週に1度、同じタワマンに住む他人の夫と“ホテル密会”する女。呑気な35歳人妻に、下った天罰は…
恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。
盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。
だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。
恋に狂った彼らのトラップに。
▶前回:3年ぶりに片思いの相手と再会したのに。全身をなめまわすように見てきた男が、言い放ったのは…

「ねえ、礼香さん。メリーさんって知ってる?」
ある日のランチ終わり。マンションのエントランスで、ママ友の佳乃さんが声を潜めながら言った。
「えっ、昔に流行った都市伝説のこと?『今、あなたの家の前にいるの』って電話がかかってくるやつ」
突然飛び出した怪談話。思わず鼻で笑ってしまった私を横目に、佳乃さんは話を続ける。
「高層階に住んでるママの間では、けっこう有名な話よ?メリーさんに会うと不幸が訪れる、って」
彼女の説明に、横にいたもう1人のママ友が思い出したように言葉を被せた。
「聞いたことある!真っ白なワンピースに紫色の口紅で…」
そう言って盛り上がる2人の会話を聞きながら、私は適当に相槌を打つ。先ほどまで夫の愚痴話をしていたかと思えば、次は謎の噂話。本当にくだらない人たちだなあと、呆れてしまったのだ。
ようやく井戸端会議が終わり、エレベーターに乗り込む2人を見送った私は、すぐさまLINEを送信する。
礼香:今から行くね
大志:OK。先入ってる
メッセージを確認すると、エントランスホールを出てホテルへ駆け出す。部屋に到着すると、大志が肩を強引に抱き寄せてきた。そのまま私たちは、ベッドになだれこむ。
佳乃さんの夫である大志と私は、こうして毎週、禁断の逢瀬を重ねているのだ。
タワマン内で、堂々と不倫する男女は…
大志の腕に抱かれながら、先ほど佳乃さんから聞いた噂話について話す。すると彼も、私と同じように鼻で笑っていた。
「嘘か本当かもわからない、適当な作り話だろ。…タワマンのママ友付き合いも大変なんだな」
大志のその言葉に、私は世田谷からこの場所に移り住んだ日のことを思い出した。
それは2年前のこと。息子が小学校に上がるのを機に、広告代理店に勤める夫が購入した豊洲のタワマンに引っ越した。
越してきた当初は、東京湾が見える眺望抜群のリビングや、開放的で朝日が差し込む寝室になんともいえない高揚感を覚えたのだが…。
私がタワマンに抱いていた憧れは、すぐに絶望へと変わった。
「私、佳乃です。よろしくね」
息子が同じ小学校に通っていたことをキッカケに、素敵なママ友と出会った。彼女は私より3つ年上の、38歳。ショートカットが似合う美しい女性だった。
しかし佳乃さんは、ママ友界隈のボスだったのだ。ランチ会では同じマンション住人の噂話が繰り返され、ママ友たちは皆、彼女の顔色を伺っていた。
「あの方、離婚するんですって!嫌ね、同じマンション内で不倫なんて」
ストレスフルなママ友会に加え、マンションとスーパーと息子の塾だけを行き来する毎日。次第に私からは笑顔が消え、夫とはずっとレスが続いていた。
そんなとき、佳乃さんが主催したBBQ会で、彼女の夫である大志に出会ったのだ。
コンサル会社を経営しているという彼は野心家で、サラリーマンの夫とは正反対な性格。そんなところに、私は惹かれてしまった。
そして私の方から、大志に“禁断の逢瀬”を持ちかけたのだ。

◆
「都市伝説に手を出すなんて、佳乃もネタ切れなんだな」
私の話を聞きながら、大志は吐き捨てるように言った。彼もまた佳乃さんとはレスらしく、息子が中学に上がったら離婚を考えているという。
こうして密会を終えた私たちは、周囲にバレることを恐れて、時間差でホテルを出た。
私が先にホテルを出てマンションへ向かうと、エレベーターホールに突っ立っている1人の女性が目に入る。
今にも折れそうな細い腕に、腰まで伸びた真っ黒な髪。
― も、もしかして。
そして彼女の顔を覗き込んだ瞬間、全身が凍り付くような感覚を覚えた。
ついに礼香は、メリーさんに遭遇してしまい…?
私は逃げるようにエレベーターへと乗り込む。しかし彼女も、その後に続いて乗ってきてしまった。…そして最上階である42階のボタンを押したのだ。
― やっぱりメリーさんって、実在してたんだ。
うつむいている彼女の唇には、噂通り紫色の口紅がベットリと塗られている。年齢は40代後半くらいだろうか。
近くで見ると頬に大量のシミがあり、年齢を隠そうと厚塗りしたファンデーションがなおさら彼女をグロテスクに見せていた。

◆
「えっ、メリーさんに会ったの?」
1週間後。大志にメリーさんと遭遇したときのことを話すと、気味悪がりながらも興味津々で話を聞いてきた。
「うん。ちょっと不気味な住人のことを、メリーさんって呼んでるみたい」
「…新手の宗教家とかかな?そういえば最近、佳乃が最上階に通ってるみたいなんだ。不倫でもしてるのかと思ってたけど、もしかしてメリーさんを信仰してるのか?」
そう言って大志はクスクス笑う。きっかり2時間の密会を終えると、私はいつものように彼と時間をズラしてホテルを出た。
― あれ、またいるんだけど。
マンションに到着した私は、またもやエレベーターホールでメリーさんに遭遇した。彼女はこの日もファンデーションを厚く塗っていて、本当に不気味だ。
「あの…。先日も、お会いしましたよね」
恐る恐る声をかけると、彼女はチラッとこちらを見てから、何やらボソボソと喋り始めた。
「…あなたからは甘い匂いがします」
「えっ?」
「さぞかし素敵な時間を過ごされたのでしょう」
それからというもの、彼女に遭遇することが増えた。
会うのは決まって、なぜか大志と会った後。次第に私はエレベーターの中でだけ、メリーさんとたわいもない会話をするようになった。
「夫とは、あまりうまくいってなくて…」
彼女の持つ独特な包容力に、私は時々ポツリと本音を漏らすようになった。メリーさんに相談しているときだけ、なんだか心が落ち着くような気がしたから。

◆
そんなある日。仕事から帰ってきた夫が、顔を真っ赤にしながら私にスマホを突き付けてきた。
「おい!これ、お前なんじゃないか!?」
普段は穏やかな夫が激昂していることに驚きながら、私は手渡されたスマホを見る。そこには『タワマン妻の密会』と銘打たれたWEB小説が表示されていた。
どうやら最近ドラマ化が決まった、大人気ノンフィクション小説らしい。
「なによ、これ…」
怒りで手が震えている夫を横目に、恐る恐るスクロールする。序章にはこう書かれていた。
エレベーターに乗り込んだ女から、甘い匂いがする。
それは、私がメリーさんに話しかけられた言葉そのものだった。
― やだ、嘘でしょ!?
第1章には、世田谷から豊洲のタワマンに引っ越してきた1人の妻が、同じマンションに住む男と不倫する様子が描かれていた。
そこには私と大志のLINEをもとにしたであろう甘美な会話が、事細かに記されている。
「同じマンション内で不倫なんて…。今すぐ出ていけ!」
「ちょ、ちょっと待って…!落ち着いてよ」
怒り狂う夫をなだめながら動揺を隠せずにいた、そのとき。玄関のベルが鳴った。
同時に、私のスマホも鳴りだす。電話口から聞こえてきたのは、ゾッとするほど明るい声だった。
「あ、もしもし礼香さん?佳乃です。記事読んでくれた?私がメリーさんにすべてお話しして、素敵な小説に仕上げてもらったわ」
その声に、頭が真っ白になる。
「出てきてくださる?…今、あなたの家の前にいるの」
▶前回:3年ぶりに片思いの相手と再会したのに。全身をなめまわすように見てきた男が、言い放ったのは…
▶1話目はこちら:マッチングアプリにハマった女が取った、危険すぎる行動
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「彼氏が二股している」と知った女は、怒りに任せて…?

