「焼きすぎないよう、さっと炙るくらいでいいんです。そしたら、この千切りのりんごをのせて、くるっと巻いて、かぶりつきます。……ああっ、旨い! 柔らかい肉の中にさっぱりしたりんごがいい感じで絡まっていく、この感じ。脳みそをバグらせてくれるような感覚ですね」

 好物に舌鼓を打つのは、俳優の河相我聞(45)。煙と客たちの弾んだ声で満たされた店内。テーブルは、ビールケースの上に板を置いただけのもの。飾りっ気は皆無だが、すこぶる居心地がいいーー東京・高田馬場にある「焼肉ホルモン 大笑」は、そんな店だ。

「3年ほど前、マネージャーに『どこか美味しい焼き肉屋さんない?』と聞いて、教えてもらったのがここです。店長さんとは、高校時代からのつき合いだそうです。

 マネージャーは以前、食肉に関わる仕事をしていたので、肉にはうるさいんですよ。道を歩いていても、『この匂いは和牛だな』とか『これは輸入もの』って、わかるくらいですから(笑)。

 ここの肉、本当に旨いんですよ。しかも安い。マネージャーいわく、都内でこれだけの肉をこの値段で出しているところは、ほかにないそうです」

 冒頭の「りんご」は、“ザブトン”( “ハネシタ” とも)と呼ばれる希少部位を使った、店主自慢の逸品だ。店主の西原在日さんは、元ラグビー日本代表として活躍後、2016年10月にこの店を開いた。出身地は大阪の鶴橋というから、まさに “本場の味” というわけだ。

「お客さんはラグビー関係の方たちが多いみたいで、やっぱり活気がありますよね。この雰囲気の中にいるのがまた、楽しいんですよ。

 自分はどっちかというと粗食で、ふだんは野菜ばっかり食べてますね。旅番組なんかだと、美味しいものをいっぱいいただけるじゃないですか。そのぶん、ふだんはあまりいいものを食べたいと思わないのかもしれない(笑)。

 こうやって肉を食べるのは、疲れたときというよりは、『これから頑張るぞ』と気合を入れたいとき。体力をつけたいってときですね。舞台をやっているときも、よく来ますよ。稽古のあととか、打ち上げとか」

 河相がこの世界に足を踏み入れて、もう35年になる。

「小学校3年のとき、不登校になっちゃって、児童劇団に入ったんです。母親が『学校行かないなら働け』と。

 最初は、『風雲!たけし城』かな。出演したんじゃなくて、裏方です。『このアトラクションは子供ができるのか、危険じゃないか』って、確かめるための実験台ですね。あとはエキストラばっかり。戦隊もので、悪役に追っかけられたり」

 転機となったのは、中学生のときに出演した『天までとどけ』(TBS系、1991年)。8シリーズも制作された人気ドラマで注目を集め、多くの青春ドラマにも出演した。

「『天まで〜』のオーディションに、2時間遅刻したんですよ。あのときは劇団を辞めるつもりでしたから、いくらオーディションを受けても落ちてばっかりで。もう、高校進学のことも考えなきゃいけなかったし。

 でも、なぜかプロデューサーの方に気に入ってもらえて。まわりは大反対だったそうですけど、『コイツはおもしろいから』って。今の時代では考えられないですよね」

 歌手デビューも果たすほどの人気タレントになったが、私生活では、19歳のときに父親になっていた。1998年、そのことが発覚してマスコミを騒がせた。

「彼女とは16歳のときに知り合って、それからずっと一緒に暮らしていました。子供が生まれたのは嬉しかったけど、事務所から『CMの契約があるから発表できない』って言われていたんですよ」

 その後、入籍して次男をもうけるが、2011年に離婚。

「もともと彼女は、外で働きたかったんです。それが、若いうちに子供が生まれたし、僕も仕事で家にはあまりいられない。そんなことが重なっていったんですね。別れた今も、連絡は取ってますよ。子供たちも、よく彼女のところに行ってますからね」

19歳のころ。主演ドラマ『青春の影』(テレビ朝日系)で共演した袴田吉彦と

 2005年にラーメン店を始めたことも話題を呼んだ。

「あのときは本当に、お金が必要だったんです。子供もいたし、事務所からもらっていた給料が驚くぐらい少なくて、それで『何か副業をしなきゃ』と思って始めたんですが、これが当たったんですね」

 人気店となり支店も出したが、2年後に店から手を引いた。所属事務所が店に対して、肖像権などの使用をめぐり損害賠償請求したこと(裁判で棄却)や、共同経営者の横領が発覚したことが原因だった。

「いろいろ大変な目に遭って、事務所も辞めましたから。『これは干されちゃうな』と思って、自分で会社を立ち上げたんですよ。マネージメントも自分でやって。いろんなところへ挨拶まわりにも行きました。そのとき、多くの方に助けていただいて、それで今の自分があるんです」

 殺される役でも、犯人役でも、求められるなら精いっぱいそれをこなす。「ただ目の前のことに必死で、それだけで生きてきた」という河相が、いまも心の支えにしている出会いがある。

「20歳を過ぎたころのことです。仕事は忙しかったんですが、給料が少なかったんです。忙しかったのに、サラリーマンの初任給以下ですよ。“ブラック企業” なんてもんじゃないです。埼玉の友達なんかは大工とか鳶職人になって、すごく稼いでいたし、『自分もそっちへ行ったほうがいいかな』と思っていた。

 そんなとき、小田和正さんが監督をされた映画(1998年公開『緑の街』)の出演オファーをいただいたんです。音楽で大成功された方が、50歳を過ぎて映画を撮るんですよ。しかも最初は劇場公開ができず、小さなホールや公会堂で巡回上映したんですが、そこで小田さんが楽しそうに動いている。

 その姿を目のあたりにして、『自分はなんてちっぽけなのか』と思って。それでもう一度、俳優という仕事とちゃんと向き合ってみようと思えたんです」

 この日、河相は、数日前に染めたばかりだという金髪姿で店にやってきた。

「45歳にして、初めての金髪です。11月から始まるドラマの仕事をいただいたんですが、監督さんから『金髪で頼む』と言われたので。

 躊躇は、まったくなかった。『こういう河相我聞が欲しい』と言われれば、丸刈りだろうがパンチパーマだろうが、なんでもやります」

 焼ける肉に目をやりつつ、ゴクリとビールを喉に流し込む。

「コロナの影響で仕事がない時期はありましたが、これまでもいろいろあったんで、『またか』という感じでもありますね。『人生ゲーム』でたとえるなら、もう、1周しちゃった気分です。

 子供2人も手がかからなくなって。さあ『人生ゲーム』の2周め、何をやろうかって、そんな時期なのかな。目標とか野望とか、そんな大それたものはないですけど、とにかく健康第一。それで、目の前の仕事に全力を尽くす。それだけですよ」

 この日の〆は、牛すじがたっぷり入った特製カレー。肉の旨味とスパイスが絶妙に絡み合った、よそでは、まねできない味。この店に来るたび、毎回頼む鉄板メニューだ。

「役者というのは、仕事をいただいて成り立つもの。自分で役柄などを決めることはできないですが、そこにも自分なりの幅だとか深みを出せればいいと思っています。ここのカレーのようにね」

 2まわりめの人生は、我聞流の隠し味で、さらにコク深くーー。

かあいがもん
1975年5月24日生まれ 埼玉県出身 俳優、ナレーター、ミュージシャン。ドラマ『天までとどけ』(TBS系)にレギュラー出演して以降、テレビドラマを中心に活躍。近年では舞台や映画のほか、体験談をユーモラスに綴ったブログや書籍なども評価されている。また、企画ものの動画を制作するなど、クリエイターの仕事も楽しむ。11月スタートのWOWOWドラマ『殺意の道程』に出演

【SHOP DATA/焼肉ホルモン 大笑】
・住所/東京都新宿区下落合1-3-19 第三丸城ビル2階
・営業時間/18:00〜23:00
・休み/日曜定休

(週刊FLASH 2020年9月22日号)