「子役からやってる人って、常に見られてる感覚があると思うんです。“ふつう” に憧れていましたね」 

 3歳でスカウトされ、デビューした山崎裕太(38)は2019年、芸歴35周年を迎えた。

「小学6年のときの年間出席日数は、20日でした。とにかく忙しくて、仕事をやめたくてしょうがなかったです」

 6歳から7年半、『あっぱれさんま大先生』に出演(1988年〜1996年)。明石家さんま(64)にズバズバとものを言う、“やんちゃキャラ” で人気者になった。

「毎週の収録後、僕だけ呼び出されて、さんまさんから『裕太、あのタイミングはあかん』とか、ダメ出しされていたんです。『お笑い芸人を目指してるわけじゃないのに……』と当初は内心、反発していました。

 でも、あるときから、『自分が必要とされてるんだ』って気がついたんです。あの現場でハートが強くなったと思うので、さんまさんには感謝しています」 

 それでも、芸能界をやめたい気持ちは変わらなかった。中高生のころは地元の同級生と遊び、髪の毛を染め、耳にはピアス。私生活でも、“やんちゃ” になっていった。

「いつも誰かに見られている気がしていました。アイドルのような立ち位置になっていて、女のコにワーキャー言われるのが、本当に嫌でした」 

 葛藤を抱えていた山崎だが、19歳のとき、NHK朝ドラ『私の青空』(2000年)に出演する。オーディションで、1440人のなかから選ばれたのだ。

 演じたのは、ヒロイン(田畑智子)の弟・舷で、金髪ピアスの反抗的な若者。家業(マグロ漁)を継ぐことを一度は拒むが、最後は髪を黒く染め、父に弟子入りする。山崎にぴったりのはまり役だった。

「朝ドラに出ると、70歳くらいのお婆さんから『舷ちゃん、舷ちゃん』ってワーキャー言われるんです(笑)。『この仕事、すげえかも』と思いました」

 そして2001年、代役で主演したのが、劇団☆新感線の舞台『大江戸ロケット』だ。新感線の舞台は、派手な殺陣やアクションがあり、台詞まわしも独特。「代役なら観ても仕方がない」という、突き放すような下馬評もあった。

「外部の声を気にする暇なんてありませんでした。話がきてから本番まで、11日しかなかったんです。2日間で台本をしっかり読み込んで、1日で歌と踊りを覚えて……。時間だけが目まぐるしく過ぎていきました」

 そして、初日のカーテンコール。山崎が舞台に登場すると、観客全員が立ち上がっていた。

「1200人が総立ちで、ブワーッと拍手をしていたんです。『何これ? すごい!』って。『ちゃんと努力をすれば、こういうことがあるんだ』ということを目のあたりにしました」

 山崎はこの舞台で、ゴールデン・アロー賞新人賞の演劇部門を受賞。

「『自分の生きていく場所はここだな』と思い、これから勉強すべきこともはっきりしました」

2001年9月、『大江戸ロケット』東京公演初日を終えて

 それから、舞台やライブを年間80〜100本は鑑賞し、すべての連続ドラマの第1話を必ず観るようになった。

「自分ならどう演じるか、自分にオファーがくるのはどの作品だろうって考えながら、常に準備するようになりましたね。特に20代半ばからの6〜7年は、ひたすらそんな日々でした」

 そのあいだ、同年代の俳優が売れていくのを見てきた。

「年が近い彼らが上がっていって、自分の仕事は減っていきました。僕は、芸能界をやめたかったときに、いちばん仕事があったんです。いまだに、12歳のときの年収を超えられていませんし(笑)。

 活躍している同年代の俳優は皆、やはりそれだけの魅力があると感じます。ただ、僕は彼らよりも先に世に出たので、経験と知識、芝居の見せ方では勝てると思うんです。なんせ活動歴でいえば、僕の同期は哀川翔さん(58)にジョニー・デップ(56)ですから(笑)」

 2020年3月、初のひとり芝居『赤ずきんちゃんのオオカミ』に挑む。童話をモチーフに、オオカミ目線でまったく異なるストーリーに仕上げた。

「ドラマも映画も、ミュージカルも舞台もやった。アイドルっぽくキャーキャー言われたこともあった。自分がやったことがないのはなんだろうと考えたときに、『ひとり芝居だ!』って思ったんです。僕は役者という仕事に人生すべてを注いでいます。その集大成をお見せしたいです」

 そんな山崎が「ホーム」と呼ぶ店が、東京・下北沢の「陣太鼓」だ。家族経営の焼き鳥店で、店の “お父さん” と “お母さん” は、山崎の舞台やミュージカルも観てきた。

「僕は、20代前半に、バンドとか好きなことをやりまくる “遅れてきた反抗期” があって(笑)。おふたりが見守っていてくれました。僕は17歳で実家を出たので、“育ての親” のような感じですね」

 山崎が最初に店を訪れたのは、21歳のころだ。

「いまも親友のISSA(DAPUMP)に連れてきてもらいました。彼は、あまり芸能人芸能人していないから、気づかれようがおかまいなし。僕もそれが楽しくて、多いときは、週4で来てましたね」 

 かつて「いつも誰かに見られている気がする」と、周囲への警戒心を隠さなかった山崎だが、この店での定位置は、カウンター席のいちばん奥。壁にもたれて飲むのがお気に入りだという。

「ここなら、入口がよく見えるじゃないですか。知ってる顔が入ってきたら、『○○ちゃ〜ん!』と手を振るんですよ(笑)」

やまざきゆうた
1981年3月8日、秋田県生まれ 東京育ち 3歳でモデルとして芸能界デビュー。『あっぱれさんま大先生』(フジテレビ系)、映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』(1995年、岩井俊二監督)などに出演。子役として人気を集める。劇団☆新感線の『大江戸ロケット』(2001年、中島かずき作、いのうえひでのり演出)など、舞台でも活躍。3月8日まで、ひとり芝居『赤ずきんちゃんのオオカミ』(春陽漁介作・演出)が、ウッディシアター中目黒(東京)で上演予定

【SHOP DATA/陣太鼓】
・住所/東京都世田谷区北沢2-7-6 テクノプラザ下北沢2F 
・営業時間/17:00〜25:00(LO23:45)
・休み/無休

(週刊FLASH 2020年3月10日号)