代表監督への信頼感は、成績を出したときより、優れた世界観の持ち主であることが判明した時の方が上昇する。サッカーは結果に運が影響する割合が3割を占める競技だ。勝利も監督の評価を上げる重要な要素になるが、それ以上に決め手になるのは、世界のスタンダードをどれほど備えているか、になる。

 世界観を養うためには、なにより歴史を学ぶ必要がある。過去に起きた事象、数多くのサンプルに采配のヒントは多く隠されている。ミャンマーやモンゴルのような弱小国と対戦する時の嗜みについても探ることはできる。世界の各地で起きた過去の戦いに答えは潜んでいる。

 こちらが最初に衝撃を受けたのは、1991年のコパアメリカ(チリ大会)だった。1991年は1990年イタリアW杯の1年後で、1994年アメリカW杯の3年前。そこでブラジル代表は準優勝に終わった。アルゼンチンに優勝を奪われ、その結果、監督のファルカンは更迭された。だが、彼はその時こう述べた。「4年サイクルで回る代表チームの1年目を意識して戦ったつもりだ」と。実際、彼はそこで多くの選手をテストしていた。マウロ・シウバ、カフー、ブランコ、リカルド・ローチャ、マルシオ・サントス、ライー、マジーニョなどなど、3年後のアメリカW杯で優勝したメンバーも数多く含まれていた。
 
 そしてファルカンは1994年5月、日本代表監督に招かれ来日。岩本輝雄、名塚善寛、小倉隆史など新戦力を数多く起用した。ところが同年10月に行われたアジア大会でベスト8に終わると、日本サッカー協会はいとも簡単にファルカンを解任した。その退任会見でファルカンは「4年サイクルで回る代表チームの1年目を意識して戦ったつもりだ」と、3年前のコパアメリカチリ大会の現場で聞いた台詞と同じ言葉を吐いた。

 そのファルカン時代に、選手として何試合か出場した経験を持つ森保監督は、それから25年が経過したいま、言い換えれば、2022年まで3年強となったいま、日本代表監督として采配を振っている。

 ファルカン采配は25年前も世界のスタンダードだった。しかし当時の日本にその認識はなかった。なんでそんなメンバーを選ぶのか。ベストメンバーを組もうとしないファルカンに多くの人が疑心暗鬼になっていた。そして日本はいまなおそれに近い状態にある。旧態依然たる姿とはこのことである。森保監督は年に何度か欧州を視察して回っているようだが、その程度では世界観は膨らまない。スタンダードは身につかない。いっそファルカンから教えを乞えばと言いたくなる。いまの森保監督の感覚ではW杯は戦えない。僕は強くそう思う。