『ただ君に幸あらんことを』が話題のお笑い芸人・ニシダ

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 お笑いコンビ・ラランドのニシダ氏が「家族」をテーマとした新刊小説『ただ君に幸あらんことを』(KADOKAWA)を刊行した。

【画像】ニシダ撮り下ろしカット

表題作では、過度に教育熱心ないわゆる「毒親」の母を持つ兄妹の物語が描かれる。大学受験期に母からひどい扱いを受けた「僕」は、現在は6歳年下の妹が同じ苦しみを受けていることに心を痛める。そこで一人暮らしの自宅に妹を避難させ、母との間に入って守ろうとするものの、彼自身も過去の傷がうずき出し――。

そんないびつな家族の物語を描いた背景について、ニシダ氏にじっくり話を聞いた。

◾️実体験をヒントにした「学歴と家族」をテーマに

――今回、家族をテーマにしたのはなぜでしょうか。

ニシダ:この小説は実話ではないんですが、自分が経験して思っていたことが出発点にあります。自分も小説と同じように年の離れた妹がいるんです。そこに父と母がいるという家族構成も同じです。妹はかわいいし好きなんですが、この小説ほどに兄妹で頼り合うような関係性ではないですね。そこは極端に描きました。

――ニシダさんはご両親とあまり仲がよくないことが知られていますが、その経験も投影されていますか。

ニシダ:もちろん多少ありますね。昔から父も母も教育熱心で、勉強をしないといけないというプレッシャーを感じていました。ただ自分の大学受験は主人公の状況とはちょっと違って。僕は1浪して上智大学に入って、両親としては満足しているような雰囲気でした。でもその後、退学することになったので、すべてが台無しになったんですが(笑)。

――大学は2回退学されたそうですが、なぜそうなったんでしょうか。

ニシダ:僕の場合、1浪して大学に入学して、3年通って1回退学して、1年後に再入学して2年通って、2回目の退学をしました。つまり、浪人を含めると7年もかけて、高卒になったという状況です。

 学部は外国語学部だったんですが、厳しい学科で必修単位を2年連続で落とすと退学になるルールがあったんです。自分はロシアやドイツの近現代史など世界史系の授業は好きで出てたんですが、面白くない授業はサボってたんですよね。

――退学したとき、ご両親とはどんなやりとりがありましたか。

ニシダ:急に大学から退学通知が家に届いたんです。「緊急」と記された真っ赤な封筒で、まるで赤紙でした。僕はもちろんあらかじめわかっていました。でも普段からそんなに両親とコミュニケーションを取るタイプじゃなくて。だから何も話さずに、赤紙の日を迎えてしまいました。

 これはどうしたもんかなと思って。そこで2日家に帰らずに「こいつ自殺するんじゃないか」という雰囲気を出すことによって、心配が勝った状態で迎えられようと思ったんですよ。それで2日ぶりに家に帰ったんですけど、親は全然新鮮に怒っていました。「退学とはどういうことだ!」と。

 うちの大学には再入学制度があって、語学の試験、面接、小論文などでもう一度入学できるようでした。当時はもうお笑いサークルで相方と活動していたんですけど、それと平行して1年間準備をして、無事再入学することができました。

――しかしもう一度、退学してしまうと。

ニシダ:再入学をした初日にガイダンスがあったんですけど、まあいいだろうと思って行かなかったんですよね。「一回入学してるから知ってるし」と思って。後輩がまだ大学に通っていたので「戻ってきたぜ」なんて言って、飲みに行っていました。

 うちの大学は入学して2年で取らないといけない単位数が決められていました。でも、一度目の在学時の単位の持ち越しができていたので、自分は大丈夫だと思ってたんですよ。むしろ卒業する単位には余裕があるなと。でも、あとから気付いたんですけど、その持ち越しの単位は適用範囲外だったんです。それは実は初日のガイダンスの日に話していたみたいでした。

 それで「やべえ、退学になる!」と思って。また親には黙ってヘラヘラしてたんですけど、結局、2通目の赤紙の日を迎えました。当時「M-1グランプリ2019」の敗者復活戦や20年年始の「おもしろ荘」など、テレビに出させてもらうことが出てきた時期でした。親にはお笑いをやっていることは話していなかったんですけど、妹から聞いたのか、どうやら知っていたようでした。そんなタイミングに赤紙が届いて、しかも親はお笑いをやるということに対しても理解がなくて、「お前は出禁だ!」と言われたんです。

――実家を出禁になってしまったと...。お話を聞いていると、今回の小説と通ずるところが多いように思います。本作はどのように着想が生まれましたか。

ニシダ:最初は兄妹で家庭内順位が変動するということを書きたかったんです。つまり、主人公は高校や大学はいい学校に行ってなかったんですけど、就活がうまくいって一流企業に入ったために、母親からの評価はいきなり上がりました。

 一方、妹はちゃんとした私立の中高に行ったのに、大学受験がどうやらうまくいかなそうである。そこで親が学歴に対して抱く思いは、僕自身が実体験として知っているところもありました。

◾️ヒリヒリとした会話シーンは「書くのが楽しかったりもするんです」

――作中で母親は学歴主義が強く、特に新年会で親戚が集まった時に暴走します。親戚の子と学歴を比べるような会話は、非常にリアルな嫌な感じが出ていました。

ニシダ:そういう嫌なシーンを書くのが楽しかったりもするんですよね(笑)。うちの両親の実家は広島と山口にあるんですが、帰省したときによく親戚の話を聞いていました。「誰々が地元の有名な大学に受かった」などと話していて。でも東京の大学は有名な学校しか知られていなくて、上智のことも知らなかったですね。学習院に受かった親戚は「皇族が通う大学として有名だからすごい」と言われてましたけど。そういう親戚と集まったときの雰囲気は、自分自身が近いものを知っていました。

――そういうヒリヒリするようなシーンは書いていて楽しいものなんですか。

ニシダ:嫌なことを積んでいくところが楽しいんですよね。自分で状況を設定して、母親や主人公はこういうことを言うだろうと考える。それに対して、周りのリアクションはどうなるだろうかと。それを組み立てていくのは楽しかったんですけど、母親が妹に対してブチギレてからの後半は、書くのが結構しんどかったです。

――自分が傷つくような感じがするからでしょうか。

ニシダ:それもありますけど、小説を書くときは主人公の目線で起こったことを見ていくんです。主人公を辛い状況にどんどん誘導していくようなこともある。そこでは「どのように感じるんだろう」と考えます。自分自身の経験にも照らし合わせて「俺もきつかったもんな」などと悩みながら書きました。

 例えば、主人公が妹を受験に送り出す日に、社会人になって初めて買った腕時計をお守り代わりに持たせます。最初は妹がそれを受け取るようにしていたんですけど、もう一回読み直してみて、やっぱり受け取らないほうがいいなと思ったんです。妹にとっては、主人公よりも母親に対して信頼があるという差があったほうがいいなと。ただ、受け取らないとなると、主人公はきついだろうなと思ったりして。

――小説には衝撃的なラストがありました。その展開はニシダさんの人生ともどこか交差するところがあるようにも思いました。

ニシダ:小説を書く前にプロットを立てていて、最終的にこうなるだろうというのは何となく決めていました。書いている途中にその通りにはならないかもと思ったりもしましたが、試行錯誤をした結果、最終的には最初の形に戻りました。

 主人公にとって、妹が母親を慕っているのに、兄貴の自分はそこまで慕われていないという状況がある。そこで、母親に昔されたことを思い出します。そうすると、今まで母親の影響下で作り上げてきたものを、自分の中から排除しようという気持ちになるんじゃないかなと思って。その歴史と決別することになるんです。それは妹に対しても、よい影響を与えるんじゃないかなと思いました。

――最後にニシダさんにとって家族とはどういうものでしょうか。

ニシダ:自分の場合は退学や出禁の話をした通り、不仲でした。もっと遡っても、あまり価値観が合わないなと思っていました。もしクラスメイトだったとしても、友達になっていないだろうなというか。たまたまエレベーターで乗り合わせた人、という感覚にちょっと近いですね。

 たまたま4人がそこに揃っていて、その中で愛着が生まれることもあれば、憎悪が生まれることもある。そういう意味では、家族に対してワンチーム感は持っていないんですよ。家族で仲がいい人はワンチーム感があるじゃないですか。それに比べると、その結びつきが弱いわけじゃないですけど、少し疑問を持っている気がします。でも長い時間をともに過ごすと、諦めみたいなところも出てきて、なんとなく一緒にいたりもする。そういうあり方があってもいいんだろうなと思っています。

(取材・文=篠原諄也)