「桜は満開にならず、花見は楽しめなくなる」…日本が直面する「桜」の異変と温暖化で狂い始めた休眠打破のメカニズムを気象予報士が徹底解説
数ある花の中でも、特に話題に上がりやすいさくら。だが、今後はその咲き方そのものに異変が出る可能性がある。温暖化で開花が早まるだけでなく、冬が暖かすぎることで、花が咲きそろわず、開花しても観測上の満開に達しにくくなるおそれがあるのだ。実際に、すでに満開にならなかった地点も観測データで確認されている。なぜ冬が温暖化すると、さくらは満開になりにくくなるのか。そして、それはいつ頃起こりうるのか。気象予報士の視点から考えてみたい。
温暖化でさくらは早まるだけではない
一般的には、暖かい日が多いとさくらの開花は早まる。気象庁観測のさくらの開花日の全国平均は、10年あたり約1.2日早まっている。グラフの縦軸は平年差だが、長期的なトレンドは右肩下がりになっており、これは開花の早まりを示している。
ただ、開花がこのまま単純に早まり続けるとは限らない。さくらの開花には、春の暖かさだけでなく、冬の寒さも重要だからだ。
さくらの開花には冬の十分な寒さも必要
この違いを理解するには、さくらの生長過程を知る必要がある。さくらは秋に休眠に入り、冬の寒さによって開花準備に向けたスイッチが入る「休眠打破」が行われる。そして、その後に春の暖かさで開花へ向けて生長していく。
休眠打破には、しっかりとした冬の寒さが必要だ。冬の寒さが十分でないと、休眠打破が遅れたり鈍くなったりする。すると花芽ごとの反応に差が出やすくなり、開花日そのものが不安定になるだけでなく、花が一斉に咲きそろいにくくなる。結果として、開花が遅れたり、満開までの期間が長引いたり、満開に達しない年が出たりする可能性がある。
春の高温は開花を早めるが…
実際のデータを見てみよう。3月の日本の平均気温は100年あたり1.87℃のペースで上昇している。さくらの開花に大きく影響する春先は、確かにどんどん暖かくなっている。今年に限ると、開花の前倒しを強く後押ししたのは3月そのものというより、2月中旬から下旬にかけての顕著な高温だったとみられる。実際、甲府では3月16日に1953年の統計開始以来最も早い開花を観測し、岐阜も同日に過去最早タイ、名古屋も3月17日に過去最早タイとなった。
そこで、気象台がソメイヨシノの開花を観測している18地点を選び、その長期的な変化傾向を調べた。すると、ほぼすべての地点でさくらの開花は早まっていることがわかった。ただ、その早まりのペースには差がある。東北や関東、西日本の日本海側など冬がしっかり冷え込む地域では早まり方が大きい一方、東海より西の太平洋側など、冬が比較的温暖な地域ではそのペースが鈍い。
例えば鹿児島に着目すると、長期的には開花日は早まっているものの、そのペースは全国平均より小さい。さらに2010年以降に限ると、その傾向は明瞭ではなく、むしろ遅くなっているようにも見える。少なくとも、冬の温暖化の影響を疑わせる変化はすでに見え始めている。
開花だけでなく、満開までの期間にも変化
休眠打破の鈍化の影響は、開花日だけでなく、満開までの日数にも及ぶ可能性がある。開花から満開までの期間の長期変化傾向を調べると、東北や関東甲信の一部では短期化している一方、東海や西日本では長期化していることがわかった。つまり、冬が比較的温暖な地域では、満開までの日数が長くなってきているということだ。
例えば、東京の開花から満開までの平均日数は約7.6日なのに対し、鹿児島は約8.7日と約1日長い。さらに2000年以降に絞ると、その差は約3.5日まで広がる。鹿児島では、冬の最も暖かい上位10%の年と、最も寒い下位10%の年を比べると、さくらが開花してから満開になるまでの日数は、暖冬年で平均約12.6日、寒冬年で約6.7日だった。暖冬年の方が、満開まで約6日長くかかっていた計算になる。冬の暖かさによる休眠打破の鈍化が、満開までの期間を引き延ばしている可能性があるのだ。
種子島では満開にならない年も
満開までの期間が伸びれば、花見が楽しめる期間が長くなると聞こえはいいかもしれない。しかし、温暖化が進行し続けた場合、むしろ花見が十分に楽しめなくなる可能性もある。なぜなら、満開になりきらないまま花の見頃が終わる、という現象が起こりうるからだ。
種子島では、有人観測が行われていた2007年までさくらの観測が続いていた。その統計データを見ると、開花日は10年あたり約0.1日遅くなっているという結果で、他の地点とは傾向が大きく異なる。また、満開にならなかった年もしばしば見られ、全観測の約2割で、開花はしたものの満開には至っていない。種子島の冬は、鹿児島よりもさらに暖かい。今後、鹿児島の冬が種子島に近づけば、同様の現象が起こる可能性がある。
満開しにくい冬はいつ来るのか
では、いつ頃そのような時代が来るのだろうか。ここでは、現在の種子島の冬の平均気温12.6℃に達すると、さくらが満開しにくくなる可能性があると仮定する。
気象庁は温暖化進行時の将来予測を示しており、最も温暖化の進行が強いモデルでの試算では、21世紀末の冬の平均気温の上昇幅は鹿児島で+4.24℃、静岡で+4.85℃、東京で+4.88℃となっている。これらは都県単位での予測ではあるが、この上昇幅を各地点の現在の冬平均気温に単純に足し合わせてみよう。すると、鹿児島で約14.0℃、静岡で約12.7℃、東京で約11.3℃となる。
つまり、鹿児島は21世紀末には現在の種子島よりも暖かくなり、静岡もほぼ同程度の暖かさになる可能性がある。一方、東京は温暖化が進んでも、まだ現在の種子島の気温には届かない。少なくとも東京では、満開にならない年がすぐに現れる段階には入らないと考えられる。逆に言えば、今後、鹿児島でも満開にならない年が出てくれば、冬の温暖化による影響が顕在化し始めたサインと見てよさそうだ。もちろん、都県単位の予測を地点にそのまま当てはめた単純試算であり、実際の到達時期や影響の現れ方には幅がある。ただ、大まかな方向性を見るうえでは、一つの目安にはなる。
温暖化が及ぼす将来の花見への影響
今後、温暖化が進行すれば、多くの地点ではまず開花の早まりへの影響が出るだろう。そして、冬の温暖化が進み始めると、今度はむしろ開花が早まりにくくなる地点や、開花が遅れる地点が出てくる可能性がある。また、冬の温暖化の影響で満開までの期間が伸び、花見シーズンが長期化する可能性もある。ただ、これは素直に喜べる現象ではない。その先に待っているのは、満開にならないさくらかもしれない。
もちろん、さくらはソメイヨシノだけではない。冬が温暖でも咲く河津桜や寒桜もある。ひょっとすると100年後には、花見といえばソメイヨシノではなく、河津桜という時代になっているのかもしれない。
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