阿部慎之助「復帰署名12万筆」の滑稽さ。男たちの“浅はかな同情”に覚える強烈な絶望とは
きっかけは、阿部氏の会見です。断腸の思いで監督を辞するという男泣きに多くの同情が集まったからです。
◆著名人からもあがった“擁護の声”
落語家の立川志らく氏は、「ただの親子げんかじゃねえかよ」とコメントし、阿部氏は巨人の監督を辞めるべきではないと訴えました。
こちらも、阿部氏の逮捕と監督辞任が不当であるとのメッセージを発していました。
しかし、AIの誤作動と阿部氏による“暴行”の有無は、別の問題であるはずです。そこを混同しているところに、一抹の不安を覚えます。
ネット上の意見も同様です。“阿部氏は父親として指導しただけではないか”とか、“しつけの一環としての体罰なら昔からある”などの意見に共感する人たちが、「阿部氏の監督辞任は過剰な対応だった」という点で一致しています。
こうした擁護の声が後押しして署名運動が立ち上がったのです。
◆署名運動で盛り上がる男たちの浅はかさ
しかしながら、阿部氏を取り巻く状況は厳しいと言わざるを得ません。読売新聞は社説のスペースをフルに使って、阿部氏の行いは許されざるものであり、スポーツ界から暴力を根絶しなければならないと主張。
巨人軍の山口寿一オーナーも、「辞めてもらったので、いまは何もないですね」と、阿部氏との“絶縁”を宣言していました。
さらに『週刊文春』によると、阿部氏はかねてより家庭内で妻を引きずり回すなどの家庭内暴力を起こしていたといいます。
こうした背景を踏まえると、署名運動で盛り上がる男たちの浅はかさが浮き彫りになります。なぜなら、彼らが根拠としているものは、阿部氏の主張するストーリーだけだからです。長女の早とちりによって不当に職を奪われた寛大な父親を支援しなければ、という拙速な判断からくる感情ですね。
けれども、よく考えて下さい。もしも読売グループならびに巨人軍が、阿部氏の主張と同程度の情報しか持っていなかったとしたら、この実質的には監督解任という極めて重大な決断を下せたでしょうか? 読売新聞の厳しい社説、そして山口オーナーの辛辣な発言からは、表に出てきているもの以上の情報が集まっていると考えるのが自然でしょう。
つまり、公に報じられているものは、阿部氏の尊厳に配慮してかなりオブラートに包まれているというわけです。
◆阿部氏に同情すべき点は1ミリもない
立川志らく氏や山崎貴氏、そして署名運動に熱を上げた人たちは、このオブラートに包まれているために苦みを感じないからこそ、阿部氏を応援したいというファイティングポーズを取れているだけなのです。
しかしながら、その後の辞任に至るまでのスピード感を見れば、どう考えても阿部氏に勝ち目はないと考えるのが、本来の意味での大人の常識でしょう。阿部氏は自ら責任を取って辞任したのではなく、外堀を埋められ責任を取らされて辞任させられたのです。
もちろん、そこに至る経緯については詳細には報じられません。けれども、言外の意味、文脈を読み取る力が少しでもあれば、今回の件で阿部氏に同情すべき点など1ミリもないことはわかるはずです。
阿部氏を擁護することの是非を問うているのではありません。この署名運動の滑稽さは、大人たちが大局観を失った荒野を映し出している。
そこに絶望するのです。
<文/石黒隆之>
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4

