iPadで描く漫画家 高河ゆんインタビュー(後編):3万円台の新iPadは漫画に使える?

こんにちは、メーカーCEO兼業ライターの東です。

少女の頃から敬愛してやまない偉大な漫画家である高河ゆん先生に「第7世代iPadをお試しがてら、目の前でイラストを描き下ろしていただきながら、デジタル作画遍歴をおうかがいするインタビュー」後編です。

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iPadで描く漫画家 高河ゆんインタビュー(前編):デジタル移行から20数年、作画環境の遍歴

後編は、iPad Proを使った作画環境や、 新しいiPad の使用感を中心にお話しいただきました!

ー ゆん先生のデジタル導入歴史についてインタビュー前編でお伺いしましが、業界全体的には、いつ頃からデジタル移行が増えたんですか?

高河:大きく流れが変わったのは10年ほど前に株式会社セルシスの『ComicStudio』(コミスタ)が登場したことです。一枚絵のイラストではなく、コマを区切って漫画のコマを描くためのソフトが現れたので、その頃からデジタルへ移行する人がどっと増えました。

アナログの漫画ってお金がかかるんです。原稿用紙、ペン軸、ペン先、スクリーントーン、コンパス、雲形定規、ロットリングなど専用の道具がないと描けない。特にスクリーントーンはものすごくお金がかかる。一度の発注で「60番を30枚」みたい買い方をするから年に100万円くらいいくこともある。コミスタのおかげでこれらの経費がすべて無くなるのはすごいことで、デジタル移行後にスクリーントーンを大量に処分した同業の友達もたくさんいたし、余ったトーンをお互いあげたり貰ったりしていました。

コミスタは効果もヤバい。カケアミとかカケナワとか集中線とか、それまで手で描いていた技術がいらなくなったので、いわゆる「ヘタウマ」みたいな存在も減りました。あとアナログは背景が描けないとプロとしてやっていくにはキツかったんですけど、コミスタは背景素材も揃っているので、同じ雑誌の別の連載で「あれ、この漫画とあの漫画の主人公、同じ家に住んでない?」みたいなことも起きました(笑)
とにかくコミスタの登場で、描き手のコストがすごく圧縮されたし、絵の技術が足りなくても面白いネームが描ける人なら作品を発表しやすくなりました。

作画だけでなく、発表の場がWebに広がったことも、漫画の流れを変えました。アナログって紙に印刷しないと人に作品を見せられないのに、紙や印刷など物理コストがかかりすぎるので、絵も話も一定のレベルをクリアしないと出版社のリスクが高くて掲載できない。でも、Webで作品を発表するという道ができて、今までのマスのやり方で大手の網からこぼれてしまっていたすごく偏った才能を持った人が、どんどん世に出られるようになりました。

描いたものがそのまま届けられるのはWebや電子の良いところですよね。


試し描きをしながら、初めて触る編集部の第7世代iPadでクリスタの設定を調整する高河ゆん先生

ー 印刷だと原画と色が変わってしまうからですか?

高河:実は、カラーだけでなく白黒も印刷は完全に再現できません。私は昔から「活版印刷は嫌! オフセットじゃないと絶対嫌だ!」って印刷へのこだわりが強かったんです。活版印刷は細い線が飛んだりトーンが潰れたり、劣化コピーのようになりやすい。だから、例えば、本当は90番台の細かい目のトーンを貼りたいけれど、狙い通りの効果がでないだろうからもう少し荒い60番台を貼ろう、と印刷の都合に合わせなければならないのがストレスでした。人に見せるために漫画を描いているから、自分が描いたものがそのまま届かないのはとても辛い。
デジタルからデジタルはほぼ100%描いたままのものが届く。「私のフォルダーからあなたのフォルダーへ! 私のモニターからあなたのモニターへ!」すごくいい!

ー ゆん先生は、単行本に半透明の半透明の薄紙とか遊び紙を入れる文化を広めた作家さんだったので、実はデジタルより紙の方が好きなのかと思っていました。

高河:漫画とは別に、紙ならではの表現も大好きです。実体が好きな人は紙が好きですよね。キラキラの紙とか箔印刷とか大好きで、有限会社コスモテックさんという箔押し印刷専門の印刷会社に断面まで箔づくしのキラキラの名刺をつくってもらったことがあります。

ー さて、いよいよ本題へ!  iPadで漫画を描くに至った経緯を教えてください!

高河:SAIにWindows+液晶タブレットで描いていた時代を経て、去年の秋くらいから、iPad Pro+Apple Pencil 第2世代+CLIP STUDIO PAINT(通称:クリスタ)でネームからすべて描くようになりました。Apple Pencilは第2世代になってからなぜか抜群に描きやすくなった。

iPad Proは簡単に持ち運びできるのがいいですよね。アナログ時代も図書館やファミレスで集中して描いてたことは多くて、締め切りに追い込まれていたときは新幹線に原稿用紙と墨汁を持ち込んで描いたこともあったけど、荷物が多すぎて作画できる環境が限られている。

ー 新幹線に墨汁!? 線揺れませんでした!?

揺れました揺れました(笑)でもその時はそのくらい追い込まれてました(笑)
デジタルになってからは、SAIの入ったノートパソコン+板タブ(ペンタブレットのこと)で外に出ていたけれど、それでもノーパソだとスペックがキツかった。

iPadは、本体とApple PencilとiPhoneだけあれば完璧なのがすごいよね。iPhoneで調べものをしながらiPad Proで描いています。カフェでもライフのフードコードでも外でも。今なら新幹線で描くのも余裕だね! この間、近所の喫茶店でiPadで漫画を描いている人気漫画家さんを発見しました(笑)漫画家も自由に外に出られるってすごくない!?
クリスタは、共同作業機能があるから、家にいるときはデュアルモニターでデスクトップで描いてることも多いです。姿勢が疲れたときとか気分で使い分けています。

描くときはiPadの角度が大切だそうです。「Appleの純正のカバーは私の角度じゃなかった」と「Amazonで適当に買った安いスタンド」(右手前)をご愛用。今回お使いいただいた第7世代iPad(左奥)の下にはApple Pencilのパッケージを敷いて「うん、この角度」とニッコリ

ー その他、仕事のやり方など、変わったことはありますか?

高河:クリスタを使い始めてからは、仕事のやり方が大きく変わりました。漫画って大量に長期間描こうとすると一人では描けないんです。アシスタントをどう使っていくか、というのが漫画という仕事の大切な一部で。アナログ時代は顔を突き合わせて泊まりがけ丁稚奉公スタイルだったのが、クリスタの共同作業機能で、各自リモートで作業できるようになりました。
夏からアシさんが一人、長年の夢を叶えてイギリスへ移住したんですが、イギリスからも仕事できるし、結婚して子供ができたアシさんも、自宅作業で途切れそうになったキャリアが繋がるようになった。かわりに私は孤独に拍車がかかるようになった(笑)
技術の進化で仕事のスタイルが根本的に変わっていくというのがすごい。当たり前かもしれないけれど、すごいなって思います。


第7世代iPadの設定が決まり、作画開始。インタビューに答えながら目の前で描かれる美しい線に興奮しました!

ー 漫画の道具としての、Apple Pencilの使い心地はいかがですか?

高河:第1世代は軸が丸くてツルツルしている手触りが馴染まなくて、ワコムのペンタブレットの方が好きだったんです。第2世代で四角くなってからは、だんぜん描きやすくなりって、ペンタブと逆転しました。技術的なことはわからないんですが、Apple Pencil 第2世代の方が、画面へのあたりも感触が良くて、抜群に描きやすい。

なぜだかだんぜん描きやすくなった四角いApple Pencil 第2世代(上)と、軸が丸くてツルツルしていて描きにくかったというApple Pencil 第1世代(下)

描き味をより良くするために、表面がざらついたペーパーライクフィルムをiPad Proに貼っています。ペン先がものすごく削れるけど。描いているうちに銀色の芯がでてくるの(笑)漫画家はみなApple Pencilの銀色の芯を見てるはず!

ペン先はAmazonでまとめ買いして2ヶ月に一本は先を替えます。毎日ゴリゴリ描いてる時は2〜3週間しか持たない。これはアナログのペン軸と一緒ですね。 アナログ時代もペン先をどんどん替えてました。一番細い綺麗な線は3枚くらいしか描けない。少し太い線で頑張っても8枚くらいが限界。ペン先が重要なのはアナログもデジタルも同じですね。

Apple Pencilに不満があるとしたら軸の細さ。細い軸は持ちにくいので、アナログのペン軸はゴムやウレタンのソフトグリップをつけて太くして使ってました。テープをぐるぐる巻いて好みの太さに調整していた先生もいた。
どのペンにもこだわりはあって、シャープペンシルやボールペンも決まったものじゃないと嫌、ゼブラのサラサか、三菱鉛筆のジェットストリームじゃないと嫌、みたいな細部のこだわりはが強いです。本当はApple Pencilにもウレタングリップが欲しいんだけど充電できなくなるからこのまま使うしかない。

本当は細くてまっすぐなペン軸が苦手なゆん先生。理想のペン軸の太さをイラストで教えてくださいました(笑)


ー iPadでWindowsからAppleに戻ってきましたね(笑)

高河:ほんとだ! 昔別れた恋人が劣化したかと思ったらより美しくなって戻ってきた。素晴らしい! Mac(Apple)との仲が戻ったでいうと、iPadより先に、iPhoneかな。私にとってはiPhone=Macなんですけど、20年ぶりにヨリを戻しました(笑)

でも、iPhoneとの仲はそろそろ終わるかも...。

ー ええっ、iPhone、何か不満なんですか?

高河:値段が高い! のと、あまりにも生活がGoogleに支配されすぎて、Googleにすっかり染まってしまったから。Google ドライブでデータをやりとりして、Gmailでメール送って、Google カレンダー予定管理して、Google マップでどこでも行く。
Google ドライブはほんとに便利ですよね。日本製のクラウドサービスもあれば使ってみたいんだけど、あんまり人が使ってないサービス使っても仕方ないしね...。今は、Googleがないと生きていけない。だから、Pixel 4の方がいいのかなぁとも思っていて。
iPhoneは... 何がいいだろう? 万歩計(アクティブトラッカー)がついてるから持ち歩いてるけど。あとはAirDrop?

ー そうなるとMacとゆん先生の絆をつなぐ最後の砦はiPadですね...!

高河:そう、最後の砦がiPad Pro! でもiPad Proは最強だから。 あと、Macを忘れることは永遠にないです。初恋の人だから!

ー さて、今回第7世代iPadを実際使ってみていかがでしたか?

高河:iPadのディスプレイがそのままだとツルツルして描きづらさはあるけれど、ペーパーライクフィルムを貼れば全然いけますね。iPad Proと遜色ないです。強いて違いを言えば、ベゼルがある分画面が小さい感じるくらい。ホームボタンも復活していて「なんで戻ったし?」みたいな(笑)iPad Proはやっぱりオールスクリーンなのがいいよね。まあ、Proは素晴らしすぎるから。第7世代は、スペックが良いのに安くて使いやすいから、正直文句つけるところがないです!


仕上げの過程をキャプチャーしたタイムラプス動画でどうぞ!


インタビューに答えながら初めて使う第7世代iPad+Apple Pencile 第1世代+クリスタで描き下ろしていただいた猫耳美少女が完成!


ゆん先生といえば元祖猫耳ですよね。『B型同盟』大好きでした!

ー 最後に、絵を描く人、これから描きたいと思っている人向けに、第7世代iPad"買い"ですか?!

高河:すごくいいと思います! もちろんすでにiPad Proを持っている人は買わなくていいけれど、入門機として最高。だいたいこんなに値段が下がるなんてびっくりだよ! もう高いから買えないとは言わせないよね。本気でイラストや漫画を描きたいと思っていて、4〜5万円が出せないなんてことはない。学生だって、バイト数ヶ月頑張ればいけるよ? なんなら「今度のテスト頑張るから」なんて親をノせて買ってもらってもいいんじゃない? もちろん、"買い" です!

ー 今日は長々とお付き合い頂いてありがとうございました!

高河:ありがとうございました!