競泳の元日本代表・伊藤華英さん【写真:松橋晶子】

写真拡大

競泳元日本代表・伊藤華英さんが考える中高生の「部活と恋愛」の問題点とは

 日本の部活動の在り方を考えるTHE ANSWERの連載「ニッポン部活考論」。今回のテーマは「部活と恋愛」。中高の強豪校などでは部員の恋愛禁止がされていることも珍しくない。指導者は競技に集中してほしいと願うが、生徒は多感な10代。折り合いが難しく、悩んでしまうこともある。果たして、部活において恋愛は本当にタブーなのか。競泳の元日本代表・伊藤華英さんに聞いた。

 伊藤さんは16歳で日本代表入り。以来、日本競泳界の第一線を走り続け、北京、ロンドンと2度の五輪に出場した。現在は東京オリンピック・パラリンピック組織委員会に勤務する傍ら、都内の大学で教員を務め、スポーツ指導を実施。さらに、「女子選手と思春期」をテーマにした講演を行うなど、幅広く活躍している。そんな元オリンピアンに聞く、日本の部活動の課題とは――。

 ◇ ◇ ◇

 強豪校を中心に「恋愛禁止」というルールが設けられていることは男女問わず、珍しくない。「部活に打ち込み、集中するため」という理由が一般的に挙げられる。

「恋愛をすることで、確かに生徒の気が散ってしまうことはある。若い年代で自分の生活と、競技と、交際という部分をうまくセパレートできない子もいます。そういうところで子供が抱えている悩みはあると思います」

 このように理解を示した伊藤さん。一方で「部として、すべてを禁止にしてしまうのは良くないことではないかと思います」と疑問を呈し、持論を語る。

「『恋愛=ダメなこと』としていると、人間的な発展がしにくいと感じます。大きな制約を設けることで、生徒も競技をやらされていて、競技だけに集中しなくてはいけないと思わせてしまう。『恋愛で未来がダメになってしまう』と心配する気持ちはわかります。ただ、禁止されていなければ、自分自身をコントロールし、競技を本当にやりたいのかという精神まで向くこともある。自分をしっかりとマネジメントできるきっかけになるのではないかと。男女の考えは全然違うから若い時は特に意見もぶつかる。それこそが人生の学びにつながり、自分が本当に競技をやりたいかという精神的なタフさにつながることもあると思います」

恋愛に悩んだ高校時代に触れた海外コーチの考え「彼氏がいなかったら、誰が褒めてくれる?」

 恋愛も寛容されることで、伊藤さんは「本当はもっと能力が伸びるかもしれないとも思います」とも言う。今、そう思うのは、一人の大人として人生経験を積んできたからだけではない。自身も10代で「競技と恋愛」に悩んだことも、理由にある。

「中学生の時に周りは『彼氏が欲しい』と言い始め、みんな彼氏ができていました。私はできなかったのですが、高校生になると変わりました。私も『恋愛はするな、無駄だ』『男に費やしている時間はない』と言われ、『嫌だな。彼氏いちゃいけないんだ』と思っていました。でも、そう言われることで逆に競技に打ち込めない時期があった。彼に対して『付き合っちゃダメだって言われた。だから、別れよう』という話には、やっぱりならないですよね。先生も私の将来を考えて管理したかったと思う。だから、すごく大変でした」

 そんな時、自分を救ってくれた経験があった。

「海外のコーチは『どんどん恋愛しなさい』と言います。10代の頃、私もすごく言われたんです。意外と『やれ、やれ』と積極的に言われた方が自分で節制する部分もありますが、彼らが言うのは『恋愛しないとタイムも伸びないぞ』ということ。当時はなぜなのか分からなかったのですが、フランスやスペインのコーチは『恋愛の何がダメなの? やる気、出ないじゃないか』『彼氏がいなかったら、いい結果を出して誰が褒めてくれる? 褒めてくれる人がいるから、頑張れるんだろ』という感覚。日本では『ダメだ』『するな』と言われていたので、すごく新鮮だったし、救われました」

 海外において、交際相手は誰よりも自分を認め、尊重してくれる存在という認識。それをスポーツと線引きし、邪魔になるからと禁止する風潮はなかった。

 伊藤さんは「もちろん、文化の違いはあると思います」としながら、日本の教育について「言ってはいけないものはいけない、やってはいけないものはいけない、という(規則で縛る)教育。なぜ、言ってはいけない、やってはいけないのかという理由を子供にあまり考えさせることがない」と考える。

 そもそも、部活において恋愛を禁止する背景には、指導者が自分の管理外で競技に悪影響を及ぼす、不確定要素のリスクを減らしたいという思いがある。選手に結果を残してほしい親心の裏返しでもある。

「責任を持って交際しなさい」と伝えられる指導者の必要性

「当然、そういう気持ちは仕方ないと思います。ただ、仕事と一緒で指導者のなかにはリスクしか考えない人もいる。もちろん、リスクを考えることも大事ですが、ネガティブにばかり捉えていても何も生まれない。一度しかない人生でそんなにできないことあるのかなと。そもそも、できることの方が少ないのに、最初からできないと言われて人は育つのかと感じる部分もあります」

 こう持論を語った伊藤さん。求められるのは、指導者が生徒とコミュニケーションを取ること。教員を務める大学でも、意識している部分という。

「学生と恋愛の話をすごくします。しないと彼らは自分のことを話してくれないから。例えば、この子は何か問題を起こすかもしれないと危機感を感じても、それを注意するためには普段からコミュニケーションを取っていないと、そもそも気づけない。生徒たちが精神的に悩んでいるとか、体の不調を抱えているとか、1人の先生に対して生徒の人数が多すぎて難しい面はありますが、私は他愛もない話をたくさんします。恋愛についても、未来がまだまだあるから、いろんな異性と出会いなさいと。そういう部分でも、授業以上の楽しさを教えられたらなと思っています」

 生徒との他愛もないコミュニケーション。その裏には、水泳界の名将から培った教えがある。競泳日本代表・平井伯昌ヘッドコーチ。多くのオリンピック選手など、女子選手も育て上げてきた。

「平井先生に『女子選手とどう関わっているんですか?』と聞くと『何でもない話をたくさんするよ。そうしたら、選手から悩みを言ってきてくれるんだ』と。私もそうだなと思うんです。だから、何でもない話をしようと。学生が『一人暮らしをしていて寂しいんですよ』とか、小さなところでも不安がいっぱいあるので。そういうところに気づける先生になりたいと思います」

 このように経験談を交えながら、思いを語ってくれた伊藤さん。指導者も葛藤を抱えながら「恋愛は卒業後でもできるから」と縛っていることもあるだろう。果たして、「部活と恋愛」にどう向き合っていけばいいのか。

「生理など、女子選手の体の問題にも関わってくるけど、そういう部分も含め、指導者が分かっていかないといけない気がします。日本は価値観が画一化されやすいからつらい部分。正しいものは正しい、ダメなものはダメと、みんなが同じ認識。ユニークさとは考えられづらい。指導者は『責任を持って交際しなさい』と伝えられるといいと思っています。『ダメだ、別れろ』ということではなく、しっかりと向き合い、お互いに将来のビジョンとして、どんなレベル、成績まで行きたいのか話し合うこと。私自身は『もっと恋愛をしろ』という言葉にすごく救われ、競技を頑張れると思いました。難しい問題ではありますが、生徒との関係をより密にして、いかに指導者が“管理しないようにして管理するか”という部分が問われると思います」

伊藤さんが中高生に伝えたいこと、「自分の人生にオーナーシップを」

 最後に今、「部活と恋愛」に悩んでいる中高生たちに対しては、こんな思いを明かしてくれた。

「今の子供たちは正直に生きないといけない考えが強い。ダメと言われたらダメなのだと、ピュアな生徒、選手も多いと感じます。もちろん、そういう生き方は素晴らしいこと。ただ、100%正直でなくてもいいと思います。今の大人世代は隠れてやっていることも普通でした(笑)。その代わり、言いたいのは『自分のことには自分で責任を持ちなさい』ということ。今は子供が大人化している時代。小学4年生くらいで初潮が来るし、選挙権は18歳まで引き下げられている。SNSで自分の意見を発信することもできる。社会的な定義も変わりつつある中だから、責任を持つことが大事になる。自分の人生にオーナーシップを持ってほしい。自分の人生だから人が決めるものでも、決められるものでもない。ただ、人のせいにもできないということを自覚してほしいです」(THE ANSWER編集部)

<伊藤 華英>
2008年に女子100m背泳ぎ日本記録を樹立し、初出場した北京五輪で8位入賞。翌年、怪我のため2009年に自由形に転向。世界選手権、アジア大会でメダルを獲得し、2012年ロンドン五輪に自由形で出場。同年10月の岐阜国体を最後に現役を退いた。引退後、ピラティスの資格取得。また、スポーツ界の環境保全を啓発・実践する「JOCオリンピック・ムーヴメントアンバサダー」としても活動中。