かつて日本に入るも1度撤退! いま世界で絶好調の韓国「ヒョンデ」の「ヒュンダイ」時代ってどんなクルマだった?

この記事をまとめると
■ヒュンダイは2001年に日本に進出するも2010年に撤退
■TBやクーペなど多彩な車種を展開していた
■2022年にヒョンデとして再参入した際はEVブランド化で大きく変貌した
ヒュンダイ時代を見ればヒョンデの変貌がわかる
日本語読みでヒョンデと呼ばれる現代自動車は韓国で1967年に設立された自動車メーカーだ。1975年には韓国初の国産車として「ポニー」を発売。なんとデザイナーはかのジウジアーロであり、エンジンは三菱自動車製であった。

日本市場に進出したのは2001年。ヒュンダイモータージャパンが設立された。余談だが、我々モータージャーナリストとの接点となる広報に、幼なじみである元いすゞ自動車広報の友人がいたのを思い出す。ヒュンダイは日本でも大きく盛り上がった2002年の日韓主催FIFAワールドカップのオフィシャルパートナーでもあり、日本での販売にも期待がもてたはずだったのだが……。
しかしながら、販売不振で2010年に日本市場から撤退。日本で売られた車両のアフターサービスと商用バスのみの販売となったのである。
それから10年、2020年にはヒュンダイの呼び方を世界全体で「ヒョンデ」に統一する。そして2022年には日本市場へ再参入。すでに世界で評価を得ているEV専用プラットフォームを用いた5ドアハッチバックのアイオニック5とFCV(水素自動車)のネッソをオンライン販売のみ再開した。

今ではBEVのインスター、コナ、アイオニック5、そのハイパフォーマンス版のアイオニック5 N、新型水素電気自動車のネッソをラインアップし、デザインにもこだわったEVで勝負しているヒョンデだが、ヒュンダイ時代に日本で売られていたクルマを覚えているだろうか。じつは、かなり多彩なラインアップだったのである。
多彩なボディタイプとバリエーション
まずは2001年1月に導入された、ヒュンダイのベーシックコンパクトカーの「TB」だ。Think Basicの頭文字が車名の、欧州でも販売された世界戦略車だ。エンジンは1.4リッターSOHC直列4気筒で82〜85馬力を発揮。日本車さながらの車内の収納の豊富さ、後席を倒したときの977リットルものラゲッジスペース容量も自慢だった。

同時にミドルサルーンの「エラントラ」も発売。全幅が1725mmと3ナンバー登録にはなるものの、それ以外はトヨタの5ナンバーセダン、プレミオ/アリオンと同等のサイズをもっていた。そのプレミオ/アリオンに影響を受けたのか、後席にはダブルフォールディング式を採用し、セダンタイプでありながらトランクルームの拡大を可能にしていた。エンジンは1.8リッターと2リッターを用意。サスペンションは欧州仕様のものを日本仕様専用にチューニングされたものだった。インテリアの作りこみはなかなかだったと記憶している。

2002年に登場したのが、リーズナブルな価格のスポーティクーペの「ヒュンダイクーペ」である。ミドルクラスのスペシャルティカーで、2.7リッターV6、175馬力のエンジンを搭載。ミッションは4速ATと6速MTが用意されていた。エクステリアデザインはどこかで見たことがあるようなプロポーションだが、サイドに切り込まれたガーニッシュや大型リヤスポイラー、アウタースライド式のガラスサンルーフなどが特徴であった。当時の価格は4速AT/6速MTモデルともに210万円を切る設定だった。

2004年にはついにSUVが登場。その名も「JM」だ。韓国・日本はもちろん、北米や欧州でも「ツーソン」という車名で販売され、北米ではかなりの人気を博した。日本仕様には2リッターディーゼルはなく、2リッター直4と2.7リッター V6+4速ATのガソリンモデルのみを輸入。駆動方式は前輪駆動と電子制御トルクオンデマンド式の四輪駆動が揃う。その走りは高回転を好んで使えるエンジンではなく、中低速重視。乗り心地はソフトながら、荒れた路面での安定感や落ち着きはいまひとつだった。

こうしてヒョンデ、いや、日本でのヒュンダイ時代の第1期、つまり2010年までのラインアップを見ると、デザインをはじめ、現在のBEVのみで構成される最新のヒョンデ車の面影はなし。日本に再上陸した2022年までの12年間にハイスピードで進化したことがわかる。なにしろ2022年には、あくまでグループの世界販売台数だが、トヨタ、フォルクスワーゲンに次ぐ世界3位につけたほどである。



