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寂しくて、楽しくて、嬉しくて、泣くやつでした!

行ってまいりました、「ファンタジー・オン・アイス2022」千秋楽となる静岡公演3日目に。まずはこの1ヶ月余りの間、駆け抜けてきたスケーター・アーティスト・関係者の皆さんに感謝と慰労の気持ちを捧げます。千秋楽まで公演をつづけること、それだけでも簡単ではない時代です。そのなかで、どの公演も楽しくて、しかも日々楽しさが進化するようなツアーをしてくれたこと、心からありがたく思います。

千秋楽の日、日差しは暑く、それ以上に心も熱く火照っていました。会場となる静岡県エコパアリーナへと向かう長い道には、ツアーTシャツや過去のイベントのグッズなどで、ひと目でそれとわかる人たちが長い列を作っています。ほぼ山というような場所ですので、人の気配は多くありません。そのことが、全国から集った思いの凝縮を一層促進させるかのようです。あなたも、あなたも、あなたも、同士だ。よし行こう、千秋楽へ。そんな連帯感のようなものが沸いてきます。

↓長い道の向こうまで連なる人の列。


↓やってまいりました、エコパアリーナ。


↓グッズはパンフレットをゲットしました。


↓羽生氏とひとつ屋根の下にインです!

場内には約1万人の大観衆。隙間を探すのも難しいくらいの大入りです。高まる気持ちと、一方で「今日でツアーは終わってしまうんだな」という寂しさと。何だか始まる前から泣いてしまいそうな気持ち。誰が出てきても「よく頑張ったな…」「よかったで…」「また会おうな…」と同じことを思ってウルッとしてしまう。孫が帰っていくときの祖父母の気持ちってこんな感じなのかもしれませんね。

オープニング、おなじみの曲でスケーターたちが踊る群舞、最後に姿を見せた羽生氏の気合は相当なものでした。雄叫びのような表情を見せ、観衆の興奮を煽っています。やはり千秋楽には特別な感情が沸き、その昂ぶりがいつも以上を引き出していくのでしょうか。全員による宮川大聖さんとのコラボ演目「略奪」では、万全の備えをして見守っていたファンの心と記憶すら、一撃で吹き飛ばすような演技を見せてくる羽生氏。

この演目ではまず男子チームが踊り、つづいて女子チームが踊り、全体での踊りを経たあとに、合図を挟んでカップルによる踊りがつづくという流れ。その合図というのが歌にある「3、2、1、シッ」と沈黙を促す歌詞なわけですが、要するにここで「略奪」が起きるわけです。黙って僕に心も身体も任せて、なわけです。すでに内容としては承知していたものの、実際にその「シッ」で空気が振動する現場でやられると、演目の理解が進んでいるぶん「ヒッ」となるわけです。今、私奪われたんだ……と。ちょうど座席もショートサイド寄りだったもので、比較的近距離でそれをやられ、逆に叫び声が出そうになりましたよね。シッの指示ガン無視で。アアアアアアアみたいなのが。

ただ、そこは耐えたわけです。ギリで。辛うじて急所は外して平静を保ちました。シッが来るって知ってましたから。ただ、この演目、もう一ヶ所非常に攻撃的なパートがあります。歌のなかの「ねぇ、油断しすぎだよ」の歌詞に合わせて、羽生氏がお腹を見せるという振付です。情景としては、スマートで紳士的な人が見せる不意の猛々しさみたいなことなんだろうと思います。不意にワルくて、キャーみたいな。神戸公演のライブビューイングで見た際は、そのタイミングで衣装の裾をピラピラッとしてお腹をチラチラッとしてきよったわけです。おっと挑発的だぞと。

だから、十分に備えてきたわけです。「次は腹チラが来るのはわかっておる」「お腹は筋肉と消化器の集合体」「何かに使う部位ではない」と心に指令を出して、抑え込んでおったわけです。そしたらですね……裾をピラピラッではなく、裾をクチでくわえて、指で手招きしながら腹モロッで3秒ほど滑走してきましたですよね……。そして「ねぇ、油断しすぎだよ」でワルそうに笑うわけですよ……。

「油断してないっつーの!」
「構えてた、完全に構えてた」
「腹が来るのはわかってた」
「チラッでヒッてならないように構えてた」
「その瞬間、構えて身を固めた」
「なのに何で腹モロしてくんの!?」
「モロは長いんよ!」
「身を固めて耐えたところに」
「連続で腹が来るんよ!」
「一発のパンチがドンとくるんじゃなくて」
「ドドドンドドドンって持続するんよ」
「太鼓の達人で言ったらデカいアイコン」
「一瞬のつもりが持続だったから」
「結局、ヒッってなったわ!」
「ワシの周囲8マス全員ご婦人なんよ」
「悪目立ちするからヒッって言わさんで!」
「ま、周りもヒッってなってて」
「悪目立ちはしなかったと思うが…」
「ていうか、そこ進化させるとこなの!?」
「腹チラが進化しとるやん」
「業界では“咥えたくし上げ”と呼ぶらしいが」
「自分でたどりついたんか!?」
「油断してないヤツも倒せるよう」
「試行錯誤を重ねるなかで」
「裾をクチでくわえるという」
「腹の出し方にたどり着いたんか!?」
「お母様、息子さんが!」
「立派になられましたよ!」
「それなりに人生を長く過ごして」
「ひととおり経験してきている我々を」
「まとめて薙ぎ倒すくらいに!」

↓神戸の時点で火力相当だったのが、さらに威力を増しただと…!?

序盤からやべーヤツの怪文書みたいな感じになってしまいましたが、もちろんずっとそのテンションで見ているわけではありません。むしろ、しんみり。演目を追うごとにしんみりしていきます。公演を見ていないと何のことやらかもしれませんが、最初に大きくウルッと来たのはベセディン&ポーリシュクによる氷上アクロバット「瀕死の白鳥」。ちょっとコミカルで、公演のなかでは笑い所となっているアクセント演目なのですが、5月の幕張公演から見てきて、昔の公演のことを思い出しながら、今回はこれで見納めだなーと思ったら、よくまた日本に来てくれたという気持ちと、お疲れ様という気持ちとが一緒になってウルッとなりました。一番笑うところすらウルッとさせてくるとは……。

そのウルッをさらに加速させたのが、アーティスト宮川大聖さんのごあいさつ。宮川さんのMCの時間、第一声から話し方に違和感があるなと思ったら、途中で宮川さんがウルウルしているのです。夢のような時間を振り返りながら、この夢の名残を惜しむようにして、言葉を詰まらせるわけです。出演者が先に泣くのはズルい……。ラストまで忘れたままでいたかったことを思い出してしまうじゃないですか……。今日でショーは終わりなんだっていう、できるだけ忘れたままでいたいことを……。

↓泣くほうの魔法をかけてくるんじゃないよ……!

やはり、1ヶ月に渡って同じ時間を過ごしてきたというのが、相当に心を揺らしているようです。アンサンブルスケーターによる群舞では、集団としてではなくひとりずつに対して、この1ヶ月楽しい気持ちにさせてくれたことへの感謝の気持ちでウルッときますし、アゼベド&キャンパによるエアリアルでは演者を吊り下げたロープを引っ張る「引っ張り隊」の動きにウルッときます。

ずっと引っ張ってくれた、頑張ってくれた、その縁の下の頑張りがショーを支えてくれていた……もはや何目線だかわからなくなってきましたがみんなにウルウルきます。楽曲が「The Show Must Go On」だというのも、終わりを迎えるショーをそれでも最後まで楽しもうという今の気持ちに重なってきて涙腺を刺激しますし、演技終盤にキャンパさんが転倒したところも「大丈夫か!?」という心配と、とにかく最後までショーを駆け抜けられたことへの安堵とで、しんみりと感慨深くなる気持ち。引っ張り隊含めて全員をハグして「お疲れ!」とやりたくなります。

どうしてもショーの花形となるのはメダリストであったりチャンピオンであったりするわけですが、それだけではショーは同じような流れになってしまいます。ショーにアクセンスを加えてくれるパフォーマーたちの存在があり、そのパフォーマーを支える縁の下のスタッフがおり、そのスタッフを支えるスタッフが……とみんながいてショーは出来上がる。あぁこれが祭のあとなんだなと思います。スターだけではなく、たくさんの人の存在を意識し、時間をかけて心がつながってきたぶん、寂しさも増していくのだなと。

↓よく来てくれました、また来てくださいね、お疲れ様でした!

そして、その最大級の寂しさを感じるのが、ショーのトリで迎える羽生氏のコラボ演目「レゾン」。これを見たら、ショーはフィナーレへと向かっていく。見たいような、まだ見ないでいたいような、終わっちゃうんだぁ……という寂しさが押し寄せてきます。最後の「レゾン」を目に焼き付けることに集中して、押し寄せる寂しさと格闘しながらの鑑賞です。

デヴィッド・ウィルソンさんによる振付をベースに、羽生氏自身がアップデートを加えたという演目はまさしく「羽生み」あふれる作品。日本語歌詞を咀嚼したうえで合わせた振付の数々、リズムや音をひとつひとつとらえて音符と共演するかのような音ハメ、羽生氏が作り上げてきたスケート世界が存分に広がっています。

ただ、そうしたなかにも大開脚で後ろ向きに滑る意欲的な振付であったり、音ハメしたまま氷上に美しく倒れ込み悶える情熱的なパートだったり、新しい世界の広がりも感じさせます。「レゾン」を歌う宮川さんと見つめ合うように視線を送ったり、歌詞のブラックアウトに合わせて一瞬ライトを落としたり、みんなのチカラを束ねてひとつのパフォーマンスを作ろうとする「演出家」のような姿勢も垣間見えます。選手としてはすでにレジェンドである大きな存在が、領域を広げてさらに大きくなっていくようです。

「レゾン」を終えたあと宮川さんのもとに近寄り、羽生氏から誘うようにして指切りを交わしたふたり。これはもちろん「さよならと指切りの関係」でしょう。歌のなかでのそれとは意味合いが異なるかもしれませんが、今日でショーは終わりだから表面上はこれが「別れ」の挨拶となるけれど、この指切りは「また会おう」という約束を込めた再会の契りでもある。再会の想いがなければ指切りで離れる必要はありません。これはきっと魔法ですね。さっき泣いていた相棒に、泣くなよと、また会えるよと、この夢はつづくよと、そんな魔法をかけていったのでしょう。




そして、この演技のあと、フィナーレを迎えると思っていた場内にサプライズが起きます。何やら起きそうな気配のなか、ステージ上にバイオリニストのNAOTOさんと歌手の新妻聖子さんが現れると「ノートルダム・ド・パリ」の調べが響き始めます。そして、舞台裏から現れ「同じステージ」に登る羽生氏。何と羽生氏はこの悲恋の物語をステージ上で演じ始めました。

アーティストと同じステージに立つこと。氷上ではなく陸上での演技をすること。それぞれの領域を知り、互いの仕事に敬意を抱き、真摯で誠実である人にとって、これは大きな意味を持つ行為です。生半可な気持ちではできないことです。相手の領域に一歩踏み込むのですから。このショーを巡るインタビューで羽生氏はダンスを含めてさまざまなことを学んできたとは語っていましたが、その自負と、未来への決意を感じさせるような出来事でした。

そして、この演目が「ノートルダム・ド・パリ」である意味。ひとつではない意味がきっとあるのだろうと思います。最終日だからアンコールとして懐かしいものをお見せしますというサービス精神もあるでしょう。「レゾン」で振付をしてくれたデヴィッド・ウィルソンさんが作ってくれたプログラムだというつながりもあるでしょう。

ただ、「成長」というところが、大事な理由なのかなと思います。

10年前、このプログラムを演じた羽生氏は若かった。「ロミオとジュリエット」を演じるには、その青々しい若さが似つかわしくもありましたが、このプログラムの複雑な愛憎を演じるのに苦悩もしただろうと思います。美しきエスメラルダと、彼女に思いを寄せる男たち。その心情をつかむには愛や恋への理解が必要であり、それは時間と経験で深まっていくもの。あの頃よりも、今のほうがきっとより深く演じられることでしょう。パッと振り向いて見せる一瞬の笑顔、そこにどんな感情を込めるかも、より深いところまで思いを馳せていることでしょう。

それは心情面だけでなく技術面でもそうです。今改めて当時の演技を振り返れば、2022年の羽生結弦ならこうではないのだろうなと思うようなところもあります。ショーで演じたのはプログラム終盤部分ですが、当時の演技と比較すれば圧倒的に2022年の羽生結弦のほうが上手いですし、プログラムを演じています。プログラムを理解して、解釈して、自分自身の表現として出しています。どの瞬間も途切れることなく。

もしかしたら、少し心残りもあるのかなと思います。「ノートルダム・ド・パリ」は全日本を初めて制した思い出のプログラムではありますが、世界のタイトルを添えるには至っておらず、世界選手権で演じた際にはショートの出遅れを挽回するという苦しい状況での演技でした。演技後には氷にしばしうずくまるような姿もありました。翌シーズンにはエキシビション演目としてパリで演じる機会もありましたが、今ならばもっとできる、もっと引き出せる、振り返ってそんなことを感じるプログラムなのかもしれません。

そうした「成長」を披露するのに、いい機会だったのかなと思うのです。

今回のツアー、後半の公演では「略奪」「レゾン」で新たな世界を広げた羽生氏。ただそれはこれまでなかったものが生まれたとか、別のものに変わってしまったということではなく、ももと備えていたものが成長を重ねることで新境地と言われるほどになったということだと思います。基本的に同じプログラムである「ノートルダム・ド・パリ」でさえもこれほど違った演技になるくらい、羽生氏自身は成長しつづけている。ひとりの同じ人間が、幹を太くしながら、たくさんの枝葉を伸ばして、新たな装いを見せている。ちょうど同じような成長を、過去の思い出を振り返ることでより鮮やかに見せてくれるのが「ノートルダム・ド・パリ」だったのかなと思います。

そうした「成長」を楽しんでいきたいなと思うのです。ときに知らないものや不慣れなものもあるかもしれませんが、「驚かされる」のがファンの醍醐味でしょう。スポーツなんてまさにそういう性質のものです。何が起きるかわからないから、見届けずにはいられないのです。どれだけ油断せずにいるつもりでも、なお驚かされるような、そんな存在と同じ時間を過ごせるのは喜びでしかありません。同じ時間を過ごした者しか、驚きを体験することはできないのですから。

これだけの歴史を重ねてきてなお、まだ新章があるよと羽生氏は言っている。僕はそう感じます。迷わず落ちよ、まだ間に合うぞ。知らない物語がまだあるぞ。そう思います。ショーが終わってしまう寂しさを打ち消してくれるのは、次の物語の始まりです。みなぎる意欲、あふれる向上心、現れる新領域、今回のショーで感じたものには希望しかありません。

フィナーレで羽生氏は少し疲れもあったでしょうか。すでにアンコールを演じていたこともあって、恒例のジャンプ大会には参加しませんでした。みんなのジャンプ大会を座って見守っていたのも少し気になりました。自分自身のことだけではなく、いろいろな責任を背負って駆け抜けたツアーだったのだから、そういう日もあるでしょう。演者たちが最後に誰のまわりに集まり、どちらからハグを求めたかを見れば、その重みもわかるというもの。座長さん、本当にお疲れ様でした。

「またファンタジーに来てください!」

羽生氏が肉声で響かせたこの魔法の呪文を心に刻んで新章を待とうと思います。この先の新章がどんな形になるとしても、ファンタジーで待っているという約束は、そういう魔法はもう唱えられたのです。「さよならと指切りの関係」で結ばれたのです。まぁ、寂しくないと言えば嘘になりますが、美味しいお酒でも飲んで寝るしかないですね。この魔法をかけられたなら。お金と、時間と、胸を張って会いに行ける自分自身を油断せずに整えて、次の機会を待ちます。

まずはゆっくり休んでください。

それから夢のつづきを見させてください。

本当に、素晴らしい時間をありがとうございました!

↓こういう雰囲気、いいなって思います!

普通、でいいね!


ツアー後半、参加できるように再挑戦して本当によかったです!