「これで借金が返せる」…父の死を“遺産目当て”で喜んだ息子が直面した〈銀行口座凍結〉の現実
老後も堅実に暮らしていた父の突然の死。その知らせを受けて駆けつけた息子が、まず向かったのは銀行の窓口でした。目的は“父の預金の引き出し”。自身の借金返済のためでした。「親の遺産があるから大丈夫」──そんな考えが、どれほど甘いものだったのか。法制度を無視した“勘違い相続人”が直面した現実をみていきます。
「親父の金でなんとかなる」…勘違いした息子が取った行動
田中一郎さん(仮名・享年74)は、定年退職後も持ち家に住みながら、年金と投資信託の運用益で堅実な老後生活を送っていました。公的年金は月20万円を超え、生活に不自由はなかったといいます。
一方、三人の子どものうちの一人、次男の裕司さん(仮名・42歳)は正反対の人生を歩んでいました。若い頃から浪費癖があり、消費者金融やカードローンなどで借金を繰り返し、返済が追いつかないまま債務総額は500万円超にまで膨らんでいました。
裕司さんは、借金の返済について真剣に取り組むことなく、心のどこかで「親の遺産でなんとかなる」と考えていました。
そんな矢先、一郎さんが病気で急逝。葬儀の前に銀行の通帳と印鑑を見つけた裕司さんは、「これで借金が返せる」と意気込んで銀行の窓口へ向かいます。
ところが──
「申し訳ありませんが、この口座は凍結されています」
そう伝えられた裕司さんは、驚きと焦りで声を荒げました。
「なんでだよ! 親父の金だろ! 俺の借金を返すために必要なんだよ!」
しかし、銀行の対応は一切変わりませんでした。
銀行口座の名義人が亡くなると、その口座は原則として即時に凍結されます。これは民法に基づく相続財産の保全措置であり、相続人が勝手に引き出してしまうことを防ぐためです。
相続人の一人であっても、遺産分割前に預金を単独で引き出すことはできません(ただし一部、預貯金の仮払制度あり)。原則としては、以下の手続きが必要になります:
●相続人全員の署名・押印がある遺産分割協議書
●戸籍謄本や印鑑証明書などの必要書類
●銀行所定の相続手続き申請書類一式
銀行は、上記の書類がすべて整ってはじめて口座の解約や払戻しに応じるため、数週間〜数ヵ月を要するケースも珍しくありません。
「遺産はすぐ手に入る」と思ったら大間違い
裕司さんが当てにしていた預金は、すでに遺産として扱われる財産です。相続人が複数いる場合、原則として法定相続分または遺産分割協議で決まった割合に応じて分ける必要があります。
相続税の申告期限は死亡から10ヵ月以内と定められていますが、実際の遺産分割や手続きが完了するまでには、1年以上かかるケースも珍しくありません。他の相続人との協議が難航した場合には、さらに長期化することもあります。
民法改正で“仮払制度”はあるが…限度額あり
2019年の民法改正により、「預貯金の仮払制度」が導入されました。一定の条件を満たせば、相続人単独でも上限付きで口座から仮に引き出すことが可能です。
上限:1つの金融機関あたり150万円まで
条件:預金残高・法定相続分に基づく計算式あり
用途:葬儀費用や当面の生活費などに限るケースも多い
しかし、今回のように借金返済目的での引き出しには基本的に応じてもらえず、そもそも裕司さんは制度自体を知らなかったようです。裕司さんはようやく事の重大さに気づきました。
「俺が相続できるのは一部だけ? そもそも、そんな簡単に下ろせないのか…」
さらに、他の兄弟たちとの関係が悪化していたこともあり、遺産分割協議がすぐに進む見込みもありません。頼みの綱だった“親の遺産”は、自分の手に届かないまま時間だけが過ぎていきました。
裕司さんはその後、債務整理を検討し、司法書士の支援を受けて分割返済の計画を立て直すことにしました。相続手続きは進行中ですが、すでに「遺産を頼る」という考えは捨てたといいます。
「親の遺産をあてにする前に、自分の暮らしを立て直さないと意味がない。それが身に染みてわかりました」
家族が亡くなった後の混乱を防ぐには、遺言書の作成や相続人同士の事前の話し合いも重要ですが、相続を受ける側もまた、自分の暮らしを自分で支える意識が欠かせません。遺産で借金を返せる──そう思った瞬間に、人生の設計はすでに誤っているのかもしれません。
