2026年3月27日、ネパールの首都カトマンズの大統領府で行われた宣誓式でのバレン首相(EPA=時事)

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 ネパール下院総選挙で圧勝した国民独立党のバレンドラ・シャハ氏(35)が新首相に就任した。連立が続いてきたネパール政治の中では異例となる単独政権となる。常にサングラスをかけ、ヒゲを生やした"ちょいワル"な見た目で注目を集めるが、その実像は"異色の政治家"という一言では語りきれない存在だ。 

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 1990年、マデシュ州に生まれ、首都カトマンズで育ったバレンドラ、通称「バレン」。父ラーム・ナラヤン・シャハ氏はナラデビ・アーユルヴェーダ病院で働いた医師で、母ドゥルヴデヴィ氏は南東部のジャナクプルにルーツを持つ。

 父の専門だったアーユルヴェーダは、インドでは国家制度の下で教育と資格が整えられた伝統医療であり、単なる民間療法ではない。兄は会計士、義兄は銀行勤務、姉は画家と、インテリ家系とみられる。

 海外ジャーナリストが続ける。

「バレン氏は、学業を重んじ、ネパールの工科系大学で土木工学を学んだ後、インドの国立工科大学で構造工学を修めたと報じられています。ラップを始めた時期も早く、2012年に発表した初シングル『Sadak Balak』は、中学3年〜高校1年のころに書かれたものだとか。路上生活の子どもたちの差別や格差を描いた内容は、当時から強い社会意識を帯びています。

 2010年代前半にはラッパーとして広く知られるようになり、オンライン上で支持を拡大。2017年には本人がFacebookで『私は土木工学部を卒業し、構造工学の修士の途中だ。私は国づくりの方法を知っている。次の選挙では自分に投票する』と投稿しており、すでにこの頃から政治進出を視野に入れていたことがうかがえます」

 大学卒業後は"街をどう造るか"を考える構造エンジニアとしてキャリアをスタートした。その一方でラッパーとしての活動も続け、権力者の腐敗や既成政治を正面から批判する楽曲で注目を集める。支持は若年層を中心に急速に広がり、そのまま政治的な基盤へとつながっていった。

 こうした勢いに乗り、バレン氏は2022年に無所属でカトマンズ市長に当選。さらに2026年のネパール国政選挙(下院総選挙)では伝統政党への不満を背景に支持を広げ、大勝した。

経費は約149万円、ランドローバーは提供車両…スタートアップ企業のような選挙戦

 YouTubeで1000万回再生を超えるヒット曲もあるバレン氏だが、それだけで生活基盤を築けるほどの収益にはつながっていないとみられる。

 総選挙後に提出した費用報告では、選挙経費は上限の250万ネパール・ルピー(約260万円)を大きく下回る141万7289ネパール・ルピー(約149万円)にとどまった。選挙戦で使用していたランドローバー・ディフェンダーも企業側から提供された車両と報じられており、資産の詳細は公表されていないものの、巨額ではないと推察される。

「選挙戦はSNSを軸に展開し、660人からなるソーシャルメディアチームと戦略チームを組織。演説を短い動画にカットして即座に拡散し、支持者の反応をリアルタイムで分析しながら次の発信に反映する手法が取られました。従来型の政治というより、スタートアップ企業のような選挙戦だったと指摘されています。

 ネパールでは家系や人脈に依存する政治が根強いとされる中、SNSと個人発信を軸に支持を広げた点が勝利の要因の一つとみられています。"権力は血筋でも資産でもなく、言葉で掴める"ことを体現し、首相就任前夜にも新曲を投稿するなど、今なお音楽と政治を切り離さない姿勢を貫いています」(同前)

妻サビーナ・カフレ氏の存在

 もう一つの勝因として指摘されているのが、妻サビーナ・カフレ氏の存在だ。今回の総選挙では戸別訪問の先頭に立つなど、実務面でも夫を支え、選挙戦を後押ししたとされる。

 サビーナ氏は公衆衛生分野の専門職として働くかたわら、愛や人生をテーマにした詩人・作家としても活動。作品は若い世代を中心に人気を集め、選挙でも重要な役割を果たしたとされる。

「サビーナ氏がSNSに投稿していた詩をきっかけにバレン氏が連絡を取り、文学という共通の関心を通じて2人は関係を深めていったとのこと。そして2017年に文学イベントで対面、2018年に行った結婚式は親しい家族のみで行われた質素なものだったといいます。

 2023年には娘も誕生していますが、私生活については多くを語らず、派手な暮らしぶりも伝えられていません」(同前)

 ネパール政界の新しい顔は、富と血筋に支えられた既存の権力者ではなく、"言葉"で這い上がってきた。かつて「指導者はみんな泥棒だ」と叫んだ男が、いまやその"権力の側"に立っている。その言葉が現実を変えるのか、それとも飲み込まれるのか--真価が問われる局面に入った。