【熊本地震10年】「今日もすてきな1日だった」10年経ってもなお、家族は…
熊本地震で倒壊した家から出てきた日記。その日記にはある「大切な言葉」が綴られていました。
熊本地震で最大震度7を観測した西原村。村の6割の住宅が全半壊しました。
16日の本震で家の下敷きになり亡くなった男性が毎日書き綴っていた日記。10年間、家族を支え続けた大切な言葉がありました。それは…
「今日もすてきな1日だった」
毎日の日記の締めくくりは決まってこの一言。
書いたのは10年前、熊本地震で犠牲となった大久保重義さん(享年83)です。
息子の大久保孝一さん(65)は、亡くなった父を「すごく思いやりのある人だった。後悔じゃなくて、幸せで亡くなったんだと今、思っています」と話します。
孝一さんは、妻の厚美さん(63)と2人の子ども、そして母の瑞子さん(84)と、西原村で暮らしています。
10年前、家族はこの場所で熊本地震に遭いました。
■孝一さん「2階建てだったんですけど1階がぺしゃんこ。2階が崩落していたから。」
前震は持ちこたえたものの、16日の本震で自宅が倒壊。父親の重義さんが下敷きとなり、命を落としました。
■孝一さん「一番つぶれた部分に親父が寝てたもんですから。 あとでずいぶん後悔したんですけどね。」
形見の仏壇だけは取り出したいという思いがあった孝一さんは、重機ボランティアに、自宅の解体を依頼しました。しかし、仏壇は見つかったものの、壊れていました。
■NPO法人Vネット 川上哲也理事長「こんな形でしか出せなかった。すみません。」
■孝一さん「これを見るとずいぶん前(本震のとき)からこういう状態だった。」
■妻・厚美さん「じいちゃんと一緒に下敷きになってたんだ。出てきただけで十分。」
数日後、解体を進める中、重義さんの遺品が見つかりました。50年以上、毎日書き続けていた日記です。
日記には、「平成28年4月15日晴」「野村クリニックに行く」「孝一におせわに成る」「(孫の)義弥と咲紀 帰って来る」
そして、最後は必ず、こう締めくくられていました。
「今日もすてきな1日だった」
最後の日記が書かれたのは本震の数時間前でした。
■孝一さん「最初はこの言葉で昔を思い出して涙が出る、そんな気持ちだったけれど、毎日が幸せでありがとうという気持ちに変わりましたね。」
■重義さんの妻・瑞子さん「よく温泉に行ったなぁ。旅行もたいてい行ったです。」
■厚美さん「お風呂のお湯を出しっぱなしの事件っていうのもあったね。」
■孝一さん「あー、あったね」
地震の後も家族を支えてくれました。
あれから10年。
倒壊した自宅があった場所は、サツマイモの作業場に変わっていました。
父から教わったサツマイモづくり。今は、母親と一緒に続けています。
■孝一さん「農作業ができるっていうのがすごく幸せなことなんだなって。今はこの生き方っていうのが、少しは自分の中に親父と同じような思いが芽生えた気がする。」
父が幸せを感じていた何気ない毎日。
「今日もすてきな一日だった」 今も家族の背中を押してくれる大切な言葉です。
■永島由菜キャスター「息子の孝一さんは、『ボランティアに心も救われた』という思い。災害が発生する度、重機ボランティアの団体に寄付を続けていて、今も親交が続いているそうです。
