【風間 詩織】ゴールデンウィーク直前なのにノープラン。「それでもどこかに行きたい」焦る50代女性が学んだ「大人のこたび」
今さらどこに、行けというのか
今月2日にJTBがリリースした、ゴールデンウィークの「旅行動向」によると、今年は、円安や物価上昇などで1人当たりの海外旅行費用の平均が32万9,000円と、2006年以降最も高額になるにもかかわらず、昨年同時期より8.5%増の、約57万2,000人が海外旅行を予定。国内旅行者を含めるとおよそ2,450万人が、ゴールデンウィーク期間中に旅行の計画を立てているという。
なるほど。今年はカレンダーとおりでも5月2日から6日まで5日連続で休め、有給などをうまく組み合わせれば、さらに長い休みが取れそうだ。
けれどもそんなニュースに、やきもきしてしまう50代の筆者。調査では、「男女60代を除くすべての世代で旅行意欲が前年よりも上昇し、特に男女ともに40代・50代の増加率が高くなった」という。
だがうちの2人の子どもはバイトや友人との約束がすでに入り、夫は会社の仲間や友人とゴルフの予定、気がつけば何も予定がないのは自分ひとり。
「ごはん、いらないよ」「遅くなる」と言われ、自由時間だけはふんだんにあっても、今さら、どこへ行けというのか。
近場で景色と交通の便の良いところは、ほとんど予約でいっぱいか、ふらりとは行けない宿泊費になっているだろう。
かつては、期間中の都内はガラガラなどと言われたが、インバウンドで賑わう都心の名所はどこも混雑している。
漁師町のざくざくのアジフライ
「ひとりでずっと家は避けたい」「どこかで何かしたい」そんな焦るような気持ちで手に取ったのが、『ある日、逗子へアジフライを食べに』(大平一枝著/幻冬舎文庫)だ。
何百もの台所を訪ねたルポルタージュ『東京の台所』シリーズなどで、市井の生活者を独自の目線で描く作家でエッセイストの大平さんの旅エッセイ。
帯の「行き当たりばったり、急がない、欲張らない旅を」について、本書の「旅のはじめに」では、こんな風に解説している。
「あちこち行ったはずなのに、記憶に残っているのは大きな目的を詰め込んだ旅ではなく、近くても遠くても、現地で朝、その日の予定を決めるようなあてどない旅なのである。(中略)そんな見切り発車な時ほど、案外旅らしい出来事が次々起こる」
そして始まる、「取材をきっかけに訪れた、漁師町のざくざくのアジフライと、丘の上の喫茶店」の話や、「ウォーキングの途中でまぎれこんだ三軒茶屋界隈の異空間体験」。
仕事や散歩、つまり日常の延長のようでいて、冒険の興奮がワクワクと伝わってくる感じに、「自分もどこかに行かなければ」という意味のない焦りが、だんだんと消えていく。代わりにふつふつと湧いてきたのは、大平さんが綴る「大人のこたび」へのあこがれ。世の中が海外旅行だ、名湯巡りだと賑やかでも、自分がワクワクできればいい。予算がなくても、人混みを掻き分け進む意欲に欠けていても、後ろに決まった予定のない自由時間さえあれば、「こたび」はできそうだ。
それでも「行き当たりばったり、急がない、欲張らない」で、小さな冒険や興奮や喜びのある「こたび」にするためには、ちょっとしたコツがあるらしい。
本書より「こたびの始めどころ」を抜粋してご紹介したい。
こたびの始めどころ
大人のこたびは、どこから始めたらいいのか。
私は、まずは日帰りをお勧めしたい。
できるだけ主要駅から電車一本で行けて、夜、クタクタに疲れるちょっと手前で家に戻れる場所。疲れ果てるまで遊ぶと、翌日の体に響く。
だったら一泊二日でと考えたくなるが、泊まりとなると計画や用意や、そのために体を二日間空けることが大変になる。出発前にあの仕事を終え、この段取りだけつけて……と考えていくうちに面倒になり、「まあいいか、次の夏休みで」と先延ばししたくなることも。
仮に一泊二日なら、予定は”みっちり一日分”を二日に分けるくらいがいいし、日帰りなら、メインの予定をひとつだけ決め、あとは行き当たりばったりがちょうどいい。現地で早めの夕食を楽しみ、ほろ酔い気分で19時頃電車に乗り、21時前には家でくつろいでいたい。
日帰りもいいもんだなと最初に気づかせてくれたのは、静岡市の芹沢硑介(せりざわけいすけ)美術館を訪ねる旅である。
話が盛り上がった友達と週末、新幹線こだまで静岡へ行った。
このこだまが、またよかった。小田原、熱海、新富士と6駅乗るのだが、熱海や小田原で乗り降りする客が少し年配だったり、若いカップルだったり、醸し出す雰囲気が「ザ・旅行者」で、こちらまで気持ちがリラックスする。これがひかりやのぞみになると、途端に男も女もスーツ姿が倍増。座った途端、鞄からノートパソコンを取り出し、あちこちからカチャカチャ鳴り出す。ご苦労なことだなあと頭が下がりながら、つられて自分も仕事のことを思い出してしまう。ちなみに、こだまの客の鞄から出てくるのは、サンドイッチや柿の種や缶ビールが多い。
品川から70分で静岡駅に到着した。美術館まではバスで10分だ。自転車を借りるかバスか、その場で調べているとちょうどバスが来る時刻だ。
数分待って乗り込んだらば、ほとんどは地元客で私の好きな、地元の生活のなかにひととき交じり込むような旅感覚を味わえた。
停留所を乗り過ごさぬようドキドキ、きょろきょろ、少し緊張しながら美術館の最寄りで降りる。
下調べせずに行った芹沢硑介美術館で
芹沢硑介は昭和後期に亡くなった染色工芸家で、あたたかみのある美しい型絵染で知られる。柳宗悦らの民藝運動でも活躍した。
友達は日本茶インストラクターの仕事をしていて、ふだんからよく民藝や手仕事や器の話を交わしていた。彼女と行くなら、なんとなく美術館やこういうところだろうと思っていた。趣味が合う友との、趣味をテーマにした旅は、間違いなく二倍楽しい。
美術館の低い石垣、銅板の屋根、静かな噴水の中央で来館者を迎える寒椿。洗練された独特の落ち着いた佇まいに、これはもしやと設計者を見れば、松濤美術館(渋谷区)の設計でも知られる建築家白井晟一の名が。私は松濤美術館の建物が好きで、改修前のトイレの美しい黒い便器にさえ見惚れ、ここのトイレについて原稿を一本書いたことがあるほど。下調べをせずに行っているので、白井作品との突然の邂逅(かいこう)も、望外に嬉しかった。
着物、うちわ、のれん、ついたて、器、装丁──彼は絵本作家、装丁家としても才を発揮した──、芹沢自身の所蔵品。趣向を凝らした展示がゆったりと10室に分かれていた。途中「休みたいなあ」と思う絶妙の配置で、「特別室」というソファでくつろげる部屋がある。
美術館へ同じ趣味を持つ人と行ったとき、観終えた後でなく、途中で感想を静かに語り合いたいものだなと思うのは私だけだろうか。とにかくこの休憩エリアの間合いは最高だった。
無料なのが申し訳ないほど、贅沢な時間
ミュージアムショップでは、葉書や便箋、日本手ぬぐいのほか、玄関マットまで購入してしまった。旅先の美術館という「ここにしかない」高揚感、危険な物欲のなせる買い物である。
たっぷり、のんびり芹沢芸術の深みで遊んだ退館間際、近所で彼の自宅が特別公開されていることを知る。見学無料、土日のみ公開(当時)。その日は土曜、おまけに設計はまたも白井晟一だ。
美術館のあとはなんの予定も立てていないので、「行くしかないよね」と迷いなく向かう。数分のところに芹沢邸があった。
他に見学者はふたり。その方たちが帰るところで、市のボランティアの男性がひとり、手持ち無沙汰で立っておられる。
移築された、板張りに土間のハイカラな茶の間やアトリエを眺めながら、ゆったりと解説を聴く。保存の難しさや、移築した職人の技の細かさ、はたまた実際の冬の住まいの寒さなど、どんなパンフレットよりわかりやすかった。
ご自分は建築や歴史に興味があり、定年後に研修を受けてボランティアをしているとのことだった。博覧強記、無料なのが申し訳ないほど、芹沢硑介という稀代の芸術家の素顔を垣間見られる、贅沢な時間。
もしも、私たちが次になにか予定を入れていたら、駆け足で観て終えるか、あるいは寄るのも見送っていたかもしれない。この方の知識も聴くことがなかった。
バスに揺られ駅に戻ると、再びあてどなく街をぶらぶら。神社の境内のフリマを覗いて古道具屋の店主と話したり、路地裏の雑貨店を物色したり。前者では古いブレスレットを、後者では小さなフランスのチョコレートを買った。
フリマが店じまいを始めた夕方5時過ぎ。
「ご飯どうする?」
「五時からやっている寿司屋」
スマホでおいしい店を検索したらたくさん出てくるだろうが、5時ではちょっと早い。かといって、6時や7時にしたら、帰りが遅くなる。しつこいようだが、翌日まで疲れが残るようなこたびは負担になるので、「五時からやっている寿司屋」に焦点を絞った。「静岡ならきっと魚がおいしいよね。それならお寿司だわ!」と友達が思いついたからだ。
検索で上がる数少ない夕方からやっている寿司屋で、地元民がよく利用しているような、気楽で味の評判がいい店を選んだ。〈家族の誕生日に行った。代々利用しているけれどやっぱりおいしいです〉という口コミが決定打だ。きっとコメント投稿者は大家族で、おじいちゃんの代からお寿司ならあそこと決めている、そんな店だろうと勝手に推測した。
妄想のような推理は恐ろしいほど当たり、駅に近いのに安くて丁寧で、おいしい家族経営の寿司屋だった。雑居ビルの3階で、少々わかりにくい。なんでも、前の店から移転してまもないらしい。建物は新しいが、椅子の座布団に年季が入っていたので聞いたら、そう言われた。昭和5年創業。接客がお母さん、板前はお父さんと息子さんだ。
「時魚」という札を見て、友達と無言で頷(うなず)きあった。当たりの店だ、間違いない。
本まぐろ、きはだまぐろ、桜えび、しらす、金目鯛、ひらめ。ああ、食べたい食べたい。
それなのに、お父さん担当の一品料理も端から食べたくてたまらない。まずは、ビールに酢の物と焼き穴子、次に早々と地酒に挑んだ。
お父さんの作る具沢山の茶碗蒸しと、だしのきいたねぎ入りの分厚い玉子焼きは絶品で、私たちはだんだん不安になってきた。──欲張りすぎて、肝心の寿司までたどり着けないかもしれない。
「とりあえず特上ネタ5貫と時魚5貫”静岡にぎり”を一人前、頼んでみようか」
こそこそ相談する。特上より高い豪華版で、一人前ずつ頼みたいところだが、とても食べきれないと思ったからだ。
カウンターの向こうで、握り担当の息子さんが声をあげた。
「一人前で大丈夫ですよ。おふたりで楽しんでいただけるようにしますから」
どういうことだろう。
お母さんが合いの手を入れる。
「そうそう、うちのは大きいからね。お嬢さんふたりでは食べきれないでしょう」
お嬢さんの響きにうっとりする。寿司屋にふたりで入って一人前は失礼だよねと身を縮めていた私たちは、心からほっとした。
前後の余白に、出会いや発見がある
しばらくして運ばれてきた大皿を見てびっくり。美しくすべてのネタが二等分されていた。つまり一貫の寿司が、食べやすく半分にしてあり、ネタはちゃんと小さなシャリごとに等分にのっかっているのだ。こんな寿司は初めてである。
歓声を上げると、家族3人が誇らしそうににっこり。
あのご家族の笑顔も込みで、私の静岡旅の思い出は完成する。
こたびの始めどころは、こんな気楽な日帰りから。みちみちに予定を立てず、目的はひとつに。その前後の余白に、思わぬ出会いや発見が必ずある。ボランティアの方の解説も、芹沢邸も、あの寿司屋も、だからこそ出会えた。
だとすれば、それらは偶然ではない。余白というすきまを楽しめる価値観が、あらかじめ用意していた必然ともいえる。
それから、旅仲間は趣味ごとに何人いてもいい。私でいえば、「お酒・海外(長期滞在でも疲れない相性、予定を決めずひたすら歩き回る旅を好む価値観が同じ)」「音楽・買い物・美容・推し旅」「民藝・手仕事・アート」というように、それぞれなんとなく思い浮かぶ顔がある。
静岡旅の友達とは、今週末も一日予定を合わせているけれど、行き先もテーマもまだなにも決めていない。そんな適当具合でも心の洗濯ができることだけはわかっているので焦っていない。
◇ノープランのGWに焦る気持ちをほどいてくれた「こたび」の提案。入念準備や予約なしでも、「余白というすきま」があれば、旅の出会いや発見はあるものだ。
けれども、そんな自由時間すら、取れないこともある。たとえば子育て、介護、療養中であったり、大事な準備が控えていたり……。
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