニコと笑っていた。

裕福な家庭に生まれ“アッパー層のネットワーク”も容易に与えられたあゆみと、自分との圧倒的な格差。

その越えようもない壁を前に、直子はただ唇を噛み締めるのだった。


不本意ながらも“ライバル”に助けられた直子。感謝はしている。だけどどうしても、素直に負けを認められない。


時刻は22時。

直子は昼間のモヤモヤを晴らすかのように、ジムでモーレツに腹筋と背筋を繰り返していた。

47階に位置する社員用ジムの窓には、地平線までビーズをまき散らしたような夜景が煌々と光る。

ロマンチックな眺めのはずだが、昼間の苛々のせいで、直子の心は闇に沈んだままだった。




余程の繁忙期でない限り、直子は週5日このジムに通う。

時間が無い時はランニングだけで済ませることもあるが、今日のように比較的時間にゆとりのある日は、体幹トレーニングとランニングで1時間程しっかり汗を流す。

何も運動が好きなわけでは無い。ただ直子は太りやすい体質のため、12時間以上デスクに居る生活では美しい体を維持できない。

「あ、佐藤さん、今日もえらい〜」

ちょうど30回×3セットの腹筋を終えた時、隣のストレッチエリアから馴染みのある声が投げかけられた。

出た、持田あゆみ。

―もう、ジムに居る時ぐらい忘れさせてよ…!

なんでここに居るのよ!と喚きたいくらいの気持ちだが、ここは社員用ジム。社員同士遭遇することに何の不思議もない。

「佐藤さんってここのジムの会費絶対モト取れてるよね(笑)いっつも見るもん〜」

仕方なく振り返った直子に、あゆみは涼しい顔で笑う。

そう言うあゆみ自身は週1日見かけるかどうか、というくらいだ。しかもいつものんびりストレッチをする程度で、運動らしい運動をしているところを見たことが無い。

そのくせ全身どこにもぜい肉は見当たらず、ほっそりとしたスタイルを維持しているのだから...本当に不公平だ。

―週1回のストレッチくらいで痩せるんだったら、苦労ないわよ!

思わず嫌味が口に出そうになる。

しかしそんなセリフを吐けば、ますます自分の“負け”を認めるようなもの。直子はかろうじて無言でやり過ごした。

「そういえば、Davidがレポート面白かったって言ってたよ」

「…ありがとう!おかげで、来週ミーティングセッティング出来たわ」

悔しいが、ここは素直にあゆみのおかげだと認めざるを得ない。

そもそも思い返せばDavidとのランチに誘ってくれたのも、ミーティングを設定してくれたのも、全てあゆみの厚意によるもの。

....そうなのだ。直子だって、わかっている。結局、自分が一方的にあゆみを目の敵にしているだけで、彼女自身に非は1ミリもないことくらい。

―もう無駄に張り合うのはやめて、素直に負けを認めたほうが楽かしら…。

しかし、そう思った瞬間。

あゆみの発した一言が、直子の闘志に再び火をつけた。

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お嬢様が外銀で働き続ける“心外な”理由とは。恵まれた女に、庶民の勝ち目はあるのか?