紅白、旧ジャニ出演「ゼロ」の真相 スタート社が問題視した「Nスぺ」の“衝撃場面”とは

数字で見る紅白側の損
大晦日の「NHK紅白歌合戦」にスタートエンターテイメント社勢(以下、スタート社勢、今年3月までの下りは旧ジャニーズ勢)が出ない。2年連続のことである。昨年は同局全体で旧ジャニーズ勢の出演を見合わせていたからだが、今年はスタート社側が同局側の出演依頼を拒んだ。双方の損得を推し量る。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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11月19日、紅白の出場者計41組が発表された。その際の制作統括・大塚信広氏の言葉に「おや」と思われた人は少なくないのではないか。
大塚氏はスタート社勢に対する出演交渉を認めた上で「発表に(名前が)載っていないのは残念に思っている」と語った。

紅白側が出演交渉の内幕を明かすのは極めて異例。スタート社勢が出演しないのは紅白側の考えではなく、スタート社側の意志であることを明確にしておきたかったのだろう。黙ったままスタート勢の出場がゼロではファンからの反発を買う。疑念も生む。
スタート社勢の不在は紅白側には痛い。スタート社勢が視聴率アップに貢献するのは疑いようがないからだ。
旧ジャニーズ勢が不在だった昨年の世帯視聴率は第1部(午後7時20分)が29.0%、第2部(午後9時)が31.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。ともに歴代最低だった。近年の紅白の視聴率は下落傾向にあったものの、旧ジャニーズ勢が抜けた影響もあると見るのが妥当だろう。
旧ジャニーズ勢が全出場者42組中6組を占めた一昨年の紅白は第1部が31.2%、第2部が35.3%だった。昨年より第1部がプラス2.2%、第2部が同3.4%だった。テレビ的には大きな数字だ。
6組の個別の世帯視聴率も見てみたい。第1部のSixTONESが35.9%、なにわ男子が30.0%、Snow Manが35.9%、第2部のKing & Princeが40.4%、関ジャニ∞が42.4%、KinKi Kidsが41.9%。いずれの数字も高かった。
特にSixTONESは視聴率を獲りにくいトップバッターでありながら、高い数字なのは注目に値する。白組21組中、6組が旧ジャニーズ勢だったのは旧同事務所側からの要請もあったのだろうが、紅白側も頼りにしていたのだろう。
スタート勢のファンが加入しているファンクラブ(ファミリークラブ)の会員数は非公表だが、重複会員も含めると1300〜1400万人とされている。しかも熱心なファンが多い。
この組織がほかのファンクラブとは異質なのは、自分が贔屓とするタレント以外でもスタート勢なら応援する機運が強いところである。だからスタート勢は視聴率を動かしやすい。
民放がスタート勢に頼りがちな理由の1つがここにある。紅白とて事情は同じだ。悪意のない組織票のようなものなのである。
紅白側は当初、スタート社側に2組の出場を打診していた。デイリー新潮が10月30日付で報じた通りである。のちに放送記者クラブに加盟するメディアも伝えた。
2組とはSnow Manともう1組だった。一方でスタート社側は3、4組を希望し、交渉が難航した。2022年が6組だったからスタート社側の希望は不思議ではない。紅白の人選や出場組数を巡ってNHK側と芸能プロダクション側の主張はよく食い違う。
問題を複雑化させた「Nスペ」
交渉を複雑化させたのは10月20日に放送された「NHKスペシャル(Nスペ) ジャニー喜多川“アイドル帝国”の実像」。ジャニー氏による性加害の被害者補償に当たっているスタート社の担当者が、被害者の家族に電話で「誰が何を謝るんだというのが、ちょっといま分からなくて」などと冷たく語る場面が流された。スタート社のイメージが下がる内容だった。
もっとも、NHK制作畑のスタッフによると、スタート社側が問題視したのは違う部分である。同局と旧ジャニーズ事務所が深い関係になった責任は1人のOBにあるかのような内容だった点だ。元NHK理事、制作局長で、2年前に旧ジャニーズ事務所の顧問に転じ、現在もスタート社顧問の若泉久朗氏(63)である。
若泉氏は「Nスペ」からアポなしで直撃を受けた。顔と名前を出された同局関係者は若泉氏だけ。同局の上級幹部が芸能プロダクションに転出することの是非は別とし、確かに若泉氏だけを責めているように映った。
スタート社にとって今や若泉氏は身内。若泉氏が恥をかかされたようなものだから、黙っていられないだろう。本人も現在はスタート社内で影響力を持っている。「Nスペ」の件に加え、そもそも出場組数の問題もあったため、紅白の交渉は暗礁に乗り上げた。
この経緯を理解するためにはNHKが民放と違い、報道畑と制作畑にはほぼ交流がないことを踏まえなくてはならない。2022年4月入局組までは採用枠も別々だった。
若泉氏の後輩にあたる制作畑のスタッフは「我々は報道とは違って視聴率を求められているから、旧ジャニーズ事務所とも仕事として付き合った。若さん(若泉氏の愛称)もそうだった。それを局内から責められるのは辛い」と、こぼした。確かにニュースと報道だけでは視聴率が獲れないから、NHKの存在意義が問われかねない。
一方で報道畑も職務に忠実なのである。民放の報道は旧ジャニーズ勢に対して忖度を繰り返し、違法行為に目を瞑ったり、手心を加えたりしてきた。だが、NHKのニュースは旧ジャニーズ勢を特別扱いすることがなかった。報道畑にとって旧ジャニーズ事務所は取材対象の1つに過ぎないからである。
2019年、旧ジャニーズ事務所が「新しい地図」のテレビ出演を妨げるため、局に圧力を掛けた疑いが浮上し、公正取引委員会から注意された。この件をスクープしたのもNHKの報道である。
民放だったら事前に旧ジャニーズ事務所にお伺いを立てて、許可が得られないと報道しなかったのではないか。ニュースだけ報じてればいい新聞と違い、エンタメと報道のどちらもやらなくてはならないテレビは最初から難しいのである。
スタート社も痛い
紅白ゼロが痛いのはスタート社側も同じ。NHKの稲葉延雄会長(74)は10月16日、スタート勢の出演見合わせを解くと宣言したが、紅白というNHK復帰の格好の機会を失ってしまった。
ドラマ出演への影響も避けられそうにない。制作畑職員とスタート社マネージャーたちの往き来も断たれたままなのだから。
「民放のドラマに絞ればいい」では済まされない。たとえばSixTONEの松村北斗(29)は連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(2021年度下期)で1人目のヒロイン・橘安子(上白石萌音)の夫・雉眞稔を演じ、演技への評価と好感度を劇的に高めた。
特に普段はSixTONEと縁遠い50代以上の女性の支持が高まったと見られているのが大きい。連続テレビ小説のファンは圧倒的にこの年代の女性なのだ。全回平均の世帯視聴率は17.1%。こんなドラマは民放に存在しない。
前出・制作畑のスタッフも先輩の若泉氏には心を寄せつつ、「思い通りにならないと出演しないというのがスタート社の姿勢であるなら、過去の高圧的だった時代の旧ジャニーズ事務所とあまり変わらないのではないか」と顔をしかめる。
音楽系芸能プロダクションの若手幹部も「紅白の勢いが衰えているだけに、恩讐を越えて出演してほしかった」と残念がる。
NHK、スタート社の双方が損をしたのは間違いない。両者がプラスになる次の一手はあるのだろうか。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。
デイリー新潮編集部