栗岡さん(仮名・57歳)

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生成AI活用やDX推進など、ビジネス環境の変化に合わせて新たなスキルを習得する「リスキリング」。日本の政財界で注目度が高まっており、令和4年からは厚生労働省が「事業展開等リスキリング支援コース」をスタート。訓練経費に最大75%の助成を受けることができる制度として知られている。
キャリアの袋小路に入った人にとっては大きなチャンスだが、時には落とし穴も。知識や技術を積んだのに、状況が好転しないケースもあるようだ。彼らの学び直しは、何がいけなかったのか?

◆本業と並行した学び直しで時間が圧迫され…

屋外広告業の会社で課長職の杉本隆さん(仮名・38歳)。発端は約1年前の新設部署への異動だった。

「人事労務兼社内SEとして勤務していましたが、IPO(新規公開株式)準備の新部署へ異動となり、上司サポートのためリスキリングを始めました」

杉本さんは関連する無料セミナーの参加のほか、一冊5千円もの参考書を買い、監査法人対応などのため会計と財務を再学習。約3か月間、IPOのルールや運用・管理などについての学び直しを重ねる。通勤中などスキマ時間も活用し、平日約3時間、休日約5時間、合計で300時間以上を費やした。

ところが、既存の仕事と同時進行では、いささか無理があったようだ。特に残業明けは眠気に勝てず勉強が滞り、そのぶん土日の勉強量が増える悪循環に突入。疲れた体に鞭打つ杉本さんの心身は徐々に圧迫されていく。

「大型プロジェクトも進むなか、十分な学習時間を取れず、準備が中途半端になってしまいました。社内規程など整備も遅れ、新部署の中心メンバーとして責任を果たしきれず……」

その後、優秀な外部人材が雇われた代わりに、関連業務の大半から切り離された杉本さん。リスキリングの成果をほとんど活かせず、ひどい徒労感を味わったという。

「『最初から外部に頼る前提だったら』と痛感しています。学び直した社内人材のみで回せるなら確かに安上がりですが、実際には本業を圧迫しますし、必ずしも低コストではありません。特に監査対応や内部統制のような経験が必要な分野は、最初から詳しい人に任せたほうが早くて確実です」

社内でやるべきことと、外部に任せるべきことは早期に切り分けるべきと、杉本さんはため息をつく。

◆社会の変化で学んだ内容が「需要ゼロ」に

フリーランスにとっても、リスキリングは無縁ではない。英語翻訳・通訳・講師の仕事をフリーで行う栗岡雅彦さん(仮名・57歳)は、本業収入の不安から新ジャンルの学び直しを始めた。

「今から約十年前には『小学校でプログラミング教育必修化』というニュースもあり、子供の習い事でプログラミング、特にスクラッチ(無料で簡単に利用できるプログラミング言語)の人気が急上昇中でした」

栗岡さんは小学生向けのスクラッチを学び、関連資格のほか、中高生向けにPython(より高度なプログラミング言語)も習得した。学び直し期間は1年弱で合計1300時間以上、費やした金額は約10万円に及ぶ。

努力の甲斐あり、プログラミング講師として副収入を得るようになった栗岡さん。しかし、好況は長くは続かなかった。

「スクラッチがただのゲーム機のように扱われたことや、著作権上の問題で、学校内でスクラッチが禁止になったんです。講師業も3年前から生徒数が減り、現在はゼロ。他のプログラミング学校の講師にも応募しましたが、大学でプログラミングを学んでいないため不採用に……」

栗岡さんは現状を「ブームに乗ったのが甘かった」「スクラッチの卒業後、より高度な言語も学んでもらえるシステム作りが必要だった」と反省している。それでもリスキリング自体への意欲は失っていない。