ムーディ勝山「仕事に行くフリをしてハトに餌をやった」。月収640万から転落、深夜の食卓で男泣きした妻の「1通の手紙」
「右から左へ受け流す」の歌ネタで、2007年に日本中を席巻したムーディ勝山さん。最高月収640万円、予定表は真っ黒。しかし、熱狂が去った後に待っていたのは、今の妻にすら「仕事がない」と言い出せない孤独な日々でした。仕事に行くフリをして公園で過ごした惨めな日々を、彼はどう乗り越えたのでしょうか。
【写真】「毎日ハトに餌をやるしかなかった」孤独な日々を乗り越えた、現在のムーディ勝山さん(11枚目/全13枚)
「右から左へ受け流す」で月収640万、絶頂の裏で失ったもの
── 2007年、白いスーツにひげ面で「右から左へ受け流す」の歌ネタを披露し、一世を風靡したムーディ勝山さん。当時は予定表が真っ黒になるほど仕事が殺到していたそうですね。
ムーディ勝山さん:毎日、ロケと収録のハシゴで「今どこにいるのか」もわからないほどでした。次から次へと仕事の予定が埋まり「人生ってこんなに変わるものなんだ…」と、驚きでいっぱいで。イベントをすればたくさんの人が集まってくれるし、みんなが僕の芸を楽しんでくれました。
当時、芸人になって6~7年。ロクにフリートークの経験もないまま、いきなり全国放送のひな壇に放り込まれて…。有吉さんなどの人気芸人を前に、必死でしがみついていました。最高月収は640万円。どれだけ後輩に奢ってもお金が減りませんでした。
── そのいっぽうで、当時はコンビ(アイスクリーム)を組まれていましたが、人気の格差で関係が悪化したと伺いました。
ムーディ勝山さん:世間が求めるのは「右から左へ」のピンのネタだけ。なかなか漫才をする場を作れませんでした。相方だった梶剛とはバッチバチに仲が悪くなっていきました。正直なところ僕自身も「俺は売れっ子だ」と、どこかで調子にのっていたんだと思います。相方に対してかなりきつい接し方をしていた気がして…。
2010年には解散の道しかありませんでした。今の僕だったら、もうちょっと相方との向き合い方や、コンビの仕事への取り組み方も違ったものになったかもしれません。申し訳ないことをしてしまった…と思います。
仕事に行くふりして公園でハトに餌をやる日々
── 一気にブレイクしたものの、その後、人気が落ちついたのも早かった印象です。ブレイクの熱狂が去り、出演番組が目に見えて減ったときの焦りは相当なものだったのでは。
ムーディ勝山さん:もともと人気が出たときから「一発屋で終わりそう」と囁かれていたんです。実際に、目に見えて勢いが落ちていきました。丸1日予定がないのもザラで、収入も激減。「一発屋」と呼ばれる現実を受け入れられなかったですね。だからといって打開策が見つかるわけでもなく…。あれこれと努力しても空回りばかりで、自信は底まで落ちていきました。
当時、今の奥さんと同棲していましたが、プライドが邪魔をして「仕事がなくなった」と、どうしても言えなかったんです。翌日、何の予定がなくても、忙しいふりをしていました。朝、彼女に起こしてもらって「仕事に行ってくる」と家を出ていきました。でも行く場所なんてないから、日中は公園のベンチに座り、ただハトに餌をやって時間をつぶすんです。夜になれば、仕事終わりのフリをして帰宅していました。
深夜の食卓に置かれた「最高の褒め言葉」
── ドラマのようですね。ただ、その「秘密」がテレビ番組でバレてしまったとか。奥さんはどんな反応をされたのですか。
ムーディ勝山さん:ある番組の「一発屋芸人特集」に出演したんですね。そのとき、ブームが去ったあとにどれだけ仕事が減ったか、貯金を切り崩して苦労しているかといった内容を、面白おかしく話しました。僕がいない間に、彼女がその放送を観てしまったんです。その放送日、僕はたまたま仕事があって帰宅が深夜になって…。
彼女はテーブルに夕食と手紙を置いてくれていました。「仕事が全然ないなんて知らなかったから、毎朝早くに起こしたりしてごめんね。もう夕食済ませたかもしれないけど、ご飯作ったから食べてね。トーク、めっちゃ面白かったよ」って。その文字を見た瞬間、ずっと黙っていた罪悪感と、もう隠さなくていい安堵、彼女の優しさへの感謝が一気にあふれ出して。ひとりで号泣しました。彼女がいてくれて本当によかった…と、心の底から思いました。
── 素敵な方ですね。ムーディ勝山さんから見て、奥さんはどんな方ですか?
ムーディ勝山さん:ものすごくさっぱりしていて、ポジティブな人です。仕事がないとバレてからも「なんとかなるよ。人生、いいときもあればそうでないときもある」と、どっしりと構えてくれていました。彼女も正社員として働いていることもあり、経済的な面ではそこまで心配していなかったのかもしれません。
2011年に結婚しましたが、彼女はずっと前向きなんです。芸人の仕事は浮き沈みがあるものですが、それでも「仕事がなくなったらどうするの?」みたいなことは一度も言われたことがありません。ずっと動じず、笑顔で過ごしてくれています。彼女の存在は支えになっています。本当にありがたいです。
── そんなどん底を経て、最近は再ブレイクを果たしています。
ムーディ勝山さん:20年間ずっと、「右から左へ受け流す」を歌い続けました。地道に継続したことで、気づいたらまた「ムーディ勝山って面白い」と言われるようになってきました。コツコツと続けるのは、とても大事なことだと実感します。やっぱり続けることで見えてくるものがあるんです。
そして、僕が途中であきらめず、芸人を続けてこられたのは、間違いなく妻のおかげ。人生のどん底でも、彼女だけは僕を否定せず、いつもと変わらず過ごしてくれました。その姿がとても支えになりました。あの手紙をくれた夜から僕の「二度目の人生」が始まった気がします。
…
栄光の絶頂から、仕事があるフリをして公園で過ごした孤独な日々へ。ムーディ勝山さんを救ったのは、妻が残した「トーク、面白かったよ」という短い手紙でした。
あなたは人生のどん底にいたとき、誰かの言葉に救われた経験はありますか? また、プライドが邪魔をして大切な人に「弱音」を吐けなかったことはありますか?
取材・文:齋田多恵 写真:ムーディ勝山

