アメリカはイラン攻撃によって「台湾有事にも関わる膨大で貴重な戦争データ」を生み出した…ホルムズ石油危機で語られない、もうひとつの真実
米国のイラン攻撃に対しては「トランプ大統領の迷走」などと、無計画で場当たり的であるかのごとき論評も散見された。作戦の出口もまた、「いかなる結末も暗闇の中」という分析が主流であった。しかし、イラン情勢において、これまでに生起した事象を冷徹に俯瞰すれば、米国が一連の軍事行動を通じて着実に国益の基盤を固めてきた構造が浮かび上がる。
前編【中国はホルムズ海峡危機で決定的なダメージを負った…「アメリカのイラン攻撃はバカなただただ誤りだった」という視点に欠けている大局観】より続く。
アメリカが獲得したもの
忘れてはならないのは、アメリカが今回の「実戦」を通じて数々の検証結果を得たことだ。「天然の要塞」と称される高原国家イランにおいて、地上戦における攻略の難しさは世界屈指とされる地形を誇る。その難攻不落の自然要塞において、米軍はおそらく、最新の統合作戦を試行し、衛星・宇宙・陸海空にわたる連携を実地で検証した。新兵器などを含め、いかなる机上演習も及ばぬ実戦データを獲得したはずだ。
防衛装備の世界に「バトルプルーフ(戦場で実証済み)」という言葉がある。その重みは、いかなるシミュレーションの評価とも比べものにならない。米国は今回、イランという最難関の舞台でその実績を積み重ねた。中国はおそらく、こうした経験を持ち合わせていない。
荒涼たる大地に守られたイランの国土は、同じく大陸を背後に持つ北朝鮮の地形的特質とも通底するものがある。現に対峙する中国・北朝鮮を見据えるとき、このような経験値と実戦データの蓄積が持つ意義は、捉えきれないほど大きい。
こうした文脈に照らせば、長崎から出港した米軍の揚陸部隊は、単なる戦力増強や対イラン圧力のためだけの存在ではあるまい。仮にカーグ島への上陸作戦が実行されなかったとしても、陸海空に宇宙を加えた統合運用を実地で試すことこそが念頭にあると読み解くことは、自然である。
米国は、軍事的な国益に資するという視座を常に手放さない。すなわち、「米国は今後30年から50年先を見据え、他国との熾烈な競争における優位をいかに確立するかを常に意識している」(国際安全保障筋)。そうした洞察が米国の行動原理を貫いている。この問いは、単なる経済的合理性の次元だけでは、計り知れない側面を孕んでいる。
トランプ大統領の言動が揺らいで見えた時期があった。発電所攻撃を予告しながら翌日に延期する。停戦の時期を明言しない。メディアの中には、これを「思いつき」などと論評する向きもあった。しかし、軍事覇権国たる米国の対処方針は本来、一国家元首の気分ひとつで二転三転するはずがない。相手の出方を見極めながら臨機応変に対応を修正することは、むしろ当然である。
そして、指揮官が巧みにポーカーフェイスを保つとき、敵方はその真意を読み解けない。つまり、外から見て「意図が読めない」こと自体が、最も有利な立ち位置に他ならない。指揮官の思考が透けて見える方が、はるかに問題である。トランプ政権において戦略の立案・策定に携わる真の実務者たちにとって、トランプ氏が「ふらつく演技」を演じてくれるほうが、世界を煙に巻く上で好都合であることは想像に難くない。
台湾海峡封鎖との酷似
むろん、課題は残る。核施設への打撃が完全でなかったとすれば、イランの核開発を再び抑止しなければならない局面が到来する可能性は排除できない。加えて、イランが米国に対して抱く怨嗟と復讐への衝動は、世界各地でのテロ活動を再燃させる火種となりかねない。米国の「成果」を過大に評価することへの自戒は不可欠である。
されど、エネルギーと軍事力は、古今を問わず国家の根幹をなす二大基軸である。中長期の視野で眺めれば、地政学・地経学では核となる要素において、米国は一連の行動を通じて、その優位性を確実に高めた。
中東が動揺しても、米国のエネルギー自給体制、ひいては国家の基盤そのものは、容易に揺らぐものではない。中国は原油供給の急所を押さえられ、台湾有事へと向かう動きを再考せざるを得なくなった可能性は十分にある。米国家情報局が3月に「中国の2027年台湾侵攻計画はない」とする報告書を公表したことは、こうした複合的な文脈を背景に持つと見て差し支えあるまい。
そして、米国によるホルムズ海峡封鎖という手法は、奇しくも、台湾情勢において、中国が行うかもしれないとの観測がある台湾海峡封鎖のシナリオと、構造的に酷似している。
自明のようで重要な命題がある。仮に、米国とイスラエルによるイラン攻撃が、成功とも失敗とも断じがたい結果に終わったとしても、米国という国家そのものは転覆しないという事実である。米・イラン有事において、イランには国家体制の転換が生じ得る。しかし米国には、それが起こり得ない。この非対称性こそが、すべてを規定している。
来る中間選挙や次期大統領選で共和党が敗れることはあるかもしれない。だが、米国という国家の存続に疑いを挟む余地はない。そして、共和党が政権を失おうとも、長期的視野に立って国益を最大化するという政策担当者たちの大方針は、揺らぐことがないとさえ言える。
そして、地上での「泥沼と化した消耗戦」を回避しようとするならば、米国は手堅く「取るべきものを取り終えた」時点で早々にイランから手を引けばそれで足りるのだ。あえて乱暴に言えば、リアルポリティクスの観点において、米国にとってのイラン攻撃は「ローリスク・ハイリターン」に他ならなかった。
戦局がどうなろうとも
もちろん、国際法上の問題、あるいは「超大国の横暴」といった非難が湧き上がっていることは、重く受け止めねばならない。正義であるのかどうかという重い問いは、当然、別の次元の問題として存在する。
さりとて、トランプ大統領が国際社会の非難を承知しながら攻撃を断行したことについて、既に傍若無人との評が定着したトランプ氏であるがゆえに、躊躇なく踏み切ることができたという逆説的な解釈は成立する。そうであるならば、これは非常なる深謀遠慮と言うべきであろう。
世界規模で卓越した情報能力を持つ米国がイランを攻撃するのである。出口戦略が難航する場合を想定していないとは、考え難い。戦局がどうなろうと、確実に一定の成果を勝ち取れるという計算された選択肢の下で、その都度、最善の着地点を探っていると見るのが妥当だ。
情報は分析の深度と質によってこそ輝く。日々の事象の表層をなぞることに終始していては、物事の本質には届かない。まず問われるのは、エネルギーと武力という2本の柱によって国際秩序が組み上げられているとさえ言うべき厳然たる事実を、正面から凝視する覚悟である。日本にとっては、経済的合理性にのみ依拠しがちな視座を、戦略的想像力によって超克しなければならない。
今なお朽ちることなき米国の強さの本質は、長期的な国益の確保という一点を見失わぬ圧倒的な戦略性にある。暗夜にあって超然と輝く北極星のみを頼りに、遥かなる大空を渡る鳥のごとく。
(もっと読む→【アメリカはイラン攻撃によって「台湾有事にも役立つ膨大で貴重な戦争データ」を手に入れた】)
