「刺された……助けて……」

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 平成24年のクリスマスイブ、ラブホテルから「刺された」と悲痛な119番通報が入る。血まみれで救助されたのは、車椅子の男性だった。

 逮捕された22歳の美女が自白した、あまりに身勝手で残忍な動機とは――。障害者を標的にした衝撃的な殺人未遂事件の発端に迫る。なおプライバシー保護のため、登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/続きを読む)


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「刺された……助けて……」

 真冬の未明、ラブホテルから119番通報があった。

「刺された……助けて……」

 今にも消え入りそうな男性の声。救急隊員が駆けつけたところ、車椅子のそばで腹から血を流した男性が倒れていた。それが被害者の山田崇雄さん(当時53)だった。

「誰に刺された?」

「知らない人……」

「初めて会った人か?」

「そうです……」

 山田さんは救急搬送されたが、意識不明の重体に陥った。一命は取り留めたが、傷が数センチ深ければ、寝たきりか死亡していたところだった。

 警察は殺人未遂事件とみて捜査に着手。山田さんの携帯電話を解析したところ、直前までやり取りしていた佐野麻衣(同22)が浮上した。

 その日の午後、現場から遠く離れた地方の交番に「男性を刺しました」と言って、麻衣が出頭してきた。所持品のバッグから、新聞に包まれた血の付いた包丁が見つかった。麻衣はその場で逮捕されたが、その動機を聞いて警察官も仰天した。

「イライラしたので人を殺したかった」

「仕事や恋愛がうまくいかず、イライラしていたので人を殺して鬱憤を晴らしたかった。確実に殺したかったので、障害者を選んだ」

 山田さんと麻衣は事件の3日前、障害者同士の交流サイトで知り合った。

〈私は15年前に離婚し、息子たちと生活しています。13年前に交通事故で脊髄を損傷し、車椅子の生活になりました。女性の友達が欲しいです〉

 こんな山田さんの書き込みを見て、接触してきたのが麻衣である。

〈22歳のフリーターです。私も精神障害があります。よかったらメル友になりませんか?〉

 山田さんは自分がバツイチの53歳であるということも話したが、麻衣は〈全然大丈夫。お食事でも行きましょう〉などと誘ってきた。

〈麻衣さんは一人暮らしなの?〉

〈いえ、実家です。医者の父と専業主婦の母、医大生の妹と4人暮らしです〉

〈へぇ、すごいね。エリート一家じゃないですか〉

〈それがちっとも良くないんですよ。父とはずっと仲が悪いし、私の障害のことも理解せず、隠し続けた方がいいと言っています〉

〈でも、親御さんとしてはお婿さんをもらって、跡継ぎが欲しいんじゃないですか?〉

〈そんなことありません。それより私、山田さんのことが気に入りました〉

 山田さんが何を言っても否定せず、何度もメールを送られるうち、山田さんも急速に麻衣に惹かれていった。

〈麻衣さんは日頃、何をしているの?〉

〈スポーツジムに通ったり、バーに行ったり……。でも、いつも一人で行動しているので寂しいです〉

〈私の家の近くまで来てくれればごちそうしますよ〉

〈本当ですか。それなら、あなたの家に行って手料理をふるまいたい。バイトの都合もあるので、来週の土曜日はどうですか?〉

〈大丈夫ですよ〉

〈よかったー。早くあなたに会いたいです。あなたのそばにいたいです。あなたのことが真剣に好きになりました〉

 それから麻衣はやたらと〈2人きりになりたい〉を連発し、〈夜の公園とか神社とかに行きませんか?〉などと誘ってきた。山田さんが〈外は寒いし、ラブホはどうですか?〉と水を向けると、〈いいですよ。今からワクワクしています。よかったら私と泊まりますか?〉と誘ってきた。

〈何だか話の展開が早くて、ちょっと戸惑っています……〉

〈ごめんなさい……。私一人で盛り上がっていました〉

〈いや、そういうことじゃなくて、本当にこんなおじさんでもいいの?〉

〈私、もうあなたと結婚したいです。お見合いとかはしたくありませんから〉

〈麻衣さん、そういう話は会ってからにしましょう〉

 2人は写メを交換。麻衣は黒髪がよく似合うパッチリした目の美人だった。

〈すごい美人じゃないですか。何かのセールスですか。私はお金はありませんよ〉

〈ひどーい。それなら、ホテル代は私が出しますよ。私、家には帰りたくないんです。一日だけでもいいんです。お願いします〉

〈ごめんごめん。そういうわけじゃないんだ。何だか信じられなくてね……〉

 2人は話が盛り上がり、予定を繰り上げて、その日のうちに会うことにした。麻衣のバイトの都合で、山田さんの自宅近くのターミナル駅で午後10時に会うことになった。〈これから向かいます〉という麻衣のメールが最後の履歴になった。

 事件当日はクリスマスイブだった。2人は駅で会い、麻衣が山田さんの車椅子を押して近くの居酒屋に入った。

「実はクリスマスプレゼントがあるの」

 2人は焼酎やカクテルを飲み、お互いにメールしていた内容を確認し、店を出るとタクシーに乗り、ラブホテルに向かった。

 部屋に入ると、山田さんは小便がしたくなり、空のペットボトルに尿を出したが、麻衣は嫌な顔一つせず、それを便器に捨ててくれた。麻衣はカラオケを楽しみ、山田さんはいよいよ胸が高鳴って、雰囲気を作るためにビデオをつけた。

「実はクリスマスプレゼントがあるの。目をつぶってて……」

「こうかい?」

 山田さんは麻衣に言われて両手で顔を覆った。それから2〜3分経っただろうか。ガサガサとバッグから何かを取り出す音がして、いきなり体に「ドンッ」という衝撃を受けた。

 目を開けると、麻衣が体ごともたれかかっていた。体の麻痺のせいで何が起こったのか分からなかったが、麻衣の手には包丁が握られていた。

《懲役は⋯》「孫が生まれる、殺さないで!」被害者は臓器の一部を摘出⋯障害者男性を一方的に痛めつけた“22歳女性の末路”(平成24年の事件)〉へ続く

(諸岡 宏樹)