【長谷川幸洋】文在寅、安倍首相に突如として「すり寄り」日本はどう対応すべきか 慌てる韓国に合わせる必要はない

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事前調整なしの接触

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権が日本にすり寄ってきた。国内で強まる政権包囲網に加えて、米国が軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄方針を見直すよう、本気で圧力を加えてきたからだ。日本は「静観」が最良の対応である。

文大統領は10月4日、バンコクで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の控室で安倍晋三首相に接触し、ソファに着座したうえ、約10分間にわたって言葉を交わした。これは事前の調整なしに、文氏がその場でもちかけた接触だった。

話をしたかったのは文氏の側であって、安倍氏の方ではない。もっと言えば、文氏はなんとか対話のきっかけをつかんで、日韓関係を改善したかったのだ。それは、すぐ後に述べる事情であきらかである。

この場で安倍首相は、いわゆる徴用工問題について「1965年の日韓請求権・経済協力協定で解決済みだ」と従来の主張を述べた。これに対して、文氏は外交当局の協議とは別に「より高位レベルの協議を検討したい」と提案した、という。

文氏は翌5日、接触について「対話の始まりとなる意味ある出会いだった」と自分のフェイスブックに書き込んだ。文氏は、3日に大阪市で開かれた日韓交流イベントに「互いを理解し、配慮しようとする両国国民の姿勢が日韓関係を支える」などという内容の祝辞も寄せていた。

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大統領は、天皇陛下の即位礼正殿の儀に出席するため訪日した韓国の李洛淵(イ・ナギョン)に首相あての親書を託し、その中で「日韓首脳会談を開きたい」という希望を表明していた。親書の中身を明かしたのも、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相である。

さらに、天皇(現・上皇)侮辱発言をした韓国の文喜相(ムン・ヒサン)国会議長は4日、東京で開かれた20カ国・地域(G20)国会議長会議で訪日し「日韓両国の企業と国民から寄付を募って、元徴用工に対する補償に充てる」という案(1+1+アルファ)を提案した。

一連の流れを見れば、文政権が日本との関係改善に動き始めたのは明らかだ。国際会議の控室で、いわば強引に着席を求めて安倍首相との直接接触を図ったあたりは、焦りさえ感じられる。「通常の外交的手続きを踏んでいる場合ではない」という思いがにじみ出ている。

高まる退陣要求、経済の落ち込み

文政権はなぜ、突如として日本にすり寄ってきたのか。

背景には、まず政権支持率の低下がある。

10月3日に主催者発表で「300万人」が参加したとされる反・文在寅政権の集会が開かれて以降、政権批判の世論が高まった。チョ・グク法相が辞任を発表すると、動きはさらに加速し、韓国ギャラップの世論調査だと、大統領の支持率が39%と初めて40%台を割り込んだ。

これまで政権を支持していた新聞社では、若手記者らが編集幹部の退陣を求めて「反乱」を起こした。大統領府の前では、軍OBや予備役が連日、座り込みで大統領の退陣を求めている。いずれも、これまでは考えられなかった事態だ。

加えて、経済の落ち込みが激しい。

韓国最大の企業であるサムスン電子の7〜9月期の営業利益は前年同期比で56%も落ち込んだ。中央銀行である韓国銀行は10月16日、世界経済の減速と半導体市況の低迷を理由に、政策金利を0.25%引き下げている。だが、この程度の対応では、ほとんど焼け石に水だ。

政権は「就業率が増加している」と唱えている。だが、政府や地方自治体が失業した高齢者を雇って、道路補修や森林整備など、特段の技術や経験がいらない短期の単純労働をする「公共勤労」事業の効果が大きく、実際は過大宣伝と言っていい。

米国を怒らせたくない

最大の打撃になったのは、米国が日本とのGSOMIA協定破棄方針を見直すよう要求している点である。訪韓したデイビッド・スティルウェル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は6日、康外相らと会談し、協定破棄の見直しを求めた模様だ。この後、マーク・ミリー統合参謀本部議長も訪韓する。

文政権は当初、GSOMIAの破棄について「米国の理解も得ている」と主張していた。ところが、これは「真っ赤な嘘」だった。米国は当初からGSOMIAを破棄しないように、韓国に働きかけていたのだ。米国は破棄方針が伝えられると、直ちに強い懸念を表明した。

米国の怒りが本物と分かったとたんに、文政権は慌てだした。本音は、北朝鮮を敵視するGSOMIAを破棄したいのだが、いまの段階で米国を怒らせてしまうのは得策ではない、とようやく気づいたようだ。

なぜかといえば、ここで米国を怒らせてしまったら、文政権が自慢してきた「北朝鮮との仲介役」という「外交の金看板」を失うはめになる。それでなくても、北朝鮮からはさんざん罵倒されている。最近でも、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が金剛山の観光開発で韓国が建てたホテルの取り壊しを命じたばかりだ。

そのうえ、米国からも見放されたら、文政権は自慢できる成果が1つもなくなってしまう。内政は法相辞任と経済失政でダメ、外交も孤立が深まるだけでは、政権の求心力が失われるのは当然だ。そうなったら、来年4月に予定される総選挙の勝利も、おぼつかなくなる。

もし敗北したら、政権は完全なレームダック(死に体)状態になってしまう。それを避けるために、ひとまず反日姿勢を封印したうえで、日本との関係改善を図る。それで、日本が対韓輸出管理強化を見直してくれれば、GSOMIA破棄を見直す絶好の口実になる。そのために、日本接近を図っているのだ。

日本は「静観」に徹するべき

だが、いまの局面で日本が物分りのいいところを見せる必要はまったくない。そもそも、最大の問題である「いわゆる徴用工問題」で、文政権がまともに対処する姿勢がまったく見えない。

文国会議長が提案した「1+1+アルファ」など、たとえ自発的な寄付を装っていても、日本側が資金を拠出する理由はない。拠出したら、65年の日韓協定を日本自ら否定したも同然になる。文議長は、文政権が勝手に解散した慰安婦問題での「和解・癒やし財団」の残り基金も使う、などと言っている。デタラメもいいところだ。

政権の反日路線が終了したわけでもない。いま米国を敵に回したら、政権の居場所がなくなってしまうので、なんとか日本をなだめて「いまの苦境を乗り切ろう」としているだけだ。日本が甘い顔をすれば、いずれまた反日を復活するに決まっている。ここは何もせず「静観」に徹するべきだ。

文政権には「締め切り」がある。GSOMIA問題の最終期限は23日である。それまで日本の態度が変わらなければ、文政権はそれでも「GSOMIAを破棄するか」「破棄を取り消すか」という、2つに1つの選択を迫られる。

破棄すれば、米国の怒りを買って孤立する。かといって、破棄を取り消せば、重要政策の迷走で政権は求心力を失い、反政権勢力を勢いづける。文政権は、いよいよ断崖絶壁に追い詰められてきた。