中途半端な美人の悲喜。20代後半で市場価値の落ちた港区女子が、年収2,000万の夫と結婚できた理由
港区女子。
それは港区に夜な夜な集う、得体の知れない女性たち。
煌びやかで豪勢な生活を送る彼女たちだが、いつか“強制的に”この街を卒業する時がやってくる。
果たして、その後の人生は、幸せなのだろうか?
甘い蜜を存分に吸った、港区女子の末路とは・・・?
前回は、「誰でもいいから結婚したい」と嘆く港区女子を紹介した。今回登場するのは?

「聡子、今日のパーティーは誰の主催なの?」
「“あの”高木さんだよ!最近彼女と別れたらしくて...優子、チャンスじゃない?」
いま思えば、高木は港区界隈の有名人で、 “港区女子を製造する男”だった。彼との出会いによって、私の港区女子人生は始まったのだ。
彼は若くて綺麗な子が好きで、気に入った子を徹底的に甘やかすことで有名だった。そして一度彼からの寵愛を受けると、女性たちは皆勘違いをする。
-私って、特別なんだ、と。
「優子ちゃんは、どこ出身で何をやっている子なの?」
「私は茨城出身です!モデルをしています」
ご多聞に漏れず、彼に気に入られた私はすぐに“勘違い組”に入った。
どこへ行ってもチヤホヤされ、高木が可愛がっている女というだけで、男たちは媚び諂う。
当時私は23歳だったが、高木のお抱え運転手付きの車で移動する生活。他の女子たちは大物のお眼鏡にかなわなくて、選ばれなくて可哀想とさえ思っていた。
しかし、そんな特別な日々はいつまでも続かない。
淡い夢物語は、しょせん夢でしかないのだ。
現実は、厳しい。30歳が近づいてくると、他人の力ではなく自分で次のステージを見据えない限り、ただただ没落していくだけなのだ。
30歳前に優子が悟った、港区女子の成功パターンとは?
港区女子の卒業後の人生?〜優子〜
「ごめん、優子。一番好きな女と結婚するから、別れてほしい」
高木からそう告げられたのは、25歳の時。高木は他の女と結婚した。
彼に持て囃された期間は、わずか2年。私は、決定的に勘違いをしていた。
彼の中で私が一番になったことは一度もない。
少し身長が高いだけで、本当に売れているモデルや芸能人ほどのスタイルではないし、一般的にはそこそこ美人かもしれないが、港区の中でトップクラスに入れるほどの美貌を持っている訳でもない。
それに出身も茨城の中流家庭で、自分をどうにか変えようと言うほどのコンプレックスがある訳でもなかった。
全てが、中途半端だったのだ。
「な、なんでよ・・・私は遊びだったってこと?責任取ってよ!!」
「最初から分かっていたことでしょ?その代わりと言っては何だけど、自立の手助けはするから」
この時に、私は思い知った。
一番になれた女の特権である“結婚”。法に守られたその制度に入らないと何も保証がない、ということを。
最後の情けで彼のコネを使い、私は結局、音楽関連会社へ就職した。東証一部上場の、誰もが知っている優良企業である。
普通ならば四大卒でもなく、ただ地方の短大出身である私のような学歴の人は入れない。
だが港区女子のネットワーク力は、時に学歴すら凌駕する。けれど、ここでも私の中途半端さが露呈した。

周囲の人たちは当然の如く、不審に思っていた。“どうしてこんな子がこの会社にいるのだろうか”、と。
「優子さんって、大学はどちらですか?誰のツテで入ったんですか? 」
社内ではまるで不審者のように見られ、嫌がらせを受ける日々。
「これだから学のない人は困るわよね。こんなことも分からないなんて」
お局さんから、幾度となく嫌味を言われ、クライアントとの会話にも入れぬことも多々あった。どんなに頑張っても、報われない仕事もあった。
何度も、高木に大切にされていた時代に戻りたいと思った。
給料日の度に銀行の通帳記入を行い、少なすぎる額に嘆き、過去に散財した自分を悔いた。
でも、頑張るしか道はない。
私は辞めなかった。
ここで辞めたら、私の人生、本当に中途半端に終わってしまう気がしたから。人生で一度くらい、何かに夢中になって、一番になりたかった。
目に見えぬ何かに、勝ちたかった。
「すみません、やり直します。もう一度、チャンスを頂けませんか?」
悔し涙を流しながらも、私は高木がくれた最後のプレゼントである“仕事”に食らいついた。
私にもプライドがあったから。そしてそれがいつしか、私の、唯一のアイデンティティーとなった。
そんな時に食事会で出会ったのが、今の夫であるタカシだ。彼に出会った時、私は悟ったのだ。
港区女子は、どういった人たちと結婚するのか?
港区女子の最高な勝ち組パターンとは?
「タカシさんは、お医者様なんですか?」
「まぁね。とは言え開業医でもないし、ただの勤務医だけど」
頭のなかで、ざっと目の前に座るタカシのスペックを値踏みする。
-39歳・勤務医。内科。少し頭皮が気になるものの、家柄は良さそうだし、次男だから家に入る必要もない・・
正直顔が良い訳でもないし、以前付き合っていた人たちほどのずば抜けた年収やステータス、知名度がある訳でもない。
しかし私の中で何かが疼いた。“今この人が、私の中でのベスト案件だ”と。
友人にタカシの写真を見せると、皆言葉に詰まる。そして言うことは一緒だった。
「や、優しそうで、いい人そうだね」
上を見ればきりがない。でも私に、他の選択肢は残されていなかった。
港区女子を卒業した後の最高のパターンは、恰好のいいリッチな経営者と結婚することだと思っている人もいるかもしれない。
でも、それは違う。
最高の勝ち組は、年収1,500万〜3,000万くらいで手堅く稼いでいる人の妻になることなのだ。

「おかえりなさい!今日も、お仕事お疲れさま」
現在、私は旦那の病院が近い芝浦にあるタワーマンションの25階に住んでいる。
港区で出会った男性陣は、皆経済的にはずば抜けていたものの、常に他の女の影がチラついていた。
時間の融通が利く分、普段何をしているのか全く分からない。“出張”と言って女性と遊ぶこともできるし、経済力がある分、他の誰かに貢ぐこともできる。
だがタカシに関して言うと、そんな心配は皆無だった。
仕事が終われば真っ直ぐ家に帰り、家でゲームをするか、一人で漫画を読んでいるのが至福の時。
夫婦の会話は年々減る一方だが、年に二回のハワイ旅行に、年に一度は高級ブランドの鞄をプレゼントしてくれる、適度に余裕のある家計。
「今日のお仕事はどうだった?」
「うん、まぁいつもと変わらずだよ」
いつもと変わらぬ会話、夫婦の間に静かに流れる空気。
ソファーにどしっと座る夫の背中越しに見える東京の夜景。左手の薬指にはまった指輪を見ながら、私は自分に言い聞かせるように呟く。
「結婚できて良かった・・・」
たまに、苦しい時もあったけれど夢のようだった、港区で過ごした時間を思い出すことがある。
すごく昔のように感じるが、また今日も誰かが港区の扉を叩き、そして甘い蜜を吸っているのかと思うと何だか不思議な気持ちになる。
そしてそんな彼女たちに言いたくなる。
一刻も早く自立して、自分の価値を見極めてね、と。
自分自身が、若さでも外見でも勝負できなくなった時。多少理想を下げ、客観性を持っている女が幸せを掴むのだ。
「そう言えば来週学会なんだよね。それ終わったら、箱根にゆっくり温泉でも浸かりに行くか?」
タカシの誘いに、私は大きな笑顔で頷いた。
高木が見せてくれた眩しくて毎日おとぎ話のような世界とは、ほど遠いこの現実。
でも、私にとっては今のこの世界が特別なのだ。
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やたらとヨガ講師に転身する、行き場のない港区女子たち

