■APECサミット断念後のチリ情勢

最近、南米チリの情勢が一段と不安定化している。

10月18日には、公共交通機関の運賃引き上げに反対するデモの一部が暴徒化し、ピニェラ政権は非常事態宣言を発動した。同月26日、約100万人が参加して、経済改革やピニェラ大統領辞任を求めるデモが行われた。

写真=EPA/時事通信フォト

政府は世論の不満解消に取り組んでいるが、今のところ目立った効果はなく混乱は続いている。その結果、ピニェラ大統領は11月16、17日に首都サンティアゴで開催予定だったアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を中止せざるを得なくなった。

チリの情勢悪化の背景の一つに、チリ経済の成長を支えてきた資源需要の落ち込みがある。とくに、中国経済の成長が急速に鈍化していることは重要だ。中国政府は公共投資などの景気刺激策を打っているが、期待された効果は見られない。

チリ経済の屋台骨ともいえる、銅などの鉱物資源の価格が世界的に低迷していることが大きな要因といえる。主に中国に銅(銅鉱)を輸出し、GDP(国内総生産)の成長を実現してきたチリの経済運営は難しい局面を迎えている。今後は、政府が経済を安定させ、民衆の不満を和らげることができるかどうか難しい局面を迎えている。

■チリを直撃する中国経済の減速

チリの情勢不安定化には、中国経済の減速などが重要な影響を与えている。ある意味では、チリ経済は中国経済の減速に直撃されている。チリにとって、中国は最大の輸出先だ。チリの輸出の約30%が中国向けである。また、チリの輸出の50%程度が銅を中心とする鉱山資源だ。

2008年11月、中国政府は4兆元(当時の円貨換算額で57兆円程度)の景気対策を発動した。この政策により、中国では工業製品の原材料やインフラなどに使う銅への需要が高まった。それに加え、中国はより多くの粗鋼、セメント、ガラスなどを必要とし、世界各国から資源・資材を買い求めた。

経済の専門家が「中国が資源を“爆買い”している」と評するほど、中国の経済対策は一時的に資源需要を大きく押し上げた。

2010年に入ると、中国の景気刺激策などに支えられ、チリ経済の回復が鮮明となった。

2011年前半まで中国経済はインフラ投資などを進めることによって10%台のGDP成長率を保った。それは、チリをはじめとする新興国経済の持ち直しに大きな役割を果たしたと考えられる。2010年4〜6月期から2011年半ばにかけてチリの実質GDP成長率は前年比で6%を超えた。

■チリ人はあまり政治家を信用していない

しかし、2011年半ば以降、中国経済の成長率は右肩下がりの傾向にある。それに伴い、世界的に資源需要が低迷しはじめた。銅価格は不安定に推移し、チリのGDP成長率は徐々に低下した。2012年に入るとチリの四半期GDP成長率は5%台に低下し、2014年以降は景気減速が鮮明化した。2017年1〜3月期にはマイナス圏にまでGDP成長率が落ち込んだ。

その後、2017年12月には米国で大型の減税法案が成立し、世界経済の先行き期待が一時的に高まる中でチリの景気も持ち直した。2019年に入ると中国経済の減速などを受け、チリの経済成長率は1%台にまで落ち込んでいる。

ピニェラ政権は経済環境の悪化を止めることができていない。一方、チリでは銅鉱山でストライキが増えるなど、民衆の不満は徐々に蓄積されていると考えられる。

それに加え、チリの人々は政治家をあまり信用していないとみられる。1970年代から1990年まで、チリは軍事独裁政権下にあった。多くの国民は、独裁政権時代の状況を記憶しており、政治への信頼感はあまり高くはないと指摘する政治の専門家は少なくない。

経済が好調に推移している間は所得の増加が不満や不信感を緩和し、大きな問題は起きてこなかったようだ。2018年に発足したピニェラ政権にとって、トランプ減税によって米国経済が一時的に勢いづき、世界経済が安定感を維持したことは、政治と経済の安定を目指すために重要な要素の一つだっただろう。

■サケ養殖業では飼料の調達に遅れ

しかし、2019年に入ると景気減速が鮮明となり、ピニェラ政権は財政の緊縮を重視せざるを得なくなった。この一環としてチリ政府は公共交通機関の運賃引き上げを目指した。それに対してチリの国民は、政府が日々の暮らしを悪化させていると不信感を強め、一部のデモが暴徒化してしまったようだ。

それはチリ経済を一段と冷え込ませる恐れがある。首都サンティアゴでは政府へ抗議の激化から商業活動に支障が出ているようだ。物流の混乱から、チリにとって重要な産業であるサケ養殖業では飼料の調達に遅れが出ていると報じられている。抗議活動によって、銅鉱山の操業にも支障が生じているようだ。

この状況が続くと、チリでは追加的に景気が冷え込み、さらに社会心理が悪化して情勢不安に拍車がかかるという負の連鎖が深刻化する恐れがある。その懸念を反映して、9月末から11月上旬までの間、チリ・ペソは米ドルに対して2%弱下落した。

10月に入り、米中が貿易摩擦の“休戦協定”を結ぶとの期待が高まり、南米をはじめとする新興国通貨がドルに対して持ち直している。市場参加者はピニェラ政権の政策運営に懸念を抱いているといえるだろう。

■資源依存度の高い経済は、一段と厳しい状況に

今後の展開を考えると、チリの政治・経済情勢は不安定に推移する可能性がある。その背景の一つとして、中国をはじめとする世界経済の先行き不透明感が徐々に高まりつつある。

中国では、共産党政権による経済対策の強化にもかかわらず減速に目立った歯止めがかからない。それに加えて、中国の債務問題も深刻だ。米国を中心にITセクターでは一部で持ち直しの兆しが見えつつあるものの、自動車や石油化学など他の産業は世界的な需要の低迷に直面している。

世界経済を支えてきた米国では、徐々に設備投資が鈍化している。労働市場の改善に足踏み感が出始めれば、米国の景気減速が一段と鮮明化する可能性もある。短期間で世界経済が上向く展開は想定しづらい。

基本的に、資源需要は世界経済の成長の動向に影響される。チリなど資源依存度の高い経済は、一段と厳しい状況を迎える可能性がある。中国の需要に依存して景気を支えてきた国に関しても同様のことがいえるだろう。

先行きの不確定要素が増えつつある中で経済を立て直すためには、政治の役割が重要だ。突き詰めていえば、チリの政治家が資源輸出に代わる経済運営の枠組みを世論に示して賛同を取り付けることができるか否かが重要だ。それができればチリ政府は、構造改革を進めるなどして経済の実力(潜在成長率)の向上を目指すことができるはずだ。

■景気減速を止められないピニェラ政権

ただ、チリの政治が国内の不満を解消し、情勢安定を目指すことは口でいうほど容易なことではないとみられる。ピニェラ政権は民衆の不満解消に向けて、閣僚の交代、運賃引き上げの撤回、最低賃金の引き上げ、電気料金の引き下げなど複数の対策を行った。それでも、チリ国内では不安定な状況が続いている。

今後、ピニェラ政権に求められることは、さらなる取り組みを進め、国民の不満をやわらげつつ、経済を安定させることだ。ピニェラ政権の政策運営によってデモが鎮静化し、短期間で経済の混乱が落ち着くのであれば、チリ経済はそれなりの落ち着きを取り戻すことができるかもしれない。

反対に、政府が民衆の不満を解消できない場合、状況はさらに厳しくなる恐れがある。先行きは楽観できない。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)