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レーシングドライバーが駆りラリーで優勝

プロトタイプとして当初の役目を終えた最初期のオースチン・ヒーレー100、車体番号AHX16は、英国人レーシングドライバー、ベティ・ヘイグ氏が購入。1953年7月に名義変更を終え、8月のグレート・オークラム・ヒルクライムレースへ出場している。

【画像】19台のみのハンドビルド オースチン・ヒーレー100 プロトタイプ 同年代の英国車も 全132枚

レースではオーバーヒート気味で、ボンネットを外して走行。カーブが連続する約400mのコースを、27.49秒で走破した。9月にはブライトン・スピード・トライアルへ参戦。1953年10月時点での走行距離は、ヘイグが残したメモによると約4000kmだった。


オースチン・ヒーレー100 プロトタイプ(1953年)

その後ヒーレーの本社へ戻され、エンジンの圧縮比を8:1へ向上するなどの改良を実施。1954年1月に、ル・マン仕様として仕上がっている。

1954年3月には、パリ=サン・ラファエル・フェミニンラリーへ参戦。パリを出発し、ランス、マルセイユ、トリノ、サンレモ、モンテカルロを経由し、コートダジュールを目指すルートを完走しただけでなく、2.0L以上のクラスで優勝を果たした。

1954年4月に、ヘイグはAHX16を売却。2014年までに12人のオーナーを経て、クリス・ディクソン氏が我がものとした。ボディは3度も色が変えられ、1962年には375ポンドで売りに出ていたらしい。しっかり走り込まれ、見た目は良くなかったという。

1989年には部分的にレストアを受け、ダークグリーンに塗られたようだが、ボディパネルにはギャップが目立っていた。何層もの塗装を剥がすと、沢山のパテが盛られているのも判明した。

凛々しいヒーレーアイス・ブルーのボディ

完璧な状態を目指したディクソンは、英国のビル・ロウルズ・クラシック・カーズ社へレストアを依頼。ケープ・インターナショナル社やカナダのブレア・ハーバー氏の協力を得ながら、ヘイグがレースを戦っていた頃の仕様が細部まで復元されている。

ボディの状態は褒めにくかったものの、シャシーには殆どサビがなかった。ボディシェル自体はオリジナルを利用できたが、前後のフェンダーは新品へ置換。インテリアも全面的にリフレッシュされている。


オースチン・ヒーレー100 プロトタイプ(1953年)

2.7L 4気筒プッシュロッド・エンジンは、スチール製クランクとアルミ製サンプでリビルド済み。ヘイグがル・マン仕様にアップグレードした内容に合わせ、カムシャフトは専用品が組まれた。キャブレーターを覆うエアボックスも、綺麗に再現されている。

トランスミッションとオーバードライブはオーバーホール。ラジエターはオリジナルのシェルを残しつつ、コアが3列から4列へ増やされ、オーバーヒートに備えている。

サスペンションとリアアクスル、ブレーキも再構築。48スポークのワイヤーホイールは、新品が手配された。見事なレストアを経て、ヒーレーアイス・ブルーのボディが凛々しい。

はやる気持ちを抑えつつ、ドライバーズシートへ。筆者が過去に体験したヒーレー100とは、印象が細部で異なることがわかる。

ライト・チューニングされ一層たくましい

走行中は左側のドアがカタカタと鳴る。しっかり組み上がっており、1つの塊のような印象を受けるものの、しなやかさが漂う。

2.7Lエンジンはトルクフル。量産仕様でも同じことはいえるが、ライト・チューニングされたことで、一層たくましい。僅かに速いようだ。


オースチン・ヒーレー100 プロトタイプ(1953年)

アルミ製のボディが、どの程度軽量化に繋がっているのかはわからない。スチール製より軽いはずだが、素材として柔らかいため、パネル自体は少し厚い。恐らく40kg程度の違いに留まるだろう。

太いトルクで、アクセルペダルを踏まずとも静かにクラッチを繋げる。大きな4本のシリンダーが発生するパワーは線形的で、扱いやすい。ただし、発進時は少々丁寧な操作が必要。駆動系が共振してしまい、跳ねるような挙動を招くことがある。

オーバードライブが付いた3速マニュアルは、連続するカーブで必要なギア比を提供する。2速のままオーバードライブに入れることで、丘陵地帯に伸びる道をまかなえる。

ベースとなったトランスミッションは、オースチンのサルーン、A90用の4速マニュアル。本来ギアは4段分備わるが、1速目が省かれ3速化されている。トップギアでオーバードライブに入れれば、1000rpm当たり約40km/hで走れる。

タイトコーナーでプッシュすると、新しいラジアルタイヤでもオーバーステア気味。グリップが弱めのタイヤでも良いだろう。早い段階でテールスライドへ持ち込めれば、軽快にドリフトできそうだ。

ブレーキは大きなドラム。幅は44mmと細いが、充分な制動力を発揮する。

まだ雲の上の存在にまでは昇り詰めていない

時間を忘れて堪能し、試乗の終わりが迫ることへ気付き寂しい気持ちになる。完成度が高く、ドライバーへ優しい。類まれなブリティッシュ・スポーツだ。ただし、お値段も相応にする。

最初期に製造された、200台のアルミ製ボディをまとうジャガーXK120が、それ以降の量産仕様より高価なことと同様に、アルミ製ボディのヒーレー100もお高い。相当に。


オースチン・ヒーレー100 プロトタイプ(1953年)

「初期のヒーレー100 Sは55台が作られ、最近は100万ポンド(約1億8100万円)を下りません。プロトタイプのヒーレー100は、19台しか作られませんでした。恐らく、その半額程度には達するでしょうね」。オーナーのディクソンが苦笑いを浮かべる。

100 Sのテスト車輌になったプロトタイプの1台は、2011年12月に開かれたオークションへ出品された。その落札金額は、当時で84万3000ポンド。予想落札額の44万から50万ポンドを、大幅に超えた過去がある。

しかし、同じ場へ出品された左ハンドルのAHX11は、10万2700ポンドで落札された。2015年のオークションでは、4番目に作られた右ハンドル車のAHX19が、レストアされていない状態で16万4300ポンドだった。

ヒーレー100にどの程度の価値を見出すのかは、人それぞれだろう。だが、まだ雲の上の存在にまでは昇り詰めてもいないことを知り、少し胸をなでおろした。

協力:ビル・ロウルズ・クラシック・カーズ社

オースチン・ヒーレー100 プロトタイプ(1953年)のスペック

英国価格:−
製造台数:19台
全長:3835mm
全幅:1537mm
全高:1226mm
最高速度:189km/h
0-97km/h加速:9.3秒
燃費:−km/L
CO2排出量:−g/km
車両重量:987kg
パワートレイン:直列4気筒2660cc自然吸気
使用燃料:ガソリン
最高出力:101ps/4500rpm
最大トルク:20.7kg-m/2000rpm
トランスミッション:3速マニュアル+オーバードライブ(後輪駆動)