有権者に嫌われた「大石晃子」共同代表は「れいわ」内部でも嫌われていた 「山本太郎べったり」で「口を開けば他人の悪口」
先の総選挙で議席を「8」から「1」へと激減させるなど、大惨敗を喫した「れいわ新選組」。その最大の戦犯と指摘されているのが、大石晃子・共同代表(48)である。そのカゲキな言動が有権者におおいに嫌われてしまったとされるが、この方、実は「れいわ」内部でも嫌われ者だった……。
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「おこぼれ」で1議席
その衆議院に唯一残った1議席も、自民党が予想外の大勝をしたために、比例区で立てた候補者が当選人数に足らず、他党に譲り渡した14議席のうちのひとつ――いわゆる「おこぼれ」である。あれほど批判していた自民党に投じられた票のおかげで、衆議院に議席をキープした――何ともみじめな大敗なのだ。

敗因のひとつとされたのが、大石氏の言動だ。周知の通り、同党の「顔」だった山本太郎代表が総選挙前、「病気」を理由に参議院議員を辞職。選挙応援も見合わせる方針を表明した。そのため、共同代表の1人だった大石氏が実質的なトップとして党首討論などの場に出ることになったが、制限時間を守らなかったり、また、他党相手に声を荒らげたりするなど、ルール無視、品性に欠けた振る舞いが浮き彫りとなった。それが有権者に忌避され、大惨敗を喫したとも指摘されている。
あなた方こそ茶番そのもの
大敗の責任者であり、自身も大阪5区で議席を失ったにもかかわらず、彼女は選挙後も共同代表の座に留まった。もう一人の共同代表だった櫛渕万里・前代議士は辞任したにもかかわらず、である。誰がどう見ても理にかなわない話で、それに噛みついたのが元同志である多ヶ谷亮・前代議士だ。
多ヶ谷氏は「れいわ」で衆院議員を二期務めた。大石氏とは2021年初当選の同期だったが、この1月、超党派議員団のメンバーとしてイスラエルを訪問。これがガザ攻撃を非難する党の方針と異なるとして、次期選挙での非公認を告げられ、離党したのである。
多ヶ谷氏は2月17日のXでこうポストした。
〈「山本太郎氏」と「大石あきこ氏」に物申す。
先ず貴方や山本太郎がやるべきことは選挙の大敗の責任を取る事。
全ては山本太郎に権力(人モノ金)の全てを集中させ、独裁的に党運営をしてきた事は全ての議員や秘書、職員、一部のボラさん達は周知の事実。
いずれ全てが明らかになるでしょう。〉
そして、
〈あなた方から部品のように切り捨てられた職員や候補者が多数私に救いを求めて来ています。
皆さん苦しんでいますよ。
身近な人達を救えない組織に民は救えない。
あなた方こそ茶番そのものです。
れいわ新選組に不当に部品のように切り捨てられた方、泣き寝入りせずに私にご相談下さい。〉
これに対して大石氏も反論めいた投稿をしたが、その後も多ヶ谷氏は告発のポストを連投。さながら、多ヶ谷氏のXは、「れいわ」の告発掲示板のようになっているのだ。
何でできないの?
これに続いて、2月24日、「れいわ」の元ボランティアスタッフを名乗る男性が、やはりXで大石氏の「威圧的言動」を告発した。この男性は、2021年からボランティアスタッフを始め、翌年の参議院選挙では大島九州男・参議院国対委員長陣営の副選対長として働いたという。彼によれば、その選挙の際、応援に入った大石氏に、街宣車と一緒に走る車の手配を求められた。しかし、スタッフの手違いでそれがかなわず、説明、謝罪をしたという。すると大石氏は、
「なんで車を手配できないの? おかしくない?」
と一言。
そして、遊説場所に行く度に、繰り返し繰り返し同じ叱責を受けた。
〈街宣場所が変わる度に言われました。朝から昼の3時くらいまで言われ続けました〉
その口調は、先の選挙の演説で繰り返し流れた、彼女の他者を攻撃する口調そのものだったという……。
もちろん、これは一方の言い分だ。大石氏にも合理的な反論があるかもしれない。しかし、重要なのは、こうした声が志を共にしたはずの元の仲間から上がっていること。大石氏はよほど対人関係に難があるのか、近しい関係にあった人物に次々と反感を持たれていくようだ。これまで党勢が拡大していた時は表に出なかった彼女への不満が、党の衰退に伴って、一気に可視化されてきたということだろう。
内部はガタガタ
「今、れいわの中はガタガタです」
こう語るのは、メディアプロデューサーの榎田信衛門氏。榎田氏は、メディアプロデューサーとして活動する中で、大石氏に請われ、選対メンバーとして、2020年から2022年までの2年間、広報担当を務めていた。つまり、以下もまた「かつての同志」からの告発なのである。
「先の選挙の最終盤、あるれいわの候補者から私のところに連絡が来ました」
榎田氏が続ける。
「もう許せない、と言うんです。誰のこととは言いませんでしたが、明らかに大石を指していると思いました。あの選挙で、山本代表ははじめ、応援には行かないと言っていましたが、情勢が厳しかったので、最終盤になって動き出しました。残りの選挙期間がわずかしかない中、大阪市内には実に頻繁に入っているんです」
確かに山本代表は2月5日の夜、池袋駅での演説から運動をスタートし、6日は関東地方から西へと向かって最後は大阪市内の2か所で演説。うち十三駅では、大石氏と並んで街宣を行っている。翌日の選挙最終日は九州地方に応援を行ったが、最後はトンボ帰りで大阪に戻り、大阪駅前でマイク収めをしているのだ。もちろん3度も入ったのは大阪だけだ。
「お気に入りの大石は何とか比例復活させたかったということでしょう。大々的なフォローです。しかし、顧みられなかった候補者、素通りされた候補者からは不満が渦巻いているわけです。この“えこひいき”には、大石からの強い要請もあったのではないか、と」
大石氏べったりの山本代表
先に述べた多ヶ谷氏の離党も、実は大石氏とおおいに関係があるという。
「そもそも山本さんはイスラエル問題にそれほど強い関心はないんです。『れいわ』は、もともと貧困生活者の底上げを熱心にやってきて、それで党勢を拡大してきた政党。そこに大石が入ってきたこともあり、パレスチナ、ガザ地区問題のようなテーマも熱心に追及することになった。彼女は議員になる前、大阪府庁に勤務していた時代に組合活動をやっており、中核派の主催する集会に出てスピーチをしたりしていた。『反米』的な価値観はむしろ大石さんが主導しているんです」
多ヶ谷氏の案件でも、批判の急先鋒のひとりが大石氏だった。その大石氏を追認しているのが山本代表という構図である。
「山本氏の権力は絶大です。れいわは彼が創設し、彼の人気で党勢を拡大してきた。組織内では、山本氏の言うことは絶対という空気が流れているのは間違いありません。『れいわ』の綱領にはさまざまな規約が定められていますが、最後に『本規約に定めなき事項については、代表が決定する』と書かれている。それほど代表の権限が大きい組織なんです。その山本代表は、よほどケミストリーが合うのか、大石べったりで、彼女の言うことに染められている。また、山本の秘書と大石の秘書が結婚するなど、事務所同士も一心同体です。大石が惨敗後も共同代表に残ったのは、組織原理から言えば当然なのです」
毎日が舌禍事件
大石氏を見ると、「虎の威を借る〜」の故事が思い浮かぶが、組織の長として、そのパーソナリティーに疑問が残るのは先に述べた通りだ。
「私がスタッフをしていた時代、彼女は、口を開くと人の悪口ばかり言っていた。会って挨拶をするとすぐに誰かの悪口が始まる。“うちのスタッフの誰それが役に立たなくて……”といった感じで。障害を持つ方の批判をしていたこともありました」
時に皇室に関しても、聞くに堪えない罵詈雑言を口にすることもあったという。
「毎日、舌禍事件を起こしているようなものでした」
表の顔と裏の顔との違いを物語る、こんな出来事もあったという。
「4年前、大阪の西中島で、ビジネスホテルの予約システムと新幹線のトラブルが重なり、深夜に数100名の旅行客が路頭に迷い、行列を作ったことがありました。ホテルは大石の事務所の目の前。行列には女性も多かったので、我々スタッフは事務所のトイレを開放しようとしたんです。しかし、大石に許可を求めると、“新幹線なんか乗っているのは金持ちだから、支援する必要はない”“階下の飲食店のトイレを借りればよい”と。『弱者の味方』と言っている日頃の姿とはあまりにも違った。私が大石から離れようと決意したきっかけとなりました」
今回の選挙でも、
「私の知人がたまたま、大石の選挙区内にある商店街でバイトをしているのですが、選挙で演説した後、大石がその場の掃除を怠って帰ってしまったと。現場にはゴミも残っていて、仕方なく商店街の皆さんで掃除をした。そもそも、街宣の後も、挨拶もろくにしないで帰ったため、みな怒り心頭だったとか」
新代表も匹敵の口汚さ
こうした告発を聞いていると、大石氏が嫌われる理由がよくわかる。彼女がトップでは、高市人気にかかわらず、「れいわ」の低迷は必然だったと言えよう。
しかし、先に述べた通り、大石氏はそのまま共同代表の座に居残った。さらには、櫛渕氏に代わって新たにもうひとりの共同代表に就任した奥田芙美代・参議院議員も就任記者会見で、自分たち以外の国会議員のことを「泥棒、ペテン師、詐欺の集団」と述べるなど、口汚さは大石氏に匹敵しそう。
「彼女も山本代表のお気に入りの一人です」
“口を開けば悪口”のツートップと、それを追認する“教祖様”。「れいわ」の未来に光は見えない。
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デイリー新潮編集部
