学校プール縮小に「水泳は命を守る授業」元代表の投稿に反響。親の共感、現場の苦悩…萩原智子「水の教育は転換点」
シドニー五輪競泳の日本代表をつとめた萩原智子さんは、全国で廃止や縮小、民間への移行の動きが広がるプールの授業について「命を守る授業を途絶えさせないでほしい」とSNSに投稿し、大きな反響を呼びました。保護者から共感を呼んだいっぽうで、学校現場からは苦しい実態も明かされたそう。萩原さんは「水の教育は転換点」と語ります。
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「水泳は命を守る授業」投稿に寄せられた反響
── 公立の小中学校の水泳の授業が縮小や廃止となったり、民間に委託されたりするなど差が広がっている動きに対して、「水泳は命を守る授業で、形が変わっても大切な学びは失ってほしくない」とSNSに投稿しました。反響はいかがでしたか。
萩原さん:水泳の授業は、単に泳ぎが上手になるためのものだけではなく、水と向き合い、自分の命を守る力を学ぶ授業だということを伝えたくて投稿しました。知り合いからは直接、連絡がありましたし、教職員や保護者の方からは共感のメッセージをいただきました。いっぽうで、学校現場の方からは、水泳の授業の負担やプールの維持の問題で、なかなか授業を継続するのは難しいというご意見もいただきました。
── 義務教育の期間ですが、自治体や学校によって対応が変わってきているそうですね。
萩原さん:考え方や環境の違い、予算の問題もありますし、水泳の授業を民間に委託する場合も、地域によって状況は違っています。学校のプールの老朽化や維持・管理、子どもたちの安全管理や猛暑への対応など、総合的に踏まえ、既にさまざまな選択をしたり、また決断を迫られたりしている地域もあると思います。
水泳の授業を学校で行っている場合は、現場の教職員のみなさんがすべてを背負っているケースもあり、掃除から始まり、準備や監視、指導も含め全部行うというのは、かなり負担が大きい授業であるという声も聞かれます。
民間に移行の動きも「予算の問題と地域差」
── スポーツシンクタンクの笹川スポーツ財団が2024年に実施した調査によると、1140の自治体のうち、およそ2割が民間事業者にプールの授業を委託しているそうです。
萩原さん:スイミングスクールなどへの外部委託によって、子どもたちが天候に左右されず、専門的な指導を受けられ、教員の負担を軽減していくことのメリットは大きいと感じています。そのいっぽうで、プールが遠く、移動だけで時間が取られてしまい、水に入っているのは20分なんて話も…。他の授業に影響が及んでしまったというケースも耳にします。私は各地のお話を聞いて勉強になると感じることが多いのですが、チケットや回数券を配布して、民間のスイミングスクールに子どもが通えるようにしている地域もあるそうです。
また、外部指導者が水泳の授業を実施している動きもありますが、その場合の謝礼についても、予算との兼ね合いが出ています。
── 学校のプールの老朽化で、利用できないケースも多いと聞きます。
萩原さん:近くに、公共の施設があるかというのは、地域によって差があります。使用できるプールを近隣校と共有する「プールシェア」の動きもあり、対応はさまざまです。地域差を考慮したうえで、実態にあった環境を整えていかなくてはならなくなってきています。
── 夏の暑さの影響で、屋外で水泳の授業が実施できないことも大きなニュースになりました。
萩原さん:学校の水泳の授業を存続させることの難しさは、気候の変化もそうですし、現場の教職員の働き方改革や子どもたちの安全面、施設、予算などを総合的に配慮する必要があるからだと感じます。現場にすべてを投げるのではなく、どうやって水の教育を残していくか、いろんな意見を聞きながら変えていく時期に来ていると思います。元水泳選手の立場としては、水の教育を途絶えさせずにどう子どもたちの命を守っていくかという根本的なところは大事に考えていきたいです。
水難事故は年間1500件「水の怖さ」知って
── 水辺のレジャーを楽しむ方が多い季節ですし、来月からは夏休みも始まります。そのいっぽうで、毎年水の事故があとを絶ちません。
萩原さん:すごく悲しいですし、どうして起きてしまったのだろうといつも考えています。水難事故は、海や川、プール以外でも、水が数センチあったら起きる怖いものです。2024年の警視庁の統計では、水難事故は年間約1500件も起きていて、死者や行方不明者の数は約800人。水は楽しい反面、怖さがあるということをきちんと知っておかなければならないと思っています。
── 萩原さん自身は、「海で溺れかけたこと」をきっかけに水泳を始めたそうですね。
萩原さん:そうなんです。まだ泳げなかった小学2年生の夏休みに、父と一緒に海でゴムボートから飛び込んで、バシャバシャはしゃいで遊んでいました。ふとした瞬間に、足がつかなくなり溺れそうになったことがあったんです。「なんですぐ助けてくれなかったの」と父に言うと、父は笑って「智子が一生懸命泳いでると思ったから」と。その言葉を聞いて、恐怖よりも、負けず嫌いに火がついて、「お父さんをびっくりさせるくらい、うまく泳げるようになってやる」と思ったんです。それで、夏休み明けからスイミングスクールに通い始めました。ただ当時を思い返すと、父がその場で一緒にいてくれて良かったと心から思います。
── そこからオリンピック選手に!お父さんが「溺れた」と慌てていなかったのがよかったのかもしれませんね。萩原さんは息子さんがいらっしゃって水泳を習っているそうですが、小さいうちからどんなことを学んでおくべきだと思いますか。
萩原さん:やはり幼少期に「水に入ると冷たい」「水に入ると重たくなる」「潜ると息が苦しくなる」など、水中で経験する時間を、大事にしてほしいと思います。水の事故は服を着た状態で起きることも多いので、着衣水泳はすごく大切だと思っています。
── 私自身は着衣水泳の授業が学校であったのですが、今はどうなっているのでしょう。
萩原さん:着衣水泳は義務化されていません。学習指導要領には「各学校の実態に応じて取り扱うこと」と記載されており、各学校に実施の判断はゆだねられています。息子が通う小学校では6年生が夏休み前のプールで着衣水泳をするそうです。
以前、日本水泳連盟が各地で着衣水泳の普及をしていた際、現場へ行くことがありました。オリンピック選手であっても服を着ていると重くなり、体がいうことを聞きません。靴をはいていたらなおさらです。着衣するとスムーズに泳げないオリンピック選手の姿を見て子どもたちは驚いた顔をしていました。想像以上に体は重くなるので、焦ってバシャバシャともがいたり、泳いだりするのではなく、浮いて助けを待つというスキルも学んでおくべきだと思っています。着衣水泳を実施する場合も、安全には気を付けなければなりません。大人数で一度にはできないので人数を分けることや、十分な監視体制も大切になってくると思います。
形が変わっても「水への学び」途切れさせないために
── 家庭で子どもに教えておくべきことはありますか。
萩原さん:ご家庭で、水辺のルールや危険について普段から話をしておいてほしいと思います。アクアキッズセーフティープロジェクトさんの「サンダルバイバイ」という言葉がとても覚えやすいです。「もし川や海でサンダルが流されても追いかけずにバイバイしてほしい」と、ご家庭で子どもたちに伝えてほしいです。
子どもは「気に入っている」「なくしたら怒られる」と思って、サンダルやおもちゃ、ボールが流れてしまったら取りに行こうとするので、事前に声かけをしているだけで違うと思います。また、水辺で過ごす際は、セーフキッズジャパンさんが普及している「ライフジャケットの正しい着用方法」の存在も忘れてはいけません。夏が始まる前や夏休み中には、地域で着衣水泳やライフジャケット着用体験をしているイベントもあるので、ぜひ参加してほしいです。
── SNSでも投稿されていましたが、水泳の授業の形態が変わりゆく今、改めて皆さんに伝えたいことをお願いいたします。
萩原さん:水は、すごく楽しいものです。でも、そうではない側面もあります。日本では戦後、水難事故から子どもたち達の命を守る必要性が高まり、学校プールの整備が進められてきました。背景には1955年の紫雲丸事故などによる安全教育への関心の高まりや高度経済成長期の学校施設整備、1964年の東京オリンピックを契機としたスポーツ振興の流れもあったとされています。私は、こうした歴史を振り返り、学校のプール授業には競技力向上だけではなく、「命を守る教育」という役割があるとあらためて感じています。
形は変わったとしても、子どもたちの水への学びを途切れさせないためにどうしていくべきか考える時期に来ていると思います。
取材・文:内橋明日香 写真:萩原智子

