「確定申告はAIに任せられない」は本当か…freee時価総額は5分の1に、会計ソフト企業の株価が示す「神話の崩壊」
「会計ソフトはAIに代替できない」という神話の崩壊
「確定申告や経理は、責任の重みが段違い。AIには絶対に奪えない」--。
会計ソフト企業の将来を語る際、こうした楽観論は根強い。税務申告を間違えれば追徴課税、決算処理を誤れば有価証券報告書の虚偽記載。ミスが致命傷になる領域だからこそ、AIが入り込む余地は小さいという見方だ。これは一見、説得力のある見立てにも思われる。
ところが、市場はこの種の安全神話をまるで信じていない。
freee(4478)の時価総額は、2021年2月のピーク時に6,000億円を超えていた。それがいま約1160億円(原稿執筆した4月13日時点、以下同)まで落ち込んでおり、5年間で実に80%が消失した。
しかも、2025年6月期に創業13年目で初の最終黒字を達成し、2026年6月期も売上高419億円(前期比26%増)への上方修正を発表しているにもかかわらずである。
注目すべきは、この現象がfreeeだけに起きているわけではないという点にある。
世界最大の会計ソフト企業である米国のIntuit(INTU)の株価は、2025年半ばの約813ドルから2026年4月には361ドル前後まで55%超下落し、4年ぶりの安値を記録した。
売上高は前年同期比17%増、営業利益は44%増とこちらも好調な業績に逆行する格好となった。
業績好調なのに株が売られる。日米の会計ソフト企業に共通するこの奇妙な現象は、単なるセクターローテーションでは説明がつかない。その背景には、ある構造的な仮説がある。
「間違えたら致命的な業務」ほど、AIに置き換わりやすい?
税務申告や経理の責任が重いことは事実だ。しかし、責任が重いこととAIが出来ないということは、実はまったく別の問題だ。
ここで考えてみてほしい。経理や税務申告の業務ロジックは、すべて法令と通達で”要件定義”されている。所得税法、法人税法、消費税法。インボイス制度の適格要件。電子帳簿保存法の保存要件。こうしたルールは条文として明文化され、判例や通達で具体例が蓄積されている。いわばオープンソースの仕様書だ。
「しかし、条文の解釈が割れるケースは裁判になるではないか」と反論する向きもあるだろう。だが、その裁判例もまた膨大なテキストデータとして公開・蓄積されている。
判例の横断検索、類似事案の抽出、条文と事実の照合というタスクは、AIが最も得意とする「大量のテキストからパターンを見出す」作業そのものだ。解釈の揺れがあるからこそ人間が必要だったのは、過去の裁判例を網羅的に参照することが人間には困難だったからにすぎないのではないか。
皮肉なことに、間違えたら致命的な領域ほどルールが厳密に明文化されており、ルールが明文化されている領域こそAIが最も得意とするフィールドなのかもしれない。
米国では、間違えたら本来の意味で致命的な「自動車の運転」も人手を一切介さない形で提供される事例もみられつつある。自動車の運転も道路交通法規で明確に要件が定義されている。自動車の運転が自動でできるのに、税務申告はできないというのは論理性を欠いている。
米国ではAprilが2025年7月に3,800万ドルのシリーズB調達に成功し、新興企業として注目を集めている。直近では9日にJunoが1,200万ドルのシード調達に成功し、AIで申告書作成の90%を自動化、処理時間を半減させると謳っており日本でも同様のサービスが広がりを見せてくる可能性がある。
では、freeeの競合はどうか。
マネーフォワード(3994)は2025年11月期に売上高503億円、初の最終黒字15.8億円を計上した。しかし、マネーフォワードの株価下落率も2025年のピークから40%ほど発生しており、freeeやIntuitほどではないとはいえ、相対的に傷が浅いだけであるという見方もできる。
海外ではIntuitがOpenAIとの1億ドル規模の提携を発表し、自社のプロダクトをChatGPTに直接統合する戦略を打ち出した。この施策をもってしても、同社の株価は安値から脱却できていない。
市場が恐れているのは、会計ソフト企業の業績悪化ではなくビジネスモデルの陳腐化であろう。法令準拠のロジックを実装し、月額料金で提供するというモデルそのものが、汎用AIの精度向上により誰でも無料または極めて安価にできることに変わるリスクを、投資家は値付けし始めている。
会計SaaS、値上げは誰のため?
この懸念を増幅しているのが、各社の「値上げ」戦略だ。freeeのARPU(1ユーザーあたりの平均売上高)は前年同期比11.2%上昇し年60,800円に達した。マネーフォワードも2025年6月にスモールビジネスプランを年額35,760円から53,760円へ約50%引き上げている。
いずれも、プロダクトの品質が劇的に向上したからというよりは赤字体質から脱却するための市場や投資家からの業績要求や、内部人件費の高騰を既存ユーザーへの価格転嫁という形で対処するという側面が大きいからであるように思われる。
ユーザーの中には、「毎年同じ機能を使っているだけなのに値段だけ上がっている」などと不満を漏らすものが一部でみられる。そのような状況下で、AIのパフォーマンスが会計業務を飲み込む時が来たとき一転、大量解約のトリガーになりかねない。
もちろん、すべての会計ソフト企業が即座に淘汰されるわけではない。毎年のように改正される税制、インボイス制度や電子帳簿保存法といった日本固有の複雑な法制度への即時対応は、汎用AIにとって一定のハードルとなる。
だが、市場が値付けしているのは短期の業績ではなく数年後のビジネスモデルの生存確率だ。
2000年代にカーナビの地図メーカーは正確な地図データの維持には専門的ノウハウが必要であると主張していた。この主張自体は正しかったが、Googleマップが地図データを無料化するとノウハウの経済的価値は消滅した。会計ソフトの「法令準拠ロジック」が同じ道を辿るのだろうか。
企業と専門家に残された道
もしAIが、法律の条文や通達をリアルタイムで読み込み、正確な申告書を無料で、あるいは汎用AIの標準機能として作成できるようになったら、freeeやIntuitが提供しているソフトそのものに年間数万円を払う理由は残るのか。
この問いは、会計ソフト企業だけにとどまらないはずだ。freeeやマネーフォワードを使いこなし、ツールの習熟度で差別化してきた税理士・会計士にとっても、その付加価値の源泉が消失するリスクを意味する。
AIが申告書を自動生成できるなら、正確に申告書を作れることは専門家の売り文句ではなくなる。では、専門家はどこに活路を見出すべきか。
AIが条文と判例から最適解を導き出せるようになっても、経営者が本当に求めているのは正しい申告書よりも経営判断の後ろ盾ではないだろうか。M&Aのデューデリジェンス、事業承継における利害調整。こうした答えが一つに定まらない領域にこそ人間の専門家が価値を発揮する余地は残る。ただし、処理からアドバイザリーへという転換論は過去にも多くの業種で唱えられてきたが実際に転換できたのは、いつも一握りだった。
会計ソフト企業がこの問いに答えを出すのが先か、AIが事実で証明するのが先か。その競争がすでに始まっている。
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