いまだに院内連絡は「PHS」の医師たち…コスト高でも病院に「スマホ」を導入すべき“これだけの理由”

コスト高やセキュリティ面の課題を理由に、病院内の連絡手段として医療従事者がいまだにPHSを利用しているケースが多くみられます。課題が多くても病院はPHSからスマホへ移行すべきと、エム・シー・ヘルスケアホールディングス株式会社上席執行役員CSO兼CMOの小西竜太氏はいいます。一体なぜなのでしょうか? 日本における医療機関のDXの現状とともに詳しくみていきましょう。
日本でDXを実現した医療機関は「ゼロ」という現状
DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは、単にデジタルを活用すればいいのではありません。それはまさにデジタルによる組織全体の変革であり、従業員全体の意識改革が行われ、実際の行動が変化して、提供するサービスそのものや顧客体験も変化する段階のことを指します。
現在、医療DX・病院DXに関連してさまざまな言葉が飛び交っていますが、本来的なDXの言葉の定義に立ち返ってみると、日本国内においてDXを実現している医療機関は皆無といってよい状況にあります。
一般に企業活動におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)という段階に達するには、図表1のようにStep1:Digitization(デジタル化)、Step2:Digitalization(デジタル技術による事業モデル)、Step3:Digital Transformation(デジタルによる変革)のステップで進んでいきます。このことを医療機関の臨床業務に当てはめると、次の図表1のとおりになります。
【図表1】デジタル・トランスフォーメーションへの3段階出所:医療機関向けIT・デジタルサービスの比較・検索サイト「コトセラ」
こうしてみると、Step1の段階、すなわち紙カルテが電子カルテ(EHR:Electronic Health Record)に、画像フィルムが画像管理システム(PACS:Picture Archiving and Communication System)に移行するといったデジタル化は約20年前から推進されており、すでにほとんどの医療機関で行われています。
しかしStep2の段階は医療機関のなかでも一部の部署で行われているだけで、組織全体では進んでいないのが現状ではないでしょうか。Step3の段階となると、日本ではまだここに到達している医療機関はほとんどないといっても過言ではないでしょう。
病院DXが求められる背景…医療機関の深刻な「人材不足」
病院DXが注目を集めている背景には、医療機関における人材がひっ迫している状況があります。2024年4月には「医師の働き方改革」の施行が予定されており、勤務医の時間外労働の年間上限は原則960時間とするなど、長時間勤務が常態化している医師の働き方の適正化に向けた取り組みが実行されます。
こうしたなかで、医師から看護師へ、そして医療職から非医療職へといったタスクシフトが推進されていますが、同時に院内の運用改善と仕組み構築・院内システム化・連携・デジタル人材の育成を図って、できる範囲の業務効率化や医療の質向上を図るのも重要といえるでしょう。
診療系はシステム化が進むも…組織全体では発展途上
【図表2】診療系に偏重している病院システム出所:医療機関向けIT・デジタルサービスの比較・検索サイト「コトセラ」
医療機関の経営層は医師や看護師など医療職に偏在していることもあり、診療系システムのほうを進化させていくことを優先してしまう傾向にあります。そのことを表したのが図表2になります。
診療系システムのなかでは、一般にPACSがある放射線部門でのシステム化がもっとも早く、それから電子カルテ・医事会計、検査部門・薬剤部門のシステム化へと進展していくのが一般的でしょう。
一方で、たとえば事務系システム(総務・人事・会計・契約)はパッケージ型ソフトウェアやWord・Excel管理が主であり、SaaS導入まで至っておりません。さらに職員向けシステム、患者向けシステムなどは皆無といった医療機関もあります。
こうした医療職が直接かかわらない非診療系領域は、システム化・導入が進まずに、ますます診療系と乖離していくという構図があります。「医療情報部」といった部署にしてもOA機器やLANなどの保守作業に追われ、組織全体の戦略を思い描けないといった状況にある場合が多いようです。そこで筆者が医療機関において目指すべきだと考えているイメージが図表3です。
【図表3】病院DXは組織全体でのデジタル化の先出所:医療機関向けIT・デジタルサービスの比較・検索サイト「コトセラ」
病院DXにおいては、単純なシステム整備だけではなく、病院職員が正しいIT・セキュリティリテラシーを持ち、デジタル技術を用いた課題解決を図れるような環境を構築することも重要です。
よって診療に加えて、非診療業務や職員間コミュニケーションもデジタル技術を積極的に導入するべきですし、患者とのタッチポイントも進化する必要があります。病院におけるDX投資は、非診療系の部門にも目を向けて、バランスのとれたDX投資を意識するのが肝要と考えます。
診療系に導入するツール類は高額になりがちですが、非診療系であれば、一般企業でも使用されるSaaSやその他のデジタルソリューションを用いることも可能です。そのため、診療系に比べてかなり低コストの投資であっても高い導入効果が得られるのではないでしょうか。
また最近、ランサムウェアによる被害などセキュリティ面でのリスクが懸念されています。今後、クラウドサービスやSaaSを導入していくなかで、ネットワークやセキュリティなどインフラ機能も高める必要があるでしょう。
いまだにPHSを利用…進まない医療機関のスマホ導入
かつてポケベルで行っていた医療従事者の意思疎通ですが、2000年前後にPHSに代わりました。しかしあれだけ普及した公衆PHSも2023年3月に停波となり、その役割を終えようとしています。
ところが、病院内では医療従事者がいまでもPHS端末を使っているのを目にする機会も多いのではないでしょうか。これは構内PHSと呼ばれるもので、病院内に小型の基地局(PHSアンテナ)を設置して、院内のコミュニケーションに利用しています。ほとんどの病院職員はプライベートでのスマートフォンの利用価値を認識しているなかで、病院でのスマートフォン活用を望む声が多く上がっています。
しかし、病院におけるPHSからスマートフォンへの切り替えは、構内電話交換機(PBX)やナースコールの切り替え、ネットワークの構築など多大な追加コストが掛かる、セキュリティへの懸念がある、などスマートフォン導入に消極的な病院が多い現状があります。
しかしながら、医療機関におけるDXの実現への第一歩として、最初にやるべきは病院におけるスマートフォンの導入だと筆者は考えています。PHSに比べて使える機能が豊富で拡張性も高いスマートフォンへ切り替えると、図表4に示すとおり、やれることが格段に広がっていくからです。
【図表4】技術進歩による業務面での変化出所:医療機関向けIT・デジタルサービスの比較・検索サイト「コトセラ」
スマホ導入により「病院全体」のDX実現へ
スマートフォン導入の効果について、看護師と医師とのコミュニケーションの質的変化を例にとって考えてみましょう。現状、緊急・重要な事項も、不急の業務もすべてPHSの通話だけで調整しているとすれば、お互いにかなりの負担になってしまいます。
そこで、たとえばスマートフォンにビジネスチャット機能を加え、自由自在にテキストや画像のやりとりができるようにすれば、診療の意思決定のかたちも大きく変わるのではないでしょうか。
また、音声入力がすでに実用レベルにあることも見逃せません。スマートフォンを導入すれば、医療従事者によるキーボード入力の時間を大きく短縮することも期待できます。実際に、あるケアミックス型病院のリハビリ部門では、カルテ記載を音声入力していて、キーボード入力の時間を半減させたという事例もありますし、放射線部門の画像読影などはほとんど音声入力でやっている医療機関もあると聞きます。
もっとも、いきなり全職員を対象にスマートフォンを導入するハードルが高いという場合も多いでしょう。そこでBYOD(Bring Your Own Device)を導入する病院もあります。個人が私物として所有しているスマートフォンをセキュアな環境にして、個人情報をも含む業務に使えるようにするのです。ふだんから使い慣れたデバイスを業務に使えるメリットは大きいでしょう。
あるいは、部署ごとに1台導入したり、管理職だけで試験運用してみたりというスタートの仕方でもよいと思います。まずは組織としてスマートフォン導入に着手して、病院業務や「働き方改革」での可能性の広がりを感じてもらい、職員の意識や行動変化を確かめてみてはどうでしょうか?
これまで病院でのデジタル化は診療系に偏ってきました。しかし社会全体でDXが進み、院内だけではなく院外との連携が期待されている状況では、いったん診療系への追加投資を緩めて、組織全体のシステム整備を優先するほうが、結果的に病院DXを早める可能性が高いと考えます。
病院内部でのコミュニケーションの円滑化や、病院外部との診療連携、患者サービスの向上により、診療の質・安全も変化するでしょう。こうした病院DXを進めて行く先に、患者さんや地域住民の皆さんに信頼される地域のインフラとしての医療機関のあるべき姿がみえてきます。
小西 竜太
エム・シー・ヘルスケアホールディングス株式会社
上席執行役員CSO 兼 CMO