レストランを予約してその予定を書き込むとき、私たちの心は一気に華やぐもの―。

なぜならその瞬間、あなただけの大切なストーリーが始まるから。

あなたが、2023年最初に訪れるレストランはどこですか?

A Happy New Year!!

▶前回:“好き”だけじゃ付き合えない…。結婚を焦る三十路女の切実な婚活事情<Holiday Story>




Vol.26 舞美(33歳)元カレと別れ、婚活再開したけれど


1月2日月曜日。

17時ぴったりに、私は、指定された東急プラザ赤坂内のカフェに入った。

待ち合わせ相手の陸人さんは、既に到着していた。ツイードのジャケットを着た彼は、写真で見るよりも線が細く、神経質そうな印象だ。

「陸人さんですか?すみません、お待たせしてしまって」

「はい、陸人です。舞美さん、はじめまして!僕も今来たところです」

彼の口調は穏やかだが、目線はするどく、私の全身をじろじろと観察してくる。

マッチングアプリで会う人なんて、初めはみんなこんなものだ、と思うものの、緊張とともに不快な気分が混ざり、バッグのハンドルを握る手に力がこもった。

「ディナーの予約が18時なので、少しお話しして待ちましょうか」

メニューを勧めながら、事前にメッセージでやり取りした段取りを彼が口にする。

― 18時に予約してるなら、それに合わせてディナーの店で待ち合わせでもよかったのに。

会う前から思っていたが「予約してくれただけマシだ」と気を取り直し、にこやかにメニューを受け取った。既にお腹は減っていたけれど、この後のディナーのことも考えて、ブラックコーヒーを注文する。

― 33歳で婚活市場に舞い戻って、初回ですぐマッチングできたんだもの。かなりラッキーなほうだよね。

今のところ、陸人さんのことはあまりタイプとは言えないけれど…「私は幸運なのだ」と自分に言い聞かせた。


「舞美。ごめん、別れたいんだ」

2022年12月18日。クリスマス1週間前の週末、1年付き合った彼氏の啓太から別れを告げられた。

2歳上で商社マンの彼とは、友達の紹介で知り合った。

聖心女子大学を卒業後、日系航空会社でCAとして働いてきた私は「次の人とは結婚したい」と考えていたから、私は啓太と真剣な気持ちで付き合っていた。




でも、正直…秋ごろから、彼の様子が変だった。

連絡の頻度もデートの回数も減った。食事は外へ出かけようとせず、デートといっても、私の1人暮らしのマンションで過ごすだけだった。

そんな状況を私は、ポジティブに捉えていた。

「プロポーズのために貯金しようとしてるのかな」などと考え、彼がケチケチするほどに舞い上がり、せっせと自炊して、もてなした。

だから、急に「別れたい」と言われてショックだった。

年末は『元カレ 復縁』なんて検索しながら日々を過ごしたけれど…。

「ねえ、舞美。コレって、舞美の彼じゃないの?」

大晦日に、ステイ先の福岡でCAスクール時代からの友人・歩佳から送られてきたインスタのスクショを見てベッドから飛び起きた。

「入籍しました♡」というストーリーズ。投稿したのは、歩佳が一時期通っていた料理教室の友達らしい。

彼女と一緒に満面の笑みで婚姻届を広げているのは、紛れもなく啓太だった。

啓太の電撃入籍を知って、ヘコみはしたけれど、不思議と少し気持ちが楽になった。

「浮気した啓太がサイテーだったのだ」と自分の中で結論づけられたから。

そして、元日早々に東京に戻ってきた私は、マッチングアプリに登録した。そして、オフの日の今日、陸人さんと今会っている、というわけだ。




「ウチの会社は自分がいないと回らないので、年末年始もなく仕事づくめなんですよ」

「へえ、すごいですね…」

― まぁ、私も年末年始仕事でしたけど…。

さっきから“忙しアピール”が止まらない彼に、相づちをうちながらコーヒーを口に運ぶ。

慶應卒30歳、1年前にBig4からスタートアップの世界に飛び込んだという陸人さんは、仕事が楽しくてたまらない時期なのだろう。

時刻は、17時50分。

そろそろディナーのお店に向かう頃かな、と思っていたら…。スマホをちらっと見た彼が、大げさに顔をしかめた。

「すみません。ちょっと仕事でトラブルがあって、今すぐ行かないと。本当に申し訳ないんですけど、ディナーはリスケさせてください」

慌てた様子の彼は、私の返事も待たず、千円札をテーブルに置いて足早に店を出て行った。

― 何だったんだろう、今の。

呆気にとられてしまったけれど、しばらくして我に返る。

婚活女子の悲しい習性だけど…無意識に、マッチングアプリを立ち上げていた。その瞬間、私は目を疑う。

― 陸人さんから、ブロックされてる…。

メッセージ欄でやりとりしていた彼の名前が、『このユーザーは表示できません』という文字に変わっていた。

仕事を口実にしてディナーをキャンセルし、私のアカウントごとブロックした、ということらしい。私とのこの1時間が、あまりお気に召さなかったということか。

ショックと虚しさ、悲しみが胸にこみあげてきた。

― とりあえず、このお店を出よう。1人で、おいしい晩ごはんでも食べようかな…。

オールデイダイニングのこの店は、ディナータイムに移ろうとしている。

三が日の夕食を過ごす家族連れやカップルでにぎわい始めていた。長居していては、惨めな気持ちが増していくだけだ。

私はふらふらと立ち上がり、会計を済ませて店を出た。


1人ディナーのお店を求めてあてもなく通りをぶらついていると、道沿いの飲食ビル2階の店が目についた。

『プロカンジャンケジャン』という文字に、赤いカニの絵。

それを見ていたら、こんなにどうしようもない日はカニでも食べて、景気づけたい気分になってきた。

韓国料理というのも、なんだかしっくりきた。20代の頃、パイロットの彼と別れた時も、歩佳と一緒に新大久保でサムゲタンを食べて、大泣きしたっけ…。

― 20代の失恋は、サムゲタン。30代なら、カンジャンケジャン。

心の中で韻を踏んでみる。どうしようもなく落ち込んでいた気分が、少しだけ明るくなった。




店の扉を開くと、あたたかな空気とともにおいしそうな匂いが鼻をかすめた。居酒屋のようだが清潔感のある店内は、壁にところせましと来店した芸能人の写真が飾られている。

カンジャンケジャン――生ワタリガニの醤油漬けは、韓国料理の中でも高級メニューだ。

本場の韓国・ソウルで創業し、40年もの歴史を誇るというこの店は、蟹料理の名店らしい。メニューを開くと、カンジャンケジャンをはじめ、コッケチム(蟹の蒸し料理)やコッケタン(蟹のピリ辛鍋)などが並ぶ。

― せっかくの新年だから、奮発しておいしいものを食べよう!

さっそくマッコリを注文し、続けてケランチムという韓国風茶碗蒸しと、メセンイジョンというチヂミをオーダーした。

ケランチムは、ふわふわとした卵の優しい味に、ぷりぷりのエビの取り合わせが絶妙だ。ささくれだった気持ちが、自然と和らいでいく。

「わぁ…すごい、めちゃくちゃ緑色!」

メセンイジョンが出てきた時は、ほうれんそうのような緑色に驚いた。“メセイ”は青のりの一種らしい。テーブルに皿が置かれた瞬間、豊かな海の香りが鼻をくすぐる。

そして――いよいよカンジャンケジャンをオーダーする。1杯5,000円もするのだから、相応の味がするのだろうと期待に胸がふくらんだ。店から提供された紙エプロン、手袋などをいそいそと身につけ、準備は万端だ。




皿にどっしりと鎮座する蟹を目にした瞬間、これを独り占めできる喜びを、私は噛みしめた。

蟹の甲羅からぷりぷりとした身を手で掻きだし、勢いよくかぶりつく。ねっとりとした食感、甘じょっぱく濃厚な味わいが口いっぱいに広がっていく。

半分ほど楽しんだところで、白いご飯の上に蟹をのせて楽しむ。トロトロとした卵もほんのりと苦みのある蟹味噌も、ご飯のお供にピッタリだ。

― ああ、締めの鍋が食べたい…。

胃のスイッチが入ってしまったのか、それとも日本人の性なのか。蟹を食べ終えると、口の中が汁物を求めている。メニューにあるアグタン――あんこう鍋が気になったけれど、とても1人で食べられる量ではない。

― 今日のところは、これでおしまいにしようかな。最後に温かい緑茶でも頼もうか…。

アグタンを断念した私は、ドリンクメニューを開く。

鍋を食べられないのは残念だけど、お腹いっぱいに温かいもので満たしたら、年末年始であった色々なことが、不思議ともう全然気にならなくなっていた。

― でも、一緒に鍋をつつける人くらいは、早めに見つけようかな。

なんだか笑ってしまう。「おいしいものをたくさん食べたいから恋人がほしい」なんて、今まで考えたこともなかった。

そんな時、スマホの着信音が鳴る。歩佳からのLINEだった。

『あけましておめでとう!』
『舞美、大丈夫?って、大丈夫じゃないか…あんな男は忘れよう!厄を落とそう!』
『今から赤坂氷川神社に初詣に行こうと思ってるんだけど、一緒に行かない?』

ポンポンと続けざまに、吹き出しが増えていくトーク画面。10年以上の仲になる友達の優しさが、胸にしみた。

『今、ちょうど赤坂にいるよ。突然だけど、あんこう鍋食べない?』

即座に既読がつき、「OK」という文字のついたウサギのスタンプが送られてきた。

四ツ谷に住む歩佳は、15分もすればここに到着するだろう。

「明日もオフだし、今夜はたくさん飲もう」

私は嬉しくなり、もう一度ドリンクメニューを開いた。

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