【伊藤博之氏×武田隆氏対談】(後編) 初音ミクが見せるインターネットの未来
PCが普及したことによって何が変わったか。答えはごまんとあるだろうが、ひとつ重要なこととして「かつては才能を認められた一部の人だけのものだった『創作活動』が、一般の人の手にも行きわたるようになった」ことが挙げられるだろう。その結果の顕著な成功例が、「初音ミク」だ。
しかし、PCの普及だけが初音ミクの成功要因ではもちろんない。もうひとつ見落としてはならないのが、ある範囲内でなら二次創作活動を自由に認めるという、独自「ライセンス」の存在だ。
「ミクのパンツは何色?」の質問を、会議で話し合った
伊藤 歌声合成ソフトウェアの「初音ミク」を発売したのは、2007年8月31日です。発売直後、音楽だけでなく、ネットにミクのイラストがぶわーっと広がりました。
武田 音楽クリエイターだけじゃなく、絵師(イラストを描く一般ユーザー)も盛り上がったんですね。
伊藤 はい。たくさんの音楽に加えて「初音ミク」のたくさんのイラストが絵師さんによって描かれました。素敵なイラストで祭になることで、「初音ミク」の存在がネット中に知れわたるとともに、音楽クリエイターの創作意欲を喚起したという側面もあります。
一方、当社には今まで受けたことのない質問や相談が毎日山のように届くことになります。例えば、「自分が描いた『初音ミク』のイラストを自分のブログに載せて良いか?」「動画にして動画サイトに投稿して良いか?」などの質問や、中には「『初音ミク』のパンツは何色ですか?」のような答えられないものまで。
武田 それは……(笑)。
伊藤 もうね、毎晩会議ですよ。通常業務が終わったあと担当者で集まるんです。何と回答すべきかと。
武田 それまで音楽好きに向けて音源を提供していた硬派なクリプトン社が、音楽以外のキャラクターに関するファンからの質問に逐一答えていたとは驚きです。
伊藤 夜の9時、10時くらいから、その日に来た問い合わせメールを全部洗い出して、担当者と頭を悩ますわけです。それ以外にも、自分が描いたイラストが別な方の動画に無断で使われたことについての相談や、過度に性的だったりグロテスクだったり望まれない使われ方を悲しむ声とか、「初音ミク」に関するありとあらゆる問い合わせが毎日寄せられる。
武田 いろいろなユーザーが、それぞれの想いを乗せて問い合わせてくるんですね。
伊藤 うちは音楽ソフトウェアの会社で、キャラクターは副次的なものでした。なので、公序良俗に反しない、誹謗中傷しない、ビジネスとして使わないなど、いくつかの点に気を配ってもらえれば、個人の範囲内で創作していただき、自分の作品をネット上にあげてもらってかまわないわけで、各問い合わせにはそのように回答しました。
武田 ある程度、ユーザーの判断に任せたということですか。
伊藤 そうですね。問い合わせに対する回答が次第に定型化できるようになると、ならば最初から「こういう範囲で使ってください」「こういう用途には使わないでください」ということをウェブに載せたほうが良いのでは、ということになり「キャラクター利用のガイドライン」として公開しました。また、クリエイター同士がコラボレーションを通じた創作が容易に行える場をつくった方がいいだろうなあと思いまして、投稿サイトの「ピアプロ」を開発して公開しました。
武田 そのうち、初音ミクが歌うオリジナル曲が投稿され、その曲に合わせたイラストが描かれ、アニメーションPVができたり、ミクにダンスを踊らせたりと、どんどん展開していきますよね。さらに、人間がその曲を歌ってみた動画や踊ってみた動画など、ニコニコ動画を舞台に次々とコラボレーションが起こって……さまざまな人が関わり合って広がっていく様子が伝わってきて、とても感動したのを覚えています。
この状況って、伊藤さんがスイス人と曲を合作していた(本対談前編参照)ときとは、スピードも規模もまったく違うことが起こっていますよね。
伊藤 はい。フロッピーを送っていたら相手に届くのに10日かかる。ところが、ネットだと瞬時に相手に伝わる。音楽ソフトウェアの「初音ミク」にアイコンとしてキャラクターを付したところ、キャラクターが媒介となって、結果として音楽以外にもイラスト、動画、コスプレなど多様な創作が生まれました。まさに、人間のクリエイティビティに火がついた! と思います。
