(左から)MF宇佐美貴史、MF久保建英【写真:Getty Images&Yukihito Taguchi】

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【インタビュー?】10代で加入した強豪バイエルン時代を回想 「そこで見られる景色のレベルは相当なものだった」

 ガンバ大阪にあの男が帰ってきた。

 6月24日、ドイツ1部アウクスブルクからFW宇佐美貴史が完全移籍で加入すると発表された。そして7月20日、アウェーで行われたJ1リーグ第20節の名古屋グランパス戦(2-2)で3年ぶりにG大阪のユニフォームを着て試合に出場。1-2で迎えた後半アディショナルタイム1分に劇的な同点ゴールを決めて、いきなり“救世主”となった。

 ドイツでの戦いを終えたばかりの宇佐美は今、どんな思いを抱いて再びJリーグのピッチに立つのか。古巣帰還が発表されて間もない頃、大阪府吹田市の万博練習場で汗を流す宇佐美を直撃。全4回で宇佐美が思い描く現在、過去、未来をお届けする。

 第3回となる今回は「10代選手のビッグクラブ移籍」について――。宇佐美がJリーグ復帰を果たした同日(現地時間)、アメリカ・ヒューストンで行われたインターナショナル・チャンピオンズカップ(ICC)で、レアル・マドリードでの“デビュー”を飾った日本代表MF久保建英についても口を開いた。

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「今、誰かに『どうやった?』と聞かれたとしても、どんなことでも全面的に話せる」

 宇佐美がそうはっきり話すのは、19歳で挑戦したバイエルン・ミュンヘン時代のこと。2011年夏、まだ10代だった「天才少年」がドイツ“絶対王者”の一員になったことは日本中で話題になった。G大阪の下部組織で育ち、16歳でトップチームに昇格。17歳でデビューし、2年後には世界へ――。今でこそ、18歳の久保がFC東京からレアルへ移籍し、世界を騒がせているが、宇佐美は「10代でビッグクラブ」の“第一人者”とも言える存在だろう。

「23、24、25歳になったら(ビッグクラブ移籍を)決断できひんねんやろうな、とは思った。『今やからできる』と、その時ですら思っていた。チャンスもないと思ったし、結果、決断として失敗になったとしても、自分が長くサッカーをするなかで、その1年を10代で経験できる人はそんなにいないと思ったし、そこで見られる景色のレベルは相当なものやと思った。実際、相当なものがあった。成功を求めて行ったけど、(失敗したとしても良いと思って)すべて込み込みやった」

 恐れずに、チャレンジすることを決めた19歳の宇佐美。踏み切れたのは、ただ「行きたかった」「挑戦したかった」という思いからだけではない。もちろん自信はあったが、そこには“勘違い”もあったから決断することができたのだという。

「若い時は、本気の“勘違い”をできる強さがある。振舞いで間違うこともあるけど、本気で『俺ってすごい』って勘違いできることは強いから。過度の自信ぐらいでいいと思ったし、その自信が崩れた時に知れることもある」

18歳でレアルへ移籍した久保について言及 「Bチームに行くことを選択できるのは…」

 実際、現実は厳しかった。“あの”バイエルン。出場機会に恵まれず、1年間でトップチーム出場は3試合無得点に終わった。当時は、もうミュンヘンの街が嫌いになりそうなくらい精神的にも肉体的にもダメージを受け、外へ気晴らしに行くことすらできなかった。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝のチェルシー戦(1-1/PK3-4)では、日本人で初めてCL決勝のベンチ入りを果たしたが、強豪への挑戦はわずか1年で終わり、翌2012-13シーズンからはホッフェンハイムへ期限付き移籍。ドイツ2年目は20試合2得点、世界とのギャップを知った。

「(バイエルンではアリエン・)ロッベンとか(フランク・)リベリーとポジション争いすると思っていたから。できると思っていた。でも、テレビで見るのと実際練習するのは全然違う。練習でやってみないと分からない壁の高さがある。井の中の蛙であることを自覚するから。そこからする努力のほうがいい努力の仕方ができるし、いい歩み方もできると思う」

 挑戦し、挫折した。13年夏に当時J2のG大阪へ復帰。失意の帰国だったが、全く後悔はしていない。宇佐美が最初にドイツへ渡ってから8年。今では10代で海外へ行く選手も増えた。日本代表の主力として活躍するMF南野拓実(ザルツブルク)も、MF堂安律(フローニンゲン)も19歳で海を渡った。

 そして、今夏には6月のコパ・アメリカ(南米選手権)に出場したMF久保建英がレアルへ、MF安部裕葵が鹿島アントラーズからバルセロナへ移籍。特に久保は今季、Bチームにあたるカスティージャでプレーすると発表されているが、現在はトップチームに同行し、ICCでも好プレーを連発して評価を高めている。奇しくも、宇佐美が在籍したバイエルン戦で“デビュー”した18歳。宇佐美は久保とは「関わりはない」としながらも、自身の経験を交えて印象を語った。

「セカンド(チーム)よな? その『セカンドで行く』ということを選択できる、しっかりと(自分の)足もとを見られている感。他のリーガのトップチーム、ブンデス、セリエA、オランダとか(選択肢に)あったやろうけど、代表に入って注目されているなかで、Bチームに行くということを選択できる堅実さ。俺も(バイエルンからオファーが届いた)19歳の時、バルサBからオファーがあったから。その時、『ん〜……。Bチームか〜』と思っていた。Jリーグでデビューしてたら、もう(観客が)3万人、4万人のなかでプレーしている。Bチームやとそうじゃない。上がれる保証のほうが少ない。注目されても(他クラブに)移籍している選手もいっぱいいるやろうし……ご両親がしっかり育てられているんやろうな(笑)。若さも含めて引く手あまたやったやろうけど、堅実。成功して欲しいよね」

世界を志す“後輩”へ伝えたいこと――自身も本田に後押しされた経験を持つ

 苦しんだからこそ、宇佐美は久保の成功を祈っている。もちろん、久保だけじゃなく、これから世界へ挑戦する“後輩”たちへの思いは同じ。迷わず言えるのは「絶対、海外に行ったほうが良い」ということ。宇佐美自身、2度目のドイツ挑戦となった16年、アウクスブルクへ移籍する時は、元日本代表MF本田圭佑から背中を押されて決意した。どんな苦い経験をしても、思いは変わらない。

「海外に行って、なかなか良いものを残せなかったとしても、行ったほうがいいと思う。俺も挑戦を続けられる立場でいたいし、行ったら分かる、行けば分かることのほうが多い。世界が広がる」

 もし、あの時バルサBを選択していたら……。もし、あの時G大阪への残留を決意していたら……。現況はどうなっていたか分からない。でも、たとえどんな結果になったとしても、今の選択に後悔はない。その“覚悟”を持って、宇佐美は今もピッチに立っている。(Football ZONE web編集部・小杉 舞 / Mai Kosugi)