「経験ナシ、資格ナシ」外見だけで生きてきたアラサー女の、残酷すぎる市場価値
「女の価値は、顔でしょ?」
恵まれたルックスで、男もお金も思い通り、モテまくりの人生を送ってきた優里・29歳。
玉の輿なんて楽勝。あとは、私が本気になるだけ。
そう思っていた。
だが、30歳を前に、モテ女の人生は徐々に予想外の方向に向かっていく…。
受付から経理グループへの異動を打診された優里。どうしても納得がいかない彼女は、ついに動き出すが…?

−ごめんなさい、急用が出来てしまって。リスケお願いします…。
とりあえず2週間、予定を空っぽにするためだ。
キャンセル連絡をするかたわら、次の勤め先を探していた。
−経理グループなんか、絶対に考えられない!
経理グループへの異動は嫌。受付から離れるのも嫌。これが、転職を決意させた理由だ。
−さっさと転職しなくちゃ。売り手市場って聞くし、楽勝でしょ。
求人情報サイトをスクロールしながら優里は驚いた。
もっと早く転職活動すれば良かったと思うほど、好条件の求人ばかりが掲載されているではないか。
とりあえず、目についた大手のエージェントに登録してみる。希望職種は、事務を選択。勤務地は都心部(正確には、港区・中央区・千代田区)以外ありえない。
最後に面談希望の日時を入力し、あとは担当者からの連絡を待つばかり。
−これでバッチリね。
大手企業なら福利厚生も充実しているだろうし、会員制リゾートクラブも使えちゃったりして!
次から次へと楽観的な妄想が優里の頭に浮かぶ。
登録しただけで何も決まってはいないのに、なぜか安堵した優里は、鼻歌まじりにネットショッピングを始めるのだった。
転職エージェントと面談する優里。そこで待ち受けていたのは…?
希望的観測で生きる女
仕事を終えた優里は、丸の内へと急ぐ。
今日は、先日登録した転職エージェントとのカウンセリングが入っているのだ。
アイスブルーのワンピースに、白のノーカラージャケットを羽織って、ヌードベージュのジミーチュウを合わせた。
清楚系コーデに、愛らしいルックス。これで、オジサマ受けバッチリということは一発で分かるはずだ。
早めにオフィスに到着した優里は、ロビーのトイレで化粧直しに取り掛かる。
最後にお気に入りの香水、ロジェ・ガレをワンプッシュ、ほんのりと香らせて受付に向かうのだった。

「ご足労いただきありがとうございます」
案内された応接室で待っていたのは、推定年齢45歳、バリキャリオーラを放つ気の強そうな女性だった。
−うわぁ、絶対に気が合わないタイプだわ。イケメンが良かったなあ。
「初めまして、勝俣です。よろしくお願いします。早速ですが…」
勝俣は、淡々と話を進め、ヒアリングを始めた。
「これまでの経歴、所有している資格について教えていただけますか?」
優里は都内の女子大を卒業後、弁護士4人の小さな法律事務所の事務として働き始めた。
大学時代、とある法律事務所でアルバイトしていたのだが、そこの弁護士が独立し、その事務で雇ってくれたのだ。
事務といっても、お茶汲みやコピー取り、接遇がメインの仕事。
アルバイトと大して変わらない日々だったが、アフターファイブが多忙の優里には、残業ゼロの職場はありがたかった。
しかし、2年経った頃、優里は「もっとキラキラした職場で働きたい!」と思うようになる。
そこで、今の会社の受付に応募したところすぐに採用され、あっさり転職を決めたのだ。資格なんてあるワケがない。
「特に…、ないです」
優里が答え終わると、勝俣は「そうですか」と淡白に答え、次の質問を続けた。
「ご希望の年収や雇用形態はいかがでしょうか」
「結婚を考えると、年収とか雇用形態は別に…」
優里が答えると、勝俣は驚いた表情で、話を遮って「ご結婚の予定があるんですか」と尋ねてきた。
「今は特に…。将来的な話ですけど?」
優里は、こんなにも結婚に敏感に反応するなんて、勝俣も相当焦っているのだろうと察する。
確かに勝俣の薬指には指輪は光っていないが、“結婚”という言葉に敏感に反応するのはやめてほしい。
そんなことを考えていると、勝俣がピシャリと言い放った。
「根拠のない希望的観測で、物事を決断するのは良くないと思います」
突然の叱咤に、ビクッと肩をすくめる。
−説教くさいこと言われるの、面倒だなあ。
優里は、心の中で毒づく。さっさと求人情報を教えてくれればいいものを、これは完全に想定外だ。
長丁場になってきた面談に、段々と飽き始めてしまった。
「それでは、20社へのエントリーと職務経歴書と自己PRのアップロード、それから…」
「え!20社もエントリーしなくちゃいけないんですか!?」
もっとサクサク転職出来るものだと思っていた優里は、目を丸くして驚く。やることだらけじゃないか。
自分はこういうコツコツ系の作業は苦手だ。急速にやる気を失っていると、勝俣はこれ見よがしに咳ばらいをしてから、お説教を続ける。
「売り手市場と言われていますが、事務系の有効求人倍率は0.3倍です。
1つの求人に3人以上が応募している現状です。非常に人気なので、かなり熾烈な争いです」
優里がポカンとしていると、勝俣がトドメを刺すように告げた。
「生半可な気持ちで出来るものではありません。覚悟してください」
しかし、この言葉は少しも優里の心に届いてはいなかった。
この時優里は、勝俣の、このシビアな言葉の意味をまだよく理解していなかったのだ。
−そんなこと言ったって、どうにかなるでしょ。
渋々、20社にエントリーした優里。余裕だと思っていたが、結果は…?
大量の不採用通知
帰宅した優里は早速、希望する会社のリストアップを始めたが、あっという間に20社に到達した。
「大手企業もこんなにたくさんあるんだから問題ないじゃない」
渋々、職務履歴書と自己PRもアップした優里は、リストアップした企業のエントリーをポチポチと始める。
面倒だと思っていたが、志望理由などネットで適当に拾ってきたものをちょっとアレンジして、あとはコピペ。さほど時間も労力もかからずに済んだ。
勝俣に言われた通り、20社にエントリーを終えた優里は「あー、疲れた」と、ソファにゴロンと横になる。
明日からは、面接の調整で忙しくなるだろう。昼間の面接なら、バレないように有給も取らなくては。
そんなことを考えているうちに、そのまま深い眠りに落ちていった。

数日後―。
「うそでしょ!?」
『ソラシオ』でランチをしながら、転職サイトからのメールのチェックをしていた優里は、思わず叫んでしまった。
エントリーした20社のうち、半数以上から「今回は採用を見合わせていただく…」という不採用通知メールが入っていたのだ。
1社だけ書類選考通過、面談に進んでほしいという連絡は来ていたが、優里の中では第二希望群の会社だ。
第一希望群の会社、ほとんどから不採用通知を受けるなんて信じられない。
マリーアントワネットが一夜で白髪になったくらい、アンビリーバボーな話だ。
予想外の結果に愕然としていると、優里のスマホが鳴る。
「もしもし?」
見知らぬ番号に恐る恐る出てみると、電話の主は勝俣だった。
「お疲れ様です。勝俣です。今少しお時間よろしいでしょうか」
「は、はい…。少しなら」
優里が小声で答えると、勝俣は超早口で話し始めた。
「書類選考の結果が届いていると思いますが。
結果を踏まえ、もう一度カウンセリングを行いたいのですが、近々、またお話出来ないでしょうか」
−えー、また説教されるのとか勘弁…!
面倒に感じた優里は、「ちょっと忙しくて…」と、やんわりと断ってみる。
すると、勝俣は「転職を本気でお考えでしたら、集中して取り組んでいただきたいのですが」と強い口調で言い放つのだ。
正直なところ「嫌だ!」と投げ出したくなる気持ちは山々だが、経理グループへの異動はもっと嫌だ。もしここで勝俣のアポを断ってしまったら、その先に待っているのは―。
初心に立ち返った優里は、渋々、今夜面談に行くと告げる。
「18時半にお待ちしています。それでは」
勝俣がガチャリと電話を切った後も、あの氷のように冷たい視線や、怖い顔が脳裏にこびりついて離れない。
―今度は何言われるんだろう…
そして迎えた18時半。
応接室に入った優里に、勝俣は開口一番こう言ったのだ。
「このままでは、絶対に転職出来ないと思います。無理です」
▶︎Next:7月4日 木曜公開予定
優里VS勝俣。転職をめぐって、ゴングが鳴り響く。

