『K.O.』Netflixにて独占配信中

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 Netflixで定評のあるもの。殺人ドキュメンタリーに大麻、グルメ、それから無修正ペニスなど。それらに次いで、ある程度の数を占めるのが、Netflixオリジナルのヨーロッパ産格闘アクション映画である。

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 偏っているかもしれないが、少なくとも自分のNetflixアルゴリズムはそうだ。Netflixのヨーロッパ産格闘アクション映画とはなにか? ある程度リッチな画作りに、そこそこの脚本、そして見応えの抜群の格闘アクション。退屈な夜に最適な愛すべきジャンルだ。そんなNetflixのヨーロッパ産格闘アクション映画に新たな傑作が現れた。

 6月6日に配信されたフランス製格闘アクション映画『K.O.』である。本作はNetflixの「今日映画TOP10」で連日1位を飾っていた。だがそのような修飾は無意味で、なんの参考にもならない。ひとつ言えるのは、『K.O.』には取るに足らない数多くの要素の中で、強靱で一本筋の通った魅力が確かにあるということ。この部分を本記事で伝えることができたのなら幸いだ。

 Netflixのヨーロッパ産格闘アクション映画は多くの人にとっては凡庸な作品で、恐らく『K.O.』もそうなのではないかと思う。しかし、自分にとって『K.O.』は数多のヨーロッパ産格闘アクション映画の中でも突出した傑作である。それはなぜか? フランス映画の矜持として画はある程度引き締まっているし、痛みに寄り添うような脚本も“そこそこ”よりは間違いなく面白い。だがそれらは魅力的ではあるものの凡庸の域をまるで出ない。『K.O.』をより特別なもの、一線を画す傑作たらしめているのは他でもない、本作の主演ーーUFCの現役トップ選手であり、元世界ヘビー級暫定チャンピオンの男ーーシリル・ガーヌの存在である。

 アクション撮影のバイブル「ドニー・イェン・アクション・ブック」曰く、香港では「子供と動物と格闘家は使うな」という言葉があるそうだ(谷垣健治アクション監督の解説コラムより)。理由は言うことを聞かないから。実際、格闘アクション映画において格闘家を起用するのは鬼門である。「リアルに強い人がアクションをすればリアルですごいアクションになる」。これは最もらしい理屈だが、ほとんどの場合、地味で見応えのないアクションになる。

 実戦的でコンパクトな彼らの動きは、カメラで切り取ったとき地味に映る。映画ではリアルをやっても、むしろリアルには見えない。谷垣健治アクション監督はこれを「リアルとリアリティの差」と呼んでいた。香港などで活躍する格闘アクション俳優は格闘家としての優れたバックグラウンドを持ちつつ、映画俳優としての表現に優れており、そのためアクションシーンが素晴らしい。一方格闘技のバックグラウンドのない俳優でも、例えばリーアム・ニーソンなんかは見るからに強い。「強さ」を表現する演技力もある。また、ハビエル・バルデムに殴りかかる馬鹿はいない。つまるところ、アクションのリアリティにおいて必要なのは本当の強さではなく、強いと思わせる説得力である。それは非常に複雑で重層的な要素であり、とても一言で言い表すことはできない。

 『K.O.』の話に戻ろう。本作はアクションが多いわけではないし、シリル・ガーヌが演じるキャラクターも物語上それほど強いわけではない。だが、シリル・ガーヌのアクションは以下の身も蓋もない事実を教えてくれる。すなわちーーとんでもない巨漢が打投極を極めていると、手が付けられない。

 繰り返しになるが、本作の主人公は物語上それほど強いわけではない。10人以上の集団に追われると普通に逃げ出すし、銃を持った集団に囲まれれば手も足も出ない。だが身長193cmの巨体から繰り出されるしなやかで洗練されたスピード感のあるパワフルな動き(形容が矛盾しているようだが、本当にそうなのだ)は、シリル・ガーヌの恐ろしいほどの強さを我々に実感させてくれる。不思議な話だが、こと『K.O.』においては「リアル」と「リアリティ」が逆転しているように思えてしまう。

 確かに10人以上の集団に追われたら普通は逃げ出す。だが、シリル・ガーヌなら倒せる。確かに銃を持った集団に囲まれれば手も足も出ない。だが、シリル・ガーヌなら倒せる。実際にはそんなことないのかもしれない。とはいえ、彼のアクションを観てほしい。巨体から繰り出される強靱なテクニックを。シリル・ガーヌのアクションから醸し出される説得力は、明らかにフィクションを超越してしまっているのだ。

 香港映画の歴史を見れば、『スパルタンX』(1984年)のベニー・ユキーデや『イップ・マン 継承』(2015年)のマイク・タイソンなど、強烈な印象を残した武術家が何人もいる。彼らのアクションが素晴らしく見える理由は二つ。アクション監督の演出が優れているか、武術家本人が俳優として優れているかだ。『K.O.』に関しては、その両方が優れていると言える。

 本作のスタントコーディネーターは、『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(2023年)のファイトコレオグラファーおよびパリのスタントコーディネーターを務めたローラン・デミアノフ。もともと『導火線 FLASH POINT』に影響を受けてMMA色の強い『ジョン・ウィック』シリーズに参加した経歴を持つローラン・デミアノフは、エッジの効いたカメラワークを交えた迫力あるアクション演出でシリル・ガーヌのMMAアクションを魅せる。

 対するシリル・ガーヌも素晴らしい。動きがが尋常じゃないのは言うに及ばず。過去の行いが原因で心に痛みを抱えた主人公を、瞳の奥に繊細さを湛えた演技で見せる。そう、シリル・ガーヌは文句なしの「演技」と「表現」をしているのだ。『K.O.』のアクションが素晴らしいのはシリル・ガーヌが「表現者」に徹した結果だと言える。それから格闘家がアクションをすることについて口さがないことを述べたが、本当に強い人から滲み出る迫力というものはやはりある。つまるところシリル・ガーヌの存在感と、表現者としての真摯な姿勢が「強さの説得力がフィクションを超越する」という奇跡をもたらしたのだ。

 これだけ言葉を尽くしても、やはり『K.O.』は多くの人にとって取るに足らない作品だと思う。しかし、格闘アクション映画が大好きでたまらない人なら観て損はない。身長193cmの巨体から繰り出される大砲めいた飛び膝蹴りに、エグい角度の肘打ち。そして熟練のテクニックを感じさせるキレ味抜群のコンビネーション。シリル・ガーヌから飛び出す技の数々は、暴力として合法か疑わしいほど強烈だ。

 シリル・ガーヌの「強さ」の説得力に対しフィクションが追い付いていないのは、本作の美徳であり、欠点だ。それ故に本作を観たものは必ずこう思うだろう。アクション俳優シリル・ガーヌの新作をまた観てみたいと。それがいつになるかわからないし、素晴らしい作品になる保証はない(ある作品で素晴らしいアクションを見せた格闘家が別のアクション監督の作品では動きがショボい、なんてことはしょっちゅうある)。だが、それでも繊細な演技とパワフルなアクションを見せたシリル・ガーヌの新作が観たいと願ってやまない。そういう魅力が『K.O.』にある。

(文=2号)