「一升瓶を抱えて泣いた夜も」――SAY-LA・とわんが語る “酒と涙の1年”と「とわファミ」の絆
アイドルグループ「SAY-LA」のとわんにとって、ステージへの憧れの原点は幼い頃に見たライブ映像だった。母がファンだった嵐のDVDを何度も見返し、歌やダンスはもちろん、MCでのあおりまで完コピしていたという。ステージで観客を巻き込む姿が純粋に楽しそうに見えた。「パフォーマンスってこうやって見せるんだって、ずっと見ていました」。その時間が、今につながる最初のきっかけだった。(「推し面」取材班)
最初からアイドルを目指していたわけではない。歌で勝負するアーティストへの思いが強く、高校3年生の時には家族に内緒でワタナベエンターテインメントの養成所に応募した。「学校に行かず養成所に通いたいと言ったら反対されて、こっそり応募しました」。ギターの弾き語りをしたり、歌って踊れるPerfumeのような存在に憧れたり。いくつかの事務所を経験しながら、自分の表現の形を探していた。
当時はアイドルという存在に距離を感じていた。「かわいい系は似合わないと思っていて、アイドルはやりたくないと思っていました」。それでもふと気づいた。幼い頃に憧れていた嵐も、歌って踊るアイドルだった。「結局、自分が好きだったのってアイドルじゃんって」。そうして自然と、その道を歩んでいた。
SAY-LAに加入したきっかけはSNSだった。グループを知り、「一度“ザ・アイドル”をやってみたらどうだろう」と思い、Twitterのダイレクトメッセージで面接を希望。話はわずか3日で決まったという。
初めてSAY-LAのステージに立った日の光景も忘れられない。前の活動から応援してくれていたファンが多く会場に駆けつけ、客席にはペンライトが揺れていた。特典会でも列が途切れなかった。「“また会いに来てね”って言えることが本当にうれしかった」。その瞬間、SAY-LAで頑張ろうと決めた。
だが、加入後の道のりは平坦ではなかった。これまでとは違うジャンルのグループに入り、表現の仕方や環境の違いに戸惑った。「1年くらい、ずっと一人で耐えていました」。ステージでは笑顔を見せながら、降りれば涙が止まらない。公園のブランコに座り、日本酒の一升瓶を抱えて元メンバーに電話していた夜もあった。「酒と涙の1年でしたね」。そう振り返り、少し笑う。
それでも続けてこられたのは、ファンの存在だった。「何度も辞めようと思いました。でも、1人でも応援してくれる人がいるなら、その1人のために頑張ろうと思えたんです」。今では応援してくれる人たちを「とわファミ」と呼ぶ。うれしい報告も悩みも、誰より先に伝えたい。家族のような存在だ。
そんな彼女が大切にしている言葉がある。「人に優しく、自分にもっと優しく」。好きなYouTuber、東海オンエアのてつやが口にしていた言葉だ。「自分のつらさは自分にしか分からないから、自分の味方は自分でいてあげないと」。その言葉は今も心の支えになっている。
そして変わらない夢がある。嵐のステージを見たあの日から抱き続けてきた目標だ。「人生で一度は武道館に立ちたい」。グループとしても体制が変わるたびに新しい形へ生まれ変わりながら、どんなジャンルでも戦える存在になりたいという。
酒と涙の1年を乗り越えた今、とわんは前を向いている。「人に優しく、自分にもっと優しく」。その言葉を胸に、今日もステージに立ち続けている。
